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07) リュックの怖さ


「あんた、その顔の傷……一体何があったんだ?」

「あんたって。俺の名前はパウル・グラーベだって言ったろ?いい加減覚えてくれよ」


 朝食を摂るリュックを見詰めていたのは、パウル・グラーベと言う名の青年。そう、リュックが暗殺を行なっていた際に伝令係として彼の傍らにいた青年だ。

 なかなかに物怖じしない性格なのか、初対面からずっと仏頂面のリュックに対して、フレンドリーに接して来た笑顔の似合う青年なのだが、今朝の彼はリュックが心配してしまうほどに、笑顔すら読み取れないほどに痛々しく変形している。

 何か硬い物で殴られたのか、額には巨大なたんこぶが出来ており、執拗に殴られたのか左の顔面がパンパンに腫れている。赤黒く腫れ上がったせいで左眼が隠れてしまうほどだ。そして前歯の何本かも欠けているその姿は、明らかに暴行を加えられた(あと)である。いくら近しい仲ではないと言っても、リュックが心配して声を掛けるのも無理は無いほどの痛々しさだ。

 ただ、このパウルなる青年も何か思うところがあるのか、リュックが傷の原因を問いただしても、「いや」「まあ、うん」と要領を得ない答えに終始していた。


「あのさ、ボスがリュックを呼んで来いって。話したい事があるんだってさ」


 パウルが明確な内容の言葉を発したのはこれだけ。それ以外については一切うやむやにした事で、逆に彼の置かれた状況が、おぼろげながらもリュックには見えて来たのだ。


(なるほど。パウルのこの傷は、そのボスにお仕置きでやられた可能性があるな。俺のやり方が気に入らなかったか、又は伝令・伝達が正確ではなかったか)


 彼の案内でアジトに向かいながら、想像の翼を羽ばたかせ、リュックの思考は高速回転を始める。


(組織名は“紺色の血”。俺が契約しちまった“死の地平線”、その三次団体にあたるギルド組織。貧民を日雇いで集めて労働先を斡旋する事で急成長したと聞く。血の気が多いリーダーなのだろうが、さてさてどう出てくるか)


 パウルに案内されたのは南西区画に何ヶ所もある繁華街の一つで、通称“下水街”と呼ばれている街だ。最後に行き着く街と言う意味を込めてこの名が呼ばれるようになったらしいが、確かに最外縁の貧民集落に一番近く、労働者や奴隷の中でも生活レベルが低い者たちで構成されていた。


 どこから仕入れて来たのか?どこからパクって来たのか分からない“泥棒市場”を尻目に、リュックが街の奥へと足を進めると、王制では禁止されているはずなのだが、歓楽街特有の色とりどりの看板が並ぶ。糞便の匂いが漂う不衛生な環境で、道端に寝転ぶ麻薬中毒者たちを避けるように歩き続けたリュックたちは、ようやく路地裏にある紺色の血のアジトにたどり着いた。


「……二階が事務所になってるから」


 後は自分だけで行ってくれと、パウルはそう伝えながら痛々しい姿のまま入り口の前で仁王立ちになった。

 組織の構成員として、しっかりと教育が成されてるのかな?と、パウルに促されつつ階段を上がり木の扉の前に。軽くノックをすると中から「あぁい!」とドスの効いた声が聞こえて来たのを確認し、抑揚も恐縮もせずにリュックは入室した。


「おう、お前が例の請負人か。名前はリュックで良いんだな」


 応接間のソファにドカリと沈み、尊大な態度のまま見上げるように声をかけて来たのは、この組織のリーダーであるエンゾ・バロテッリ。細身の身体で身長はさほど高くはなさそうなものの、ギラリと輝く挑発的で険しい眼光と左眼に上から頬の下まで通る刀傷が印象的な中年男性だ。

 事務所兼居室のようなその佇まいなのだが、入ってすぐ応接間の壁に木刀やハンマーが立て掛けられている様子を見れば、なるほどこの組織はトラブルを力技で解決して来た武闘派なんだなとリュックも納得する。


「リュック、今日は何で呼び出されたか分かるか?」

「いや、分からない。クライアントと会う事は避ける主義だったから、いきなり呼ばれて想像出来ない」


 テーブルを挟んで反対側に座るよう促されたリュック。ずっぽりと腰をソファに沈めてふんぞり返るエンゾとは対照的に、ソファに浅く座り両肘を自分の膝に乗せて前のめりとなる。威圧感たっぷりのエンゾに対して、あどけなさの残る少年にしてはあまりにも堂々とした態度。この場で違和感を放っているのはむしろリュックの方だ。

 だが百戦錬磨なのか、それとも数々の修羅場をくぐって来たのか、エンゾ・バロテッリも負けてはいない。わざとらしく上げた右足を左の膝に乗せて組んでさらに反り返り、天井を見上げるような顔の向きから、瞳だけリュックを“見下ろして”来る。それはもはや来客をもてなす家主の表情ではなく、白黒はっきり決着付けようぜとリュックを挑発する威圧の瞳。明らかに敵意を向けて来たのだ。


「クラウス・カッレさんの推薦でお前を雇った。しっかり結果を出すからとお前を紹介された。そして前金と報酬もしっかり払ったよな?」

「ああ、正規のルートで話を貰い、そして言われた通りの“処理”を行なったはずだが?」

「リュック、リュックさんよう。俺はラファール商会の会長と関係者を皆殺しにしろって伝えなかったか?」

「だから指定された時間と場所に待機して、会長は処理したんだが。そもそも商会の会長は独身で血族は……」


 この会話の応酬、ここに来てリュックはハッとする。瞳をギラギラと輝かせながら、ニヤつくような下卑た笑みを浮かべるエンゾのこの依頼に……裏がある事に気付いたのだ。

 クライアントから時間と場所を指定されず、一族郎党皆殺しにしろと指示があれば、それを実行したのであろうが今回は違う。クライアントから時間と場所を指定された案件なのだ。馬車での移動中に決行しろと指示されれば、単身で移動していた会長だけがターゲットだと誰もが判断するだろう。関係者を拡大解釈したとしても、愛人が候補に上がるのがせいぜいだが、そもそも愛人は指定された場所にいなかったではないか。

 要はこのエンゾ・バロテッリなる人物、リュックがこなした仕事に対して“いちゃもん”を付け、こなした仕事以上の要求を更に押し付けようとしていたのだ。


「おいリュック、馬車の従者は何で殺さなかったんだよ?」

「ラファール商会の会長、その関係者とは血族又は愛人などの近しい者だと判断した。労働奴隷の従者はこれに当たらないから見逃した。それに報酬の銀貨四枚は一人分の依頼料だから……」


 その言葉を言い終える前にエンゾは動いた。股関節が最大角度まで開いていたかのように「4の字」に組んだ右足で突如テーブルを水平に蹴り付ける。テーブルは勢いよく床を滑りリュックの目の当たりまで迫るのだが、それを冷静に両手でガードして両膝との衝突を回避する。


「俺は皆殺しって言ったよなあ!依頼内容にちゃんと伝えてあったよなあ!当日会長しかいないなら、足を運んだり日を改めたりしてでも、サービス精神で結果を出すってもんじゃねえのかよ!」


 ――なるほど、この男はケチの塊。少ない投資を補うように恫喝(どうかつ)脅迫(きょうはく)を駆使し、契約以上の成果をもぎ取ろうとする(やから)か。いくら俺が上部組織の“死の地平線”の契約者であっても、リスペクトなど払わず、自分たちの利益のためだけに使い潰す積もりなのか――

 リュックの瞳が途端に冷たくなる。恐怖に血の気が引くような臆病者の現象ではなく、このエンゾなる人物を“人間”としてではなく、単なる物として認識するような、情の欠片(かけら)が全く存在しない冷たさだ。


(面倒臭いな、コイツ殺すか)


 あっという間に出してしまった結論、これが苗字の無い少年、リュックの怖さであったのだ。



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