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06) 視線


 王都パルタモは今日も快晴。王都を取り囲む一面の小麦が黄金色に輝き、初秋の風に撫でられ揺れている。広大な王直轄領で垣間見れるその雄大な光景は、まるで穏やかな波が遊ぶ海原を眺めているかのよう。豊作が約束されたような光景を前に、荘園の小作人たちは収穫を待ち侘びている。……十年ほど前に起きた世界的な大飢饉で、人がバタバタと餓死して行った事などもはや忘れ去られた過去の話。豊作の喜びと時を同じくして街に広まった「例の少年」の話題で、街は活気に満ち満ちていた。


 ――王都パルタモ――

 パルタモは中心にある王宮を起点として放射状の街路が最外縁に伸びており、上空から見下ろすと高い城壁に囲まれた見事な八角形を彩っている。その中で街路によって区画割りがはっきりと成されており、その区画その区画で住む者の色分けも行われている。

 陽当たりの良い北区画は王族や貴族それに連なる衛兵や騎士の居住区で占められ、商人や仲買人や貿易商などは東区画に集中している。そして南区画のほとんどは荘園農奴と荷役労働者・商人奴隷の住居が立ち並ぶのだが、その一般区画の最外縁……陽当たりが悪く水捌けも風通しも悪い場所には、最下層の者たちが身を寄せ合うように住んでいる。そこにいるだけで心も(すさ)んでしまいそうな、どこにも属さない“貧民”の集落が存在していた。

 戦国時代など封建主義の頃の日本は、小作人たちに田畑を与えて検地し、収穫作物の何パーセントかを上納させる社会システムであったが、西洋はこれとはちょっと違う。西洋は貴族や王族などが領主となって領土の絶対的君主となり、そこに住む小作人などは農奴と呼ばれる領主の所有物であった。つまり、この王都パルタモに住む小作人たちは王の農奴であり、貿易商などの商人も広義では王の所有物である。

 自分たちの経済活動から何パーセントかの税を納めるか、それとも領主の所有物として給料を貰いながら事業するかの違いなのだが、このどこにも属していない存在が貧民。農奴や奴隷ではない代わりに、王や領主の庇護(ひご)を受ける資格すら持たない者たちだ。

 彼ら貧民は、元々この地に根を下ろして生きて来た者ではなく、古くは二百年前に起きた“魔王襲来”で戦禍から逃げて来た難民であったり、十年ほど前に起きた世界的大飢饉に耐え切れず、各地から逃げて来た人々。つまりは農奴にも奴隷にもなれず、自分の未来や将来に対して微塵も期待の出来ない者たちが、王都に自然と集まり日々を生き延びていたのである。


 ――ボロボロの衣服に痩せ細った身体、生気を失った弱々しい眼光。レンガ造りではなく寄せ集めのバラック小屋で雨露をしのぐ人々。日々ゴミを漁ったり人から奪ったりして小金を稼いで食いつなぎ、今では流行りの「麻薬」に手を染めて一時の快楽に溺れる者すら出て来た貧民。実はこのファミリーネームすら無いただの『リュック』も、貧民街の出身である。


 産みの親の顔は知らず、名前すら知らない。育ての老婆の話では赤子のリュックは道端に捨てられていたらしいのだが、物心つく前に育ての親である老婆も亡くなった事から、天涯孤独を運命付けられてしまった少年なのだが、自称十五歳となった今は、多少なりとも安定した生活を送れるようになっていた。

 貧民が肩を寄せ合いながら息を潜めるバラック小屋の集落を離れ、農奴や奴隷の住む南西区画に家を買った。買ったと言っても一番低いランクの「掘っ立て小屋」で、雨露をしのぎながら暖炉で火が灯せる程度のもの。物欲があるのか無いのか定かではないが、(それでも住めば都だ)と呟きながら今日を生きている。


 “あの”依頼をこなしてから数日。組織の遣いの者が現れて、リュックにギャラを支払った。着手金は銀貨一枚で成功報酬は銀貨三枚、合計銀貨四枚がリュックに支払われたのだが、貧民にとってそれは大金を手にした事を意味する。何故なら銀貨一枚は銅貨百枚分の値打ちであり、銅貨一枚は二分の一に割った「分銅」二百枚で流通している。一般庶民はこの分銅で経済活動を行なっており、分銅二枚でエール酒一杯、分銅四枚でパンや肉が買えるのだ。つまり銀貨四枚は分銅八百枚分に相当するので当分の間は食べるのに困らない事になる。……命一個の重さが銀貨四枚で釣り合うのかどうかは、彼の口から語られる事は無かった。


 街の朝は日の出とともに始まる。(わら)のクッションで出来たベッドから起き上がり、共用井戸まで足を運んで洗顔、そして南西区画の繁華街へと赴く。作業に出る農奴や荷役奴隷たちと肩を並べて朝食を摂るためだ。


「いらっしゃいリュック!今日も早いのね」


 繁華街のすみっこに店を構えているのは、店内から道端へ向かって屋台をせり出したスタイルの定食屋「ひつじ亭」。店の主人が厨房で調理に専念し、中年のおかみさんが店番をまかなうこじんまりとした店なのだが、安価であり尚且つボリュームがある事から、街の労働者から人気のスタンドである。


「ごめんねリュック、今日は一種類しか出せないの」

「いいよ、文句言わない」

「聞きわけが良くて助かるわ。あなた!一つ追加ね!」


 立ち食いスタンドは大盛況で、なんとかリュックも居場所を確保。木製のマグカップでおかみさんが牛乳を先に出してくれると、リュックは牛乳を一口二口と喉に流し込み、料理の到着を待つ。

 この店は言うなれば「ホットドッグ屋」であり、調理した具材を固いコッペパンに挟んで提供する“だけ”の店なのだが、日替わりメニュー数種類のどれもがクオリティが高く行列が後を絶たない人気の店。だが今日は何かしら仕入れに問題でもあったのか、一種類のみの提供らしい。


「お待たせリュック、今日はチーズステーキサンドよ」

「ありがとう」


 木の皿に乗って来たのは名前の通りチーズステーキサンド。ひつじの肉を使った、この店の看板商品でもある。ステーキと言っても豪華な一枚肉ではなく、要は肉を骨から切り出した後の骨に残った肉や、脂比率の多いクズ肉をかき集めたハンバーグのようなもの。微塵切りのようにコテで崩した肉を鉄板で焼きながら表面にチーズを乗せて溶かし、切れ目を入れたコッペパンに挟んで完成なのだが、これがなかなかにリュックにとっては美味なるご馳走なのだ。


「いつもので良かったよ、安心したし美味しい」

「やあねえリュック。それじゃまるで、ウチの店はチーズステーキサンド以外ダメって事じゃない」


 おかみさんは怒っている訳ではなく、リュックの言葉尻を捕まえて遊んでいるのだ。それはリュックにも伝わっているのか、彼は彼で恐縮する素振りも見せず、微かに微笑みながら食べ続けている。


「湖の魚がね、しばらく取れなくなっちゃったの。魚漁がしばらく禁止になっちゃって」

「ああ。あのウワサ本当だったのか。エルフの一族が王家にクレーム入れてるってウワサの」

「それよそれ!エルフのオールステット家が湖の精霊が殺生が多くて怒ってるって、王家に陳情して魚漁が中止になったそうなのよ」


 ――エルフのオールステット家は英傑六家族の一柱であり、その発言力や影響力は絶大。以前は王都の下水が湖に垂れ流しになってるって怒ってた。今回は魚の殺生が気に入らないと。何か裏がありそうだな――


 海からの塩漬け肉はサンドに使えない!と、おかみさんの苦悩を耳にしながらも、自分なりの考察を脳裏で進めるリュック。だが彼の背後に何かしらの視線を突如感じ、全ての作業を中止してグルリと振り返る。


(あ……うん?あの人は見覚えがある。伝令係だ!)


 店で朝食を取る者、並ぶ者、道を行き交う者の中で、立ち止まりながらじっとリュックを見詰める者の存在に、彼は気付いたのだ。



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