03) ただの殺し屋 前編
『ファールンテリエ王国』
大陸中の民から“最古の王国”と呼ばたこの国は、人間族によって興され、今も人間族によって統治される大陸有数の由緒正しい王国である。
その王国の首都たる王都パルタモは大陸のちょうど中央に位置しており、東西南北の周辺諸国に限らず大陸中の物流・流通経済の要となっており、今も貿易都市として繁栄の一途を辿っていた。
海と見違えるほどの巨大な内海の北側に位置する王都パルタモ。比較的標高の高い地域に位置しながらも、貿易都市として繁栄し続ける理由の一としては、交通の便だけに留まらず、一年を通じて温暖な気候に恵まれていると言う要因もある。パルタモの南側にある巨大な巨大な湖、マクバ湖が、湿気を充分に含む暖かい南風を王都に注ぎ続けるのである。つまり、北方の険しい山脈から吹きおろされる寒気を心配する事無く、人々は農業に漁業に交易にと、日々精進を重ねて来たのであった。
その王都パルタモのとある夜。一年の四分の一は濃霧に包まれていると言われる王都は、今宵も相変わらずの濃霧に包まれている。術者が精霊と契約を交わして灯される街路灯も、視界の先にいくつかボンヤリ見えるのが精一杯。遠くの街路灯は濃霧と闇に包まれていた。
日付けが変わる頃の街はもはや、人の賑わいなど微塵も無い。いくらこの剣と魔法の時代において、王都の人口が十万人を突破するほどの街に成長したとしても、そこに住む者は荘園の農奴や貿易の物流労働者など、明日に備えて早めに眠る者たちばかり。繁華街の明かりも早めに落ちて不思議ではないのだ。
――ただ、だからと言って、全ての人々がフカフカのベッドで寝息を立てていた訳でもない。この夜に目を閉じる事なく、街を蠢く者たちが皆無でなかったとは言えないのだ。何故ならば、人が多ければ多いほど欲望や敵意・悪意などが膨れ上がり、抑えの効かない状態となって噴き出るからだ。つまりそれだけ治安が悪化しているとも言える。王国の統治が行き届かない社会、王国の栄光に照らされない世界……影で生きる人々の瞳がギラリと輝く時間帯が、このパルタモの夜に存在したのである。
野犬の遠吠えすら響かぬ重苦しい闇夜の路地裏、建物の影から精霊灯で照らされた街路を見詰めるような瞳が二つある。よく見ればその人物は黒髪の少年。義務教育すら終わったいないようなあどけない風貌なのだが、その表情に子供らしさはまるで無く、眼差しは獣のように鋭い。深夜の徘徊などではなく、この少年が何かしら“負の理由”を持ってこの場に立っているのは明白であった。
何かこの街路にやって来るのを待ち侘びているかのような少年。それも視線に露骨な害意を乗せた少年の背後に、別の存在が現れた。足音を立てずに駆けて来たのか、ハアハアと荒い吐息だけが霧の街に響き渡る。
「……ハアハアッ!……リュック、準備してくれ」
肩を揺らしながら汗びっしょりの姿でそう切り出したのは、少年より一回り歳上の青年だ。どうやらこのリュックと呼ばれた少年とは別の目的・使命があり、それを遂行しているようにも見える。
「中継の伝令役から伝言が来た。“ラファール商会の会長が愛人宅から出た”……間違い無くこの本宅に戻って来る。やってくれるな?」
「了解した」
「それと、オレはリュックがちゃんと成功させるか見届けろとボスから言われてる。オレも立ち会っても良いか?」
「別に構わない」
「えへへ、悪いな。オレもリュックの“戦技”には興味あるし、お手並み拝見ってやつだ」
「見たところで面白いものでは無いけどね」
青年が口にした“戦技”と言うキーワードに全く興味を示さず、淡々と答え続けるリュック。それにしてもこの構図、歳上の青年が媚びを売るように会話を切り出し、歳下の少年な何の抑揚も無く淡々と答え続ける関係は酷く歪。人間相関図においてこのリュックと言う名の少年が、どう言う価値を持つのかが見え隠れして来るではないか。
「リュックもさ、いつまでも一匹狼気取ってないでオレたちの組織に入れば良いじゃないか。賃金だって成功報酬じゃなくて基本給が出るし、家族だって組織に守って貰えるんだぜ?」
「家族はいないから俺には無意味だ。それに組織に入れば……」
「うん?組織のメンバーになりたくない理由、あるのか?」
「まあね、組織に入れば上を目指したくなるだろ?そしたらライバルを全員殺す事になる。俺の技は手加減が出来ないんだよ」
――あんただって死にたくないだろ?――
冗談で言った積もりのリュックだが、目も顔もまるで笑っていない。青年は必要以上に目を見開き、そんなリュックに「勘弁してくれやい」とおどけるのだが、背中には冷たい汗がびっしょりと滴り落ちていた。