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13) 朝、栄光の初日


 何気ない普段通りの朝。

 ――決して快晴とは言えずそこそこに雲が天を漂い、いつも通りの生活を送るために人々が目を覚ます。そして何の感慨も無く夜を迎えるための通過点の様な一日がこれから始まるのだが、この日を特別に感じる者がいた。

 濃い紫色だった東の空がやがて白み、山々の稜線を焦がすように朝日が輝き始めると、その“少年”は「待ってました!」とばかりにベッドから飛び起きたのだ。


「おや、おはようエリアス。今日は早いのね」


 少年は飛び起きた勢いそのままに部屋を出て階段を降る。そしてその宿屋の裏にある井戸にたどり着いた所で、宿屋の女将(おかみ)とばったり顔を合わせたのだ。


「女将さん、おはようございます!」


 宿屋の女将は宿泊者の朝食の準備を始めているらしく、湯を沸かすための水を汲みに井戸に赴いている。エリアスと呼ばれた少年は、女将の作業の合間を縫って、汲み上げた水をザブリザブリと頭からかけ始めた。……そう、この少年は王都パルタモの繁華街にある宿屋『九月亭』の長期宿泊者で、名前をエリアス・ラストと言う。

 幼さを少し残しながらも精悍さが増したその姿は、歳の頃で言えば十九歳から二十歳と言ったところ。この地域では珍しいサラサラの金髪と、エメラルドのような澄み切った瞳は、この王都パルタモでも周囲の者たちの目を引いていた。それもそのはず、エリアスはこの王都から馬を使っても十日以上かかるような、辺境の田舎出身で、長期滞在を目的として一カ月近く前から、この九月亭に世話になっていたのだ。――要は下宿先として利用していたのである。


「昨夜は風が無かったからねえ。汗びっしょりでしょ?」

「そうでしたね。王都がある平野はもっと涼しいと聞いてましたから、この蒸し暑さはびっくりです」

「この時期は北の山々から吹き下ろす風が弱いからねえ。一年を通じて一番過ごし辛い時期かもね」


 井戸を挟んだ反対側で、気持ち良さそうに水浴びをするエリアス。上半身裸の姿を視界に入れつつも、年配の女将は自分の仕事を終わらせる。


「どうすんだい?今日が初日だろ?早く出るなら早めに朝食作るよ」

「あ、女将さんすみません。いてもたってもいられないので、準備したら出ます」

「あいよ。身支度整えたら食堂へ降りて来なさい。献立はパンと野菜スープ、目玉焼きとベーコンだよ」

「ありがたいです!女将さんの料理美味しいから」


 ――慌てなくて良いからね。特区への通行証とか忘れないようにね

 女将の世話焼きに笑顔で応えながら、ずぶ濡れの頭髪と体をゴシゴシとタオルで拭きながら、エリアスは部屋に戻った。


 エリアスがソワソワしている理由、そして宿の女将が彼にこれ以上無いほどに配慮するのはもちろん、今日こそがエリアス・ラストの王立魔法大学入学初日であるからだ。

 【王立魔法大学】とは、古き時代に設立された魔法研究所であり、ファールンテリエ王国の王家直轄機関である。“人類にも魔法の叡智を!”と人間種、人類の希望を基に開設されたもののそれから数百年、、、未だに人類に魔法はもたらされていない。何故ならば、この世界の人間には魔力回路が備わっておらず、魔力を操るどころか魔力を感知する事すらかなわないからだ。

 大陸中の注目を浴びながらも悠久の時間を無為に過ごして来た王立魔法大学は、やがて学ぶ者や研究に打ち込む者のいないまま、門を閉ざしてしまうのではと思われたのだが、思いもしない利用者たちが現れた事で大学は繁栄の道を歩み始めた。――人類以外の者たちが大学の門をくぐったのである。

 魔王との大戦争、それによる王国の存亡の危機……人類の危機に駆け付けた亜人や巨人族や獣人たちつまり、魔力回路を持つ者たちが大学の新たな主人となったのだ。

 ――大陸中からかき集められていた文献や魔導書が王立魔法大学に集約されている事、それはつまり知識の泉がそこにあると言う事。人ならざる者たちは、わざわざ気が遠くなる危険な旅の果てを目指す事無く、王都パルタモに建つ施設に足を向ければ良いのだ。

 かくして、ファールンテリエ王国の王立魔法大学は設立目的とは違う内容で繁栄し、魔法大学の所在地は貴族街と言う理由も相まって【特区】となったのだ。

 そう言う経緯で奇しくも繁栄する特区と王立魔法大学を、辺境からやって来た少年エリアス・ラストは今日、人類として、人間として初めてその門をくぐる。

 『人間の可能性つまり、進化が停滞しているとも思われる人類の可能性を、人々はエリアス・ラストに感じており、彼はその期待の眼差しを一身に受けていたのである』


 だからこそ、彼の前途には眩いばかりの栄光と隣り合わせるように、危険も常に伴走していた。人々ら彼を英雄視しながらも、その中には警戒の色を微かに浮かべる者たちもいたからだ。


 それが証拠に、エリアスが早めの朝食を済ませて支度を整え、いざ通学だと宿屋を出た時から、街の空気が少し変わったのである。

 “エリアス・ラストが宿屋を出た”

 “制服を着用している。王立魔法大学に通学するものと推定”

 “宿場街の路地裏から第四南北通りに出た。このまま道沿いに北上すると予測される”

 ――と、本人にも周囲のすれ違う通行人にも聞こえていやいものの、街は微かにざわめいていたからである。



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