11) 最大勢力“死の地平線” 後編
エンゾ・バロテッリ率いる“死の地平線”の三次組織で、死の地平線の孫請けにあたる組織“紺色の血”から、ラファール商会の会長を抹殺したいが良いか?との申し出があった。
ラファール商会の会長と商会は、紺色の血が手配する貧民の労働者を雇用して荷役労働に充てていたのだが、今年になってからは紺色の血の敵対組織が手配する貧民労働者も安価に雇用していた。その敵対組織の上部団体は“死の地平線”と長年に渡り王都の闇稼業の支配権を争う組織であり、つまりは死の地平線や紺色の血の経済活動を侵食する経済戦争の始まりを意味していた。
紺色の血の頭目であるエンゾは「敵対組織と取り引きするな」とラファール商会の会長と再三に渡り交渉したのだが、会長側は頑なにそれを拒否。業を煮やしたエンゾ側は脅迫や嫌がらせの実力行使を行うと画策するも、それらを飛び越え強烈な結論を出したのだ。――それが会長の暗殺である。
「商会の会長が我々の敵対組織と手を切れないのは、それなりの旨味を掴まされているか、或いは与和身を握られている可能性が高い。よって会長を葬り、我々紺色の血の影響下にある商会幹部に跡目を継がせる」この非情のアイデアはエンゾにより発案され、一次団体である死の地平線の許可が降りたのである。そして許可に伴いエンゾは死の地平線に対してとある依頼を出した。商会の会長を確実に抹殺出来る、腕の良い暗殺者を紹介して欲しいと頼み込んだのだ。
「流れとしては何も不審な点は無い。下部組織から“荒事を起こす”と報告があって、お前らはそれを許可した。そしてその下部組織は労働者仲買業がメインでヒットマンなんて育てていない、だから腕の立つ奴を紹介してくれと言い出し、お前らは俺を送り込んだ」
「その通り、全くその通りだよリュック。この話の流れはそれで間違いない、寸分の狂いも無い。なのに君は何に違和感を覚えて、私を責めてるんだい?」
石造りのベンチに座り、冷たい表情のまま見上げるリュック。対するクラウスは彼を見下ろしてはいるのだがその表情に敵意は無い。むしろリュックに許可無く彼の両側に座り、彼を熱っぽく見詰める美少女二人を微笑ましく思いながら、表情は変えないものの、明らかに居心地の悪さにモジモジしているリュックの姿を眺めて楽しんでいるようだ。
「エンゾ・バロテッリ。部下の若者が叱責を受けて殴られたのか、顔面を真っ赤に腫らしていた。ヤツの暴力性、そして俺を組織に取り込もうとした欲深さ……もしかしてエンゾは、お前らにとって制御の難しい輩だったとは考えられないか?」
「ふふん、なるほどね。だから当方が依頼に沿って最高の暗殺者を送り込めば、ラッキーな化学反応が起きると期待したと?ラファール商会の会長だけでなく、邪魔なエンゾも排除してくれると?」
言葉遊びで誤魔化すんじゃねえぞ……と、瞳の奥がギラリと輝くリュック
他人に踊らされるのは嫌いかね?……と、口元が微かに緩むクラウス
だが次の瞬間、上着のポケットに手を入れたクラウスが小袋を取り出した瞬間、緊張が漂う両者の関係が激変した。
「さすが、素晴らしい洞察力だねリュック。はい、これ迷惑料の銀貨二枚。遠慮なく受け取ってくれ」
ニッコニコの満面の笑みを浮かべながらリュックの手を取り、ペラペラと賛辞を口にしつつ強引に小袋を握らせるクラウス。つまりはリュックの想像通り、死の地平線はエンゾの排除も視野に入れて傍観していたのである。悪びれもしないクラウスのその態度に、リュックが面食らってしまうのも無理は無いのだ。
「はあ……。今までお前からの依頼にNGなど出した事無いだろ、何故そう言う遠回しな事をする?」
「いやいや、君が単なる人殺しじゃなくて、深慮遠謀の人材である事を確認してたんじゃないか」
「それで、何故エンゾは組織内で排除の対象になってたんだよ?」
「エンゾかい?彼はね、ラファール商会との取り引き量が減った事を口実に、我々への上納金を一部着服してたのさ。敵対組織と談合していた疑いもある」
「なるほどね、“過ちを許す勇気、裏切りを許さない勇気”か。……確かお前らの組織の家訓だったな」
「ふふふ、男女関係のように情熱的だろ?」
勝手に言ってろと毒ずきながら立ち上がる。帰るそぶりを感じた事で、エダとロッタはあからさまに不満げな表情だ。
「ただな……お前、エンゾに俺の身辺情報を流しただろ?いくらそれが“死の地平線”の方針だとしても次は無いぞ。たとえそれが王都最大勢力を誇る極道組織だったとしてもだ」
「その件にはすまないと思ってる。今後は君の情報を最上級で秘匿するし、交渉のエサにも使わないよ」
「【カラス】も寄越すな、極道ビーストテイマーよ。常に見透かされているようで背中がくすぐったい」
「そうだね、君にヘソを曲げられると我々もやりにくい。連絡手段としてのみ飛ばすよ」
「転生者同士のよしみだ。そう言う義理でお前の依頼をこなしている事を忘れるな」
この広場にやって来た方向に身体を向け、リュックはゆっくりと歩き出す。クラウスに別れの挨拶を切り出さないどころか、彼を慕う二人の美少女にも目を向けずに去る様は、言葉にこそ出さないものの、それ以上の馴れ合いを拒否する姿勢でもある。
暗殺のギャラが安いから、ギャラを上げろ。裏で謀り事をしていたなら迷惑料を払え。その美少女二人を持ち帰るぞ……など、様々な交渉をクラウスに持ち掛ける事が出来たはずなのに、それすらしない。
――リュック、名字すら無い貧民の子リュック。誕生日すら分からず祝ってくれる者もいない、推定十五歳の哀れな子。本来なら欲と言う欲を全て膨らませて、貪欲にそれらを貪り尽くしてもおかしくないほどの境遇なのだが、全てに興味の無さそうな冷たい視線を放ちながら、不思議なほどに淡々と生きている。それはまるで見かけだけが十五歳の少年であり、その精神は十五年など遥かに超える年月を経て構築されたようにも見える。つまりは輪廻転生社、異世界転生者として前世の人格を今に残す者だからなのだろうか。
徐々に小さくなるリュックの背中にエダとロッタが声を掛ける。
「リュック、今度は私たちのお家に遊びに来てね!」
「私たちの事好きにして良いから!」
あまりにも衝撃的な言葉が鼓膜を揺さぶったのか、不覚にも石畳につまずき転びそうになるリュック。それでも意識して彼女たちには顔を向けず、そそくさと早歩きで立ち去って行く。後ろ姿しか確認出来ないのだが、耳が真っ赤に染まっているので、エダたちの言葉は間違いなくリュックに影響をもたらした―― クラウスの“してやったり”の含み笑いは、頑固者に揺さぶりをかける愉悦の笑いであったのだ。
◆ 組織 編
終わり