ラインハルトの思惑
ヴィヴィアンとエリザベスはあちこちお店に寄りながらショッピングを楽しみランチを食べに行こうと歩いていた。
歩きながらも女の子のお喋りは尽きることはない。
無限に話は広がるのだ。
「やっぱりあの色にするわ、冬に着るには寒そうだけれど私には寒色系が似合うんだもの。」
「ランチを食べたら戻って買えばいいわ。エリザはブルーが似合うもの。知ってる?ブルーは知的な人にしか着こなせないそうよ。マダム・ロゼッタが言っていたわ。」
強風に吹かれ急いで大通りを反対側に渡ろうとした時に後ろから急に抱きつかれた。
振り向かなくてもヴィヴィアンに抱きつく者などひとりしかいない。柔らかに香る香水で確信する。
「よ、ランチに行くんだろう?俺も混ぜてくれ。」
「ちょっと、殿下。人目がありますしヴィヴィアンから離れてください。」
「殿下、重いです。女の子達が見てますよ。誤解されちゃいます。」
だがラインハルトはヴィヴィアンにおぶさるようにふざけたままだ。
殿下だとバレなければ問題ないだろう。
3人ははしゃいでお店に入って行った。
ヴィヴィアンがお休みなので有り余るほど仕事がある筈なのにこの男は態々何しに来たのだろうか。
当たり前のようにヴィヴィアンの隣に座り鼻歌まじりにメニューを開いた。
「ちょっと殿下、仕事を放って来たんですか?しかも共も付けずにひとりでなんて。王子の自覚あります?」
「ランチくらいいいだろう?食べたら戻るから気にするな。エリザベス、久しぶりだな。マーティンは元気か?新居が決まったら教えてくれ。」
「あら、マーティンとお会いしてませんの?新居の候補は幾つかあるのですがまだ決めかねてます。」
エリザベスの婚約者のマーティンはラインハルトと仲が良い。学生時代はよく4人で過ごした。
ラインハルトの側近候補だったのだが王太子ではない自分に側近は必要ないと誰も付けずにいる。
たぶんその代わりに秘書という形でヴィヴィアンを側に置いたのだ。
注文をしていると店の外から騒がしい声が聞こえて来た。
このお店は格式が高く騒がしい客など来ない筈だが偶にはいるのだろうか。
「なんだか外が騒がしいわね。それより殿下だって気が付いたみたいだから食後にシェフが来るわ。」
「そうか?俺は兄上と違って顔出しは控えているんだがな。」
「でもやっぱり上流階級の方は知っているわ。そう言えば王太子妃殿下はもうすぐかしら?」
「まだだな、でも今にも産まれそうな程大きな腹になったぞ。」
「楽しみですね。殿下も叔父上になられるんですね。」
食事を半分ほど終えた時だった。
「お食事中大変申し訳ありません。外にヴィヴィアン様の姉上だと言う方がみえて中に入れろと言っているのですが。」
「私に姉などおりませんわ。」
即答したのだがラインハルトが悪戯な笑みを浮かべて中に通せと答えてしまう。
「殿下、私は顔を見るのも嫌なのですが。」
「店に迷惑をかけたからな。一言言わねばならんだろう。」
自称義姉は面の皮が厚いのか精一杯の貴族の娘を気取ってやって来た。
なるほど、外で騒がしかったのはこの3人娘だったのだ。
義姉とその友人2人は見たこともない。
案の定殿下が口を開く前に話し始めた。
「初めまして、王子殿下。私はヴィヴィアンの義姉でマリス・アンドリュースと申します。先程こちらに入るのが見えましてご一緒させて頂きたく参りましたの。いつも義妹がお世話になっております。」
ラインハルトはしかめ面を隠そうともせずに義姉を上からつま先まで眺めてひとまず大きく溜息を吐いた。
「ヴィヴィアンに姉がいるなど聞いた事がない。姓が違うではないか。私が話すまで話しても顔を上げてもならぬと教えられてもいないのか。」
2人の娘たちは怯えた顔で下を向き小さな声で謝罪した。
だがこれしきで怯まないのが自称義姉だ。
弄りがいのある女なのだ。
これから殿下による断罪が始まるのだろう。よくあるお話のように。
「ですが、殿下。義妹は不敬にもお隣に座っているではありませんか。そのお皿もシェアしているのではありませんか?」
(よく見てるわね。何が言いたいのかわからないけれど。)
「お前とヴィヴィアンが対等だと思っているのか?マナーも知らず何故私と同席できると思っているのだ。親から何を学んだ。学園を出ているのならば当然知っている事が何故出来ない?答えろ。」
「は、母はおりません。ち、父は仕事が忙しく家にあまり居ませんでした。がっ、学園は出ましたがかっ、かっ身体が弱くあまり行けませんでしたので。お許しください。」
「身体が弱いのか?病気なのか?どこが悪いのだ。」
「あ、い、今はもうすっかり良くなりました。」
「良くなったのに学び直さないのか?ヴィヴィアンよりも歳が上なのだな。今は何をしているのだ?当然働いているのだろう?」
言い訳が苦しくなった義姉は必死にヴィヴィアンの方を見て助けを求めているが勿論助ける訳などありはしない。
「働いておりません。婚約が決まるまでは花嫁修行をしております。」
「ほう。花嫁修行とは具体的に何をするのだ。申してみろ。」
(ひぇー、王様より王様っぽいわ。)
いつもと違うラインハルトを見てヴィヴィアンは心臓がきゅうっとなった。
誰かに鷲掴みにされたような変な気分だ。
「答えられぬか。お前の父親と少し話す必要があるな。近々王宮に呼び出す。伝えておくがいい。お前たちはもう帰れ。」
大人しく頭を下げたが義姉だけはヴィヴィアンを睨みつけた。
ラインハルトは座ったままでヴィヴィアンの肩に腕を回し髪にキスをした。
「呼び出すまでお前とヴィヴィアンの何が違うのかよく考えるがいい。それが解れば今日の罪は軽くしてやろう。ヴィヴィアンに手を出せばどうなるのかも解るな?」
「・・・はい。」
最後は背中を丸めて出て行った。
恥をかかされたあの女は家で会ったら嫌味だけで済むだろうか。
平手打ちくらいはしてくるかも知れない。
今はラインハルトの隣で安心感に包まれていたいと思った。