終話 人にやさしく
「そうか、病気だったのだな。だからあの愚行を父親も咎めなかったのか。」
「病気だからってあれを許す父親もどうかしているわ。」
マリスは自分の病を知ってああなった訳ではない。
幼い頃から素行は悪かった。
父親は娼館で産まれたマリスを引き取って育てたが引き取っただけで何もしていない。
自分が愛する娼婦に産ませたのだから愛の結晶のはずなのに彼は妻しか愛せなかった。
娘は自分の親や親類に任せっきりで仕事はするが空いている時間は娼館に通っていたのだ。
これはダイアナと結婚してからも変わらなかった。
ダイアナはそれを知っていて一度だけ子供の躾は親の仕事だと言ったのだが彼はそれを聞き入れずグリフィス家の侍女や執事に丸投げをしてきた。
だからダイアナはアンドリュー家から世話係を呼び寄せたのだ。自分達の事は自分でやる様にと。グリフィスの者の手を煩わせる事は許さないと。
だからか知らないがマリスは我儘で癇癪持ちに育っていったし手癖も素行も悪かった。
病が発覚したのに気がついたのはグリフィス邸の庭師だったくらい誰もマリスに関心を示して居なかった事がわかる。
逆に言えばマリスと話す者は庭師の老人だけだったのだ。
庭師は彼女と色んな話をしたそうだ。
その中で彼女が気に入ったのは婚約破棄による略奪婚だった。
「悪役令嬢って私にピッタリだわ!アイツの愛する殿方を奪ってやろうかしら。私も結婚してからあの世に行きたいもの。」
「お嬢様のお相手はやめておきな、あのお方は特別だから。マリス様にはもっと合う方が見つかるだろう。もっとおとなしい服を着ればいいのになぁ。」
そんな話をよくしていたそうだ。
複雑に顔を歪めているヴィヴィアンを胸に抱きラインハルトは背中を優しく撫でている。
彼もまた複雑な気持ちだった。
「事情を知っていたら優しくしたか?」
「きっとしないわ。だって初めて会った時からあんな人だったもの。あの人から与えられたのはストレスだけよ。」
「そうか、俺もしないだろう。今となっては気の毒だとは思うがな。」
「・・・今更だけど、本当に今更だけど私がずっと貯めていたお金で娼館の母親を身請け出来たら何かが変わっていたかしら。」
「どうかな。母親がどんな人かわからないからな。常識ある人ならば娘を教育してくれたかも知れんな。親の愛情を知ればああはならなかっただろう。」
ヴィヴィアンは眼を閉じると同時に涙が出てくるのを感じ驚いた。
まさかマリスの事で泣くとは思ってもみなかった。
けれど心の中では後悔しているのだ。
それは母も感じているだろう。
ラインハルトはヴィヴィアンの気持ちを察している。
「その貯金で身請けしてやったらどうだ?」
「いやよ、あの男の為にしかならないじゃない。あの男がもっと愛情をかけてあげれば」
ヴィヴィアンは激しく泣きじゃくって言葉が続かない。
「ならばおれが出してやろう。父上から聞いた話ではその母親は元々貴族の娘だったそうだ。騙されて婚約破棄された後に娼館に差し出されたらしい。」
「も、も、もぅ、こっ、こん、やくはきは、うんざり。」
「そうだな、父上が直ぐに対策をしたそうだ。婚約破棄後に結婚した相手との離縁は認めないってな。愛人を作った事がバレたら去勢なんだ、知ってるだろ?」
何だかすとんと腑に落ちた。
あんな変なご婦人達がいまだに離縁されずにいる理由がわかった気がする。
「泣き止んだか?俺はずっとお前一筋だからな。幼い頃からずっとだ。」
「私のどこが好きなの?」
「面白いところだ。一生笑って過ごせるなんてお前しかいないだろう?」
「・・・あっそ。」
ラインハルトはヴィヴィアンの拗ねて尖った唇が大好きなのだ。
少しふくらんだ頬を両手ではさみキスをした。
「今日はこんな気持ちだからしないと思ってたけど」
「けど?」
「やっぱりしない」
「ははっ、うそつき。」
ラインハルトは罰として灯りを消してくれなかった。
時間が出来たらお墓参りに行こうと思う。
こんな気持ちになれたのはラインハルトが居てくれたからだ。
もっと早く優しい人になりたかった。
無視などせずにちゃんと話し合えば良かった。
「こんな私をずっと好きでいてくれてありがとう。」
「これからもずっと好きだぞ?」
「私もよ。前よりずっと好き。」
そう言ってヴィヴィアンは大きな声で笑った。
ラインハルトがめちゃめちゃ寝言を言うのを思い出したからだ。
「私も退屈しないで生きていけそうよ。」




