甘い時間は突然やってくる
あのあとマリスがどうしたのかは知らない。
あの女のせいでダンスも中断してしまって周囲はざわついていた。
面白かったよと同級生は言ってくれたけれど良く思っていない人も多いだろう。
どんな顔をしていいのか解らず困っていた。
「ヴィヴィアン、こんなにモテる男の妻になると苦労をかけてしまうな。」
ラインハルトの大きな声で2人の婚約が決まった事が伝わり緊張ムードが一変した。
盛り髪のご婦人達から口々におめでとうと祝福されて戸惑ってしまう。
「お祝いが続きそうね。貴方のご友人も結婚式が近いんじゃなかったかしら?」
「おめでとう、ヴィヴィアン様。お二人で家にもいらっしゃいな。息子夫婦の可愛い赤ん坊を見に来てちょうだい。」
「おふたりのダンスが見たいわ。さ、空気を変えてきてくださいな。」
そうだ、このご婦人達は同級生のお母様軍団だ。
朗らかで明るく社交的なご婦人達によってこの社交界は支えられていると言っても過言ではない。
「ヴィヴィアン、あんなの大した断罪劇じゃないわよ、昔はもっと過激な婚約破棄が流行ってたんだから。私達の世代はね。」
「そうよ、気にしないで踊っていらっしゃい。」
背中を押されてフロアの中心に来るとまた演奏が始まる。
だがダンスどころではない。
「笑え、ヴィヴィアン。笑顔だ、笑顔。婚約破棄が気になるんだろ?あとでマーティンの母上から聞かせてもらおう。」
王子のお相手らしく薄ら笑みを浮かべて優雅に踊り始めるとマーティンとエリザベスも踊りに加わった。
すぐにフロアは一杯になりマリスの汚した空気はすぐに元通りになったと思う。
昔はどんな修羅場があったのだろうかと考えているのがラインハルトにも伝わったようで彼は心の中で盛大に溜息を吐いた。
幼馴染であり同級生で友人という関係から甘い雰囲気に持っていくのがこれ程難しいとは思わなかった。
きっと今夜も悶々と寝苦しい夜を過ごす羽目になるに違いない。
「やぁねぇ、そんなに聞きたいの?今日は夜会を楽しみなさい。皆さんが貴方達に注目しているわよ。いつ発表されるか楽しみにしていたんですもの。婚約したって事で良いのよね?」
「はい、正式に婚約です。陛下から知らせがあるでしょう。」
「そう、貴方達も明日家にいらっしゃいよ。エリザベスも来るのよ。その時に話してあげるわ。あんまり気持ちの良い話じゃないけれど。関係性は把握できるわ。」
「それは今後の政務の役に立ちそうですね。」
ラインハルトは複雑な顔をしたヴィヴィアンをバルコニーに連れ出した。
星の煌めきもない雪の降りそうな寒い外は誰もいない。
「頭が冷えていいわね。雪降らないかしら?」
「降りそうだな。降り出したら客室が足りんかもしれん。今頃メイドが大慌てだな。お前も泊まって行くか?」
「うん。お母様も今日は帰ってこない気がするし。泊まっていっても良い?」
ラインハルトは心臓がばくばくして返事が出来なかった。
だからその代わりにキスをした。
軽いキスのつもりだったがそれは次第に深く長いキスに変わっていった。
夜会はまだまだ続くだろう。
だが2人はそっと部屋に戻る。
2人にとって初めての長い夜が始まるのだ。
突然やってきた甘い時間に戸惑いながらも溢れ出る幸せと興奮は止められないだろう。
愛している
こんな気恥ずかしい言葉が自然に出てくる事をふたりは初めて知った。




