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7、祠

 雪がちらついたのかと堀江は感じた。それほどに冷え切っていた空気が体を包んでいた。

 夜の山道を頼りのないスマートフォンの灯りで照らして歩いて進む。


「キアヌ。寒くないか?」

「さむぐねじゃ。こんぐらい、うぢさではなれっこだじゃ」

「相変わらず、何言ってるかわかんねぇけど、東北じゃあこんな寒さ普通だわな」


 金属バットを杖代わりに歩く高橋ディレクターとキアヌと呼ばれた不審者が先を歩き、その後ろを簡単な荷物を持った五条アシスタントと堀江が続く。


「なんで金属バットを持ってきたんですか」

「バッカ野郎、念のための保険だよ、保険」


 金属バットを見せつけるように持ちながら、高橋ディレクターは白い息を吐き、言う。

 暢気な高橋ディレクターと異なり、堀江と五条アシスタントはピリピリとした張りつめられた緊張があった。いや、もっと言えば、高橋ディレクターも緊張をしていない訳ではない。懐中電灯の代りとして使っている携帯端末を握る手は、震えている。

 初めの頃は寒さからだ、と高橋ディレクターも言っていたが、それは強がりだと明確にわかるのだった。


「あと少しだ」


 昼間、来た時は明るかったからか歩き易かった山道も、今となってはすっかり危ない夜の山道となっている。

 それだけではない。

 あの浮浪者が襲われたように、今、両脇に並ぶ立木の向こうから、茂みの向こうからぬっと白い手が伸びてきて襲われる可能性がある。それを考えては震えるなというのが無理がある。しかし、その堀江や五条アシスタントの内心の恐怖を裏切るかのように山道では何事もなかった。ガサガサと茂みが動くたびに震えたものだが、それくらいであった。


「ついたぞ」


 高橋ディレクターが足を止めて言った。言う通り、あの開けた場所である。かつて祠があった石の台だけが寒々しく残っている。その広場に五条アシスタントは、がららと荷物を下ろした。それは、祠を直すための資材だ。

 山に登る前、ちょうど閉店間際のホームセンターで、祠の材料を買ったのだ。粗方、祠として見える程度にはくみ上げてあり、あとは現場において安置すればおおむね問題はないと思えるような体を成していた。


「やりますよ。日曜大工の経験なんか無いですけど」

「周りは見ていろよ。堀江」


 高橋ディレクターと五条アシスタントが金槌や鋸を手にいい、それを堀江はうなずいて聞いた。

 キアヌはただぼうっと気が抜けたように立っており、同じように周囲を警戒するかどうかも定かではなかった。

 そうして祠の修復を始めようとした、その時だった。


 音がした。

 短く、空気が抜けるような、ぽん、という音。


 いや違う。堀江は直感する。想像するのは、連続する音だ。


 ぽぽぽぽぽ……

 夜闇の中、風に乗って聞こえてきたのはその音。あの平尾の家で聞いた音、まさしく、それだと気付いた。


「まずいぞ」


 高橋ディレクターが言う前に、ぬっと後ろの木々の間から白い腕が見えた。

 その白い指が、迫りくる。


「高橋さん!」


 堀江が叫ぶと、振り返った高橋ディレクターは手にしていた金槌をその白い手に向かって投げつけた。

 金槌は白い手に当たると鈍い音を立てて、あらぬ方向へと落ちる。が、その白い手はお構いなしに伸びてくる。踵を返して逃げ出した高橋ディレクターだったが、先に持っていきていた金属バッドを手に拾い上げると、まさしく、今、迫り来ていた白い手へと振り下ろした。

 グちゃっと肉の潰れる音が聞こえるが、しぶとく、白い手は指を動かす。

 動かなくなるまで叩こうと振り上げた間に、すっと手が引っ込み、木立の向こうへと消えた。

 が、また、すぐに何本もの白い手が木々の向こうから現れる。


「しつこいっての!」


 白い腕を迎え撃とうと高橋ディレクターは金属バットを構えた。

 その時である。


 バン。ババン。


 強烈な炸裂音と共に火薬のにおいが漂う。

 キーンと耳鳴りがする頭で、堀江は音のした方向へと顔を向けた。


「主は来ませり」


 キアヌと呼ばれていた不審者がピストルを手に立っていた。

 黒いピストル。

 そんな風に見ていると、再び、銃声が鳴った。

 白い手を正確に撃ち抜いていく。照準でぴたりと合わせて的確に引き金を引き、薬莢が空を舞って落ちる。


「The Lord commands: Shoot, yet forgive.」


 空になった弾倉が重力で落下し、代わりの弾倉を装填する間、キアヌは呟いていた。

 あまりにも手慣れた様子で、チャンバーの中に銃弾が装填されたか指で触り、再び、白い手を撃った。


「The Lord fires, yet grants salvation too.」

 

「キアヌじゃねーか! やっぱりキアヌだって!」


 高橋ディレクターは少し興奮した様子で、五条アシスタントの肩を抱く。

 その間も、迫りくる白い手をキアヌは


「拳銃持ってるって! ヤバい人じゃないですか!」

「バッカ! 今のうちに五条! 祠を作れ!」


 そうである。

 明確な力関係において、今、逆転している。いや、拮抗しているのが正確か。

 白い手を一手に引き受けるキアヌがいるおかげで、祠の安置、修繕に取り掛かれる。

 五条アシスタントだけで制作するのではなく、高橋ディレクターも取り掛かれるのだ。


「早くするぞ!」

「はい! 堀江さん! 金槌とってきて!」


 五条アシスタントに言われるまま、堀江は先ほど、高橋ディレクターが投げた金槌を拾いに走る。ちょうど広場の隅に落ちていた金槌を拾い上げると、急いで高橋ディレクターの元へと戻った。戻った頃には、祠は石の土台の上に置かれていた。

 質素な祠だ。

 御神体も何もない。


「御神体どうするんですか?」

「これを入れる!」


 五条アシスタントの質問に、高橋ディレクターはポケットから紙きれを取り出した。それは、あのキリスト様で使った紙だ。


「そんなのでいいんですか?」

「鰯の頭も信心から! これで何とかなれー!」

「滅茶苦茶ですよ!」


 五条アシスタントの叫び声を無視しながら、祠の中に紙を納めて戸を閉じる。

 銃声が飛び交う中、金槌と木材で、どうにかこうにか祠を石の上に固定するように安置した。

 途端にである。

 今までの爆炎とは異なる光が、銃からのマズルフラッシュとは異なる強烈な光が周辺を包んだ。

 まばゆい光の後、祠の前には、三人の少女が倒れていた。

 

「ひ、平尾さんです!」


 その中の一人を指差して、五条が叫ぶ。

 彼の言う通り、間違いなく、その少女は平尾だった。慌てて近寄り、高橋ディレクターが胸に耳を当てる。すぐにうなずき、問題なく生きていることを伝えてくれた。安堵の空気がふっとあたりを包む。他の二人の少女、家原ともう一人の、おそらく貫井陽子も無事のように見える。


「高橋ディレクター?」


 あまりにも騒がしくしていたからか、平尾が目を覚ます。

 どうにも無事のようだ。


「何があったんですか?」

「あとで説明するよ、ともかく、良かった」


 五条アシスタントが脇から平尾にそう言う。

 高橋ディレクターもまた、同じように安堵した様子であったが、ふっと辺りを見回した。


「キアヌは?」


 堀江も言われて思い出したかのように、キアヌの姿を探した。

 しかし、広場には忽然と姿はない。そんな狭い空間でどこに隠れられるわけでもなく、隠れるような理由もまたない。高橋ディレクターに言われて、堀江は広場の近辺を少し探してみたが、キアヌがいた痕跡もなかった。


「どこ行ったんだか」

「ですけど、これ」


 堀江は、地面を指さす。

 そこには、空薬莢が落ちていた。

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