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6、キアヌ

「こいつ、あいつに似てるよな、あの映画俳優、なんだっけ」


 夜の道を走るハイエースの後部座席で高橋ディレクターは、隣に座った不審者の顔を見ながら、自らの中指で頭を叩く。記憶の片隅からなんとか引きずり出すために必要な儀式と高橋ディレクターは言うのだが、その真偽は不明だ。

 堀江はハンドルを握る五条アシスタントが、いらだちと共にハンドルを指でタンタンと叩く。と、いうのも、家原知子の家に車で寄ってみたところ、家原知子もまた、行方知れずとなってしまっているのだ。その状況が五条アシスタントの苛立ちを増長させる。そんな五条アシスタントを堀江は横目にするくらいしかできず、たまらず、後部座席へと目をやる。

 が、この後部座席に座った男は不気味にも始終無言のままだった。


「あ、思いだした。キアヌ・リーヴスだ。キアヌに似てる!」

「そんなに似てますかね?」


 堀江が疑問を浮かべながら、カメラを向ける。

 不気味なほどの長髪で、手入れのされていない無精ひげ。痩せこけた頬に日本人らしくない目鼻という顔立ち。なるほど、確かにいかにも映画俳優のキアヌ・リーヴスと言われれば、似ているような気もしなくはないような気がしてくるのだった。

 しかし、ボロ布に裸足という恰好は圧倒的に不審者、変質者である。

 堀江からしてみても、この男は家原知子の家を訪れていた人影でもあるようだった。


「おらぁ、イェーシュアってもんだどもな」

「何言ってるかわかんねぇな、どこの生まれの人なんだ?」


 男は何かを言ったが、要領を得ない。まるで、異国の言葉のようなものを発するだけだ。


「おそらく、発音からするに青森とかの辺りの人かと」

「ま、いいか。それでどうするんだ、これから」

「わかりません。だけど、まずいです」


 ハンドルを握る五条アシスタントが、バックミラー越しに見ながら聞いた。

 平尾の姿は夜闇へと消え、警察と両親がやり取りをするのを尻目に逃げるように一行は車で走り出したのだ。もはや、その姿は不審者としか思えなかったが、五条が率先してそう動いた。


「このままだと平尾さんは死にます。あの浮浪者が死んだのと同じようにです」

「だよなぁ」

「なので、どうするんですか」

「んなもん。わかりきってるだろ。やるんだよ、これを」


 高橋ディレクターが言うとともに、信号が赤に変わった。五条アシスタントがぎゅっとブレーキを踏んで車を停める。

 振り返れば、高橋ディレクターは手に何か紙切れを持っている。ボロボロによれてはいるが、それにはアルファベットが記されており、どこか子供の学習用の教材のようにも見える。が、それを見た時、堀江は平尾の話を思い出していた。

 キリストさん。

 それで使った紙が、これだ。


「さっき、平尾の家から拝借してきたんだ」

「それって窃盗?」

「馬鹿。これは人助けだ。わかるか? これを使って、キリストさんをする。そして、そこで助かる方法を聞く」

「そんなの信憑性が」

「ある。というか、これしかない。いいか? おそらく家原知子の家に行っても同じだ。また行方不明になる。そして、それを考えた時、事の発端は全てこのキリストさんから始まっている。だから、解決策もこいつしかない」


 高橋ディレクターがいうそれは願望でしかなかった。

 根拠もない。

 が、そう思ったのは、堀江だけだった。

 五条アシスタントは深く頷くと、そのアイデアに乗ったと言って、道路の開いたスペースに車を停める。後部座席に五条アシスタントが移る間に、高橋ディレクターは後部座席にテーブルを広げた。

 キリストさんのやり方についてはすでに聞いている通りだったから、外国のコインも必要だった。しかし、これは用意周到な高橋ディレクターである。すでに、500ウォン硬貨を持って来ており、ひょいと紙の所定の位置に置く。しかし、人数として、あと一人必要でもあった。


「このキアヌにも協力してもらう。堀江、お前は見といてくれ。証人がいないとな」


 高橋ディレクターがキアヌと呼ばれた不審者の男性の指をコインに載せて言った。

 堀江はこくりと頷く。

 

「キリストさん、キリストさん、おこしください。おこしになられたら、コインを動かしてください」


 高橋ディレクターが言う。

 が、ぴくりともコインは動かない。


「キリストさん、キリストさん、おこしになられたら」


 そう聞いている途中、500ウォン硬貨がぐんと力強く動いた。

 

「嘘ですよね。誰かやってます? 高橋ディレクター?」

「キアヌなにかやったか?」

「だはんでよ、おらがよしゅあだってさっきがら言ってらべや」

「何言ってんだかわかんねぇけど、大丈夫だ。よし」

「何をもって良しって言ってるんですか……」


 五条アシスタントが疑問を口にしたが、誰も答える事はなく、高橋ディレクターは続いて口を開く。


「祠を壊して出てきた奴をどうにかしたい。どうすればいい」


 500ウォン硬貨は、ぴくりとも動かない。


「聞き方がまずいんじゃあないですかね」

「かもな。じゃあ、聞き方を変えようか。あの祠から出てきたのはなんていうんだ?」


 またしても、高橋ディレクターの質問に500ウォン硬貨はぴくりとも動かなかった。

 高橋ディレクターの舌打ちが、車内に響く。


「どうすれば平尾を助けることができる? 教えろ」


 苛立つ高橋ディレクターが紙を破く前に、五条アシスタントが聞いた。

 誰かが溜息を吐き出す前に、500ウォン硬貨がずずずと動いた。

 そして示されたのは短い英文。


 HOKORA Repair.

 祠。修理。


「祠を修理しろっていうのかよ」

「でも、確かにわかりやすいです。祠があって、壊して、アレが出てきた。ならば、直せばもとに戻るかも」

「この時間に、あの山の中に戻るのかよ。やばいだろ」

「高橋さん! やるんでしょ? 僕もやりますよ!」


 五条アシスタントが指を500ウォン硬貨にのせたままに言う。


「ここまで来たんだ。僕もやります!」

「……わかった。やろう! やるぞ! お前ら!」


 高橋ディレクターはしばらくの沈黙の後、そう叫んだ。

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