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5.家の前に来るモノ

 平尾の家に寄ると心配そうな顔をした平尾の両親が居た。それは当然であろう。何せ、一人娘が死体を目撃してしまったのだ。それだけではなく、事情聴取として警察の取り調べを受けていたのだから、一体どういう状況かわからず心配するのも無理はなかった。

 そして、何よりも心配だったのは、娘と共にいた大人三人組だ。


「平尾昌也といいます、妻のひつじです。それで、一体どういう経緯なんでしょうか」


 怪訝な顔をした平尾の父に、高橋ディレクターが主となって説明した。補足するのは堀江の役目である。

 やはり、ここにおいても五条アシスタントは控えめな立ち位置に立っていた。やはり、刺青塗れの男が

前のめりに出てきて話をするというのは、どう考えても適切ではない。そして、その動きは功を奏したのか、リビングのソファに座ることを昌也はすすめてもらえ、さらに言えば、平尾の母ひつじはコーヒーまでご馳走してくれた。

 ソファに座った平尾の父は、腕を組み、唸る。


「確かにここ最近、娘の様子がおかしいとは知っていたんだが、まさか、そんな事に」

「でも、確かにそうね。実の所」


 ひつじがふっとリビングの壁に掛けられた時計を見た。つられて、リビングにいる皆が時計を見る。

 夜の9時を過ぎるかどうかという時刻である。


「ここ最近、ちょうど日が変わるかどうかという時に、私水を飲みに一階のキッチンに降りてきたことがあるんですけど。その時、外で何か気配を感じたことがあります。玄関の前に、ぼんやりと人が立っているような影があって」

「なんでそれを僕に言わないんだ」

「だって気のせいだと思ったし」

「なるほど。しかし、明確な手掛かりですね」


 昌也とひつじ夫婦で、小さな諍いが始まりそうだったのを、高橋ディレクターが制する。


「日付が変わるその時に人が来る。なら、その時に正体を確かめればいい」

「そんな無茶苦茶ですよ、高橋さん」

「無茶苦茶も何もあるか。五条。車を回して角で待ち伏せしておけば十分だろ。最悪、車で隠れられる。この平尾さんの家には危害はない」

「無茶苦茶だ」


 五条アシスタントはそう言うが、高橋ディレクターは意に介さないという様子である。そうなったら、高橋ディレクターの行動は早かった。堀江と五条を連れて、平尾の家を出ると、近くに停めてあったバンに乗り込む。

 後部座席で、スマホを取り出した高橋ディレクターはアラームをセットし始めた。


「五条、あんまり乗り気じゃないな。今回は」

「そうですか? いつも通りだと思いますけど」


 運転席で五条アシスタントは、アームレストに肘をつきながらぶっきらぼうに答える。その口でこそ不満を口にしていないが、その態度こそが不満の表れであった。高橋ディレクターはスマホをぽいっと堀江に手渡すと、五条へと顔を近づける。


「嫌だったら、おりてもいい。ここまでの給料は払う」

「いや、そういう訳じゃ」

「だったら、どういう訳なんだ。え? お前はここで女の子のトラブルを放って帰るのか、それとも、仕事をやり遂げるのか。どっちなんだ?」

「わかりましたって」

「それでいい。どうせ、今日一日で片が付く仕事さ。堀江、ビデオ回しとけよ」


 高橋ディレクターはどかっと再び、後部座席の背もたれに寄りかかる。

 言われた通りに、堀江はフロントガラス越しに、平尾の家を録画する事とした。

 五条アシスタントは何も言わずにじっと待ち、高橋ディレクターも何も言わずに、「交代で休憩な」とだけ言い残すと、腕を組んだままに寝息を立て始めた。温かい暖房の効いた車内で、堀江もまた睡魔に襲われてしまうが必死に耐える。

 何度か交代で休憩を取り、堀江が寝入ったその時だ。

 肩を叩かれ、はっと夢の世界から堀江は戻される。


「来たぞ、来たぞ」


 少し興奮気味の高橋ディレクターが呟くように言った。

 見れば、確かに平尾の家の前には人影がいる。電信柱の街灯のかすかな光が、その人影を照らす。少し背の高い男のように見える。薄汚れた姿であり、とてもまっとうな人物とは見えない。もっとも、夜中の0時頃に家を訪れるような行為自体がまっとうでもない。

 バンのドアが開いて、ぱっと高橋ディレクターと五条アシスタントが飛び出す。遅れて堀江が追うが、すでに高橋ディレクターがその人影に声をかけられるような近さにいた。がしっと赤いネイルをつけた高橋ディレクターの手が男の肩を掴む。


「お兄さん、何してんの」


 高橋ディレクターに肩を掴まれたままの男は、まるで意に介さないというように顔を平尾の家に向けたままである。

 だから、余計と高橋ディレクターの機嫌を損ねたのだろう。


「お兄さんさ。何してんの」


 少しばかりに語気を強めた言い方で、高橋ディレクターが聞く。

 それが功を奏したのかはわからないが、男はすっと細い指を平尾の家に向けた。

 薄暗い中、男の顔はうかがえない。


「ここに救うべきものがいる」

「は? 何言ってんだ?」

「えっと、何してるんですか。こんな時間に」


 高橋ディレクターの助け舟として五条がそうまた、詰め寄った時、男は何も言わなかった。

 が、堀江はそれに気が付いた。

 

 ぽ、ぽぽ、ぽぽ、ぽ、ぽぽ


 声がした。いや、これは声なのだろうか、堀江はそう疑問が頭に浮かび恐怖をまずは感じなかった。

 しかし、頭の中でインターネットのオカルト昔話が浮かんでいた。

 八尺様。背の高い女の怪談話だ。もちろん、それは途轍もない嘘の作り話であり、実在する話ではない。だが、今、自らの周りで起きているこの事象、この声は、まぎれもなく嘘の怪談話のそれだ。

 

「あの、高橋ディレクター」


 そう声をかけた時、高橋ディレクターはすでに男を組み伏せていた。

 呆気にとられる堀江と五条アシスタントであったが、高橋ディレクターは男の顔を地面へと押し付ける。


「てめぇよぉ、こっちが何もしなからって調子に乗りやがってよぉ。何してんだって聞いてんだよ!」

「救われなければならない」

「何訳わかんねぇこと言ってんだ!」


 玄関が開いて、平尾の両親が顔を出した。

 流石に家の前で騒いでいたらば心配になって出てくるのも当然と言える。

 ガララ、と窓が開くような音がし、見上げれば平尾の家の二階の窓が開いている。そして、これまた、再び不安そうな顔をした平尾がこちらへと顔を向けて覗いているのだった。

 それがいけなかったのか。

 平尾の家の裏手、暗い夜の闇影からぬっと白い手が伸びてきた。

 あっという間に、平尾の首、首筋からするりと服の中へと滑り込み、体中へと絡みつくように這うように伸びると、暗闇へと引きずり込もうとする。平尾の手が窓辺のカーテンを掴み、かろうじてカーテンが平尾の身体を何とかとどめていた。


「ゆう! ゆう!」


 平尾の母、ひつじの悲鳴が響く。

 それは懇願の意味もあった。

 が、無情にもカーテンレールがバキバキと音を立てて、外れていくと、平尾の姿はそのまま夜の向こうへと姿を消した。 

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