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2、喫茶店にて

 五条アシスタントの顔色をびくびくとうかがいながら、女子中学生は震えて座っていた。

 無理もなかろう、と堀江は思う。五条アシスタントは、長袖とタートルネックという出で立ちで体中に入っている刺青を隠しているつもりではあるが、その襟首や袖口からは刺青がちらりと覗き見え、それどころか、隠してもいない、手指にもワンポイントの小さなタトゥーが所狭しびっしりみっちりと施しており、おおよそ、女子中学生の年齢で相対する人種ではない。

 隣に座っている堀江ですら、初対面の時はびびってしまったのを思い出す。

 もっとも、今回はその女子中学生がこの場を選んだのだ。

 机の上に置いたカメラの電源を入れて、堀江はちらりと五条アシスタントへと目配せする。


「えっと、それで、平尾さん。だっけ。まず、自己紹介してもらえるかな」

「あ、はい。あの、私、平尾ゆうって言います」

「うん。ありがとう。僕は五条、でこっちがカメラマンの堀江。もう一人、スタッフがいるんだけど、今は席を外しているんだ。別件の用事があってね」

「あの、このあたりの中学校に通ってて、相談があってメールしたんです」

「それで、そのキリストさんと祠の話だな。そして、この子」


 五条アシスタントは、喫茶店のテーブルに、一枚の写真を取り出して置く。そこには、ちょうど、平尾と同じ年くらいの少女が写っていた。


「貫井陽子さんが失踪した、と」


 こくり、と平尾は首を縦に振る。

 事前に、平尾がかいつまんで説明してくれていた。この近隣にある山の祠を壊した後、貫井陽子は失踪してしまっている。確かに、一度、自宅に帰っているのを両親が確認しているのだが、その翌朝、起きてこないのを不思議に思った両親が部屋に行くと忽然と姿を消していたそうである。警察や地元の有志団体も探してくれているそうであるが、依然としてその足取りを追う事は出来ていない。

 

「あとは、警察の仕事と思うんですけどね。けど、そうじゃないんでしょ」

「あの、実はそうで。一緒に行っていたもう一人の、ともちゃん、家原知子って子が、学校に来なくなって」

「家にいるの?」

「なんか、親に聞いたらいるみたいなんです」


 五条アシスタントは、ふぅん、と頬に手を当てた。

 喫茶店の店内の有線放送が静かに流れている。それが聞こえるくらいに、五条アシスタントは、沈黙し何かを考えている様子を見せ、それから、ゆっくりと口を開いた。


「で、どう思ってるの、平尾さんは」

「わた、私はキリストさんとか祠とかと関係しているのかなって、思ってて」

「どう関係してるのかな」


 平尾はテーブルを見るように俯いた。

 

「実はその私の家に、夜になると来るんです」

「来る? 何が」

「わかんないんですよ。だけど、来てるんです」


 五条アシスタントは、困ったように堀江を見た。その顔にはありありと困惑の色が浮かんでいる。

 あまりにも謎が多すぎる。貫井陽子が失踪した理由、そして、家原知子の失踪の理由。さらに言うと、平尾の家に来ている何かというはっきりしない物。全体の輪郭がわからない。これに手を出していいのかどうかの判断がつかない。

 重苦しい沈黙が平尾と五条アシスタントの間に漂った。

 

「面白い話じゃねーか」


 その沈黙を打ち破ったのは、どかっと平尾の隣に腰を下ろした女、高橋ディレクターだった。

 呆気にとられた平尾なんてお構いなしという様子で、テーブルの上のメニューを取り、ぱぱっと開く。


「高橋ディレクター」

「いや、ごめんね。ちょっと、遅れちゃって。いや、電車が遅延すると困るよねー。しかも、最悪なのがさ。500円玉だと思ったら、500ウォン硬貨を財布に入れてて、困った困った。あ、私はアイスコーヒーにするね。あ、君が平尾ちゃん? よろしくー。私は高橋。高橋ディレクターとか、ディレクターって呼んでくれていいよ」

「ど、どうも」


 店員に注文を伝えながら、高橋ディレクターは平尾と握手を交わす。

 電車の遅延によって慌ててやってきたのだろう。走ってきたからか肩は上下に息をしている。

 早速持ってこられたお冷やも飲み干し、息を整え、さらに運ばれてきたアイスコーヒーにも口をつける。あまりの勢いに、運んできた喫茶店の店員も、驚き、奇妙な顔をして下がっていった。


「平尾ちゃんの家に、毎晩来ているっていうのが何なのか。面白いじゃん」

「いや、でも何が来ているかわかんないんですよ」

「わかんないから調べるんだろ。わかんないからって放置は良くないな」


 五条アシスタントの苦言に対して、高橋ディレクターはそう言いきった。もはや、次の行動の指針が定められたようなものである。高橋ディレクターの言う事にも一理あると五条アシスタントは思ったのか、渋い顔は見せたままに、それ以上に何かを反論する様子は見せなかった。

 それを聞いた平尾はぱっと顔を上げた。

 そして、礼を述べて頭を下げる。


「平尾ちゃん、生憎と私たちは慈善団体じゃないからね」

「わかってます。その協力はしますから」

「うん。助かるよ。じゃあ、さっそく行こうか」

「どこに行くんですか? 高橋ディレクター」


 五条アシスタントは渋い顔をしたままに、聞いた。


「決まってるだろ。その家原知子って子の所だよ。何が起きているか聞いてみないとな」


 高橋ディレクターはそう言うと、アイスコーヒーをぐっと飲み干した。

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