1、キリストさん
キリストさんという遊びが、私の学校では流行っています。
それは、アルファベットを描いた紙を用意して、その上に海外のお金を置いて、参加しているみんなで指を置く。そして、「キリストさんキリストさんキリストさん」と唱え、色々と質問をする。すると、お金が動き、返事をするというものだ。一昔前でいうならばこっくりさんです。それの私たちの地元版と言ってもいいでしょう。どうして、キリストさんという名前になったのかはわかりません。
ですが、学校で流行っているからには、やりたくなるのが人情というものです。
言ってしまえば、怖いもの見たさかも知れません。
私と友人二人のAさんとBさん、三人でキリストさんをすることとしました。Aさんは両親が仕事でよく海外に行くそうなので、海外のお金を準備しやすく、さらに言うと、英語も塾に行って習っていたのでアルファベットの表を準備するのも簡単でした。言ってしまうとなんですが、Aさんが主導でキリストさんをする事となったのです。
夕暮れの放課後、私たちは教室に残って机を囲みました。机の上には、アルファベットで作った紙が置かれ、そして、その中央に描かれた十字架の所には海外の硬貨がありました。Aさんは、「少しでもいい事があれば」と言って、なんでも一セント硬貨というのを持ってきたそうです。私からしてみれば、ただの十円玉と遜色ないお金でした。
それに三人して、指をのせました。
「何を聞くの?」
「うぅん、私の背がどれだけ伸びるか?」
「じゃあ、私はモデルになれるか! あと、彼氏がどう思ってくれてるかとか!」
なんて他愛のない話をして、それぞれ思い思いの聞きたい事を口にし、それから儀式を始めました。
キリストさん、キリストさん、キリストさん、おいで下さい。
最初に唱えた時、何も起きませんでした。
「何も起きないね」
「もう一回やってみようよ」
そう言って、私たちは二度、三度と呪文を唱えました。
何も起きない。
安堵と期待はずれの感情が私たちの間に生まれました。
が、その時です。ゆっくりと硬貨が横にずれました。
驚く間も無く、誰かが聞きました。
「キリストさん、来られましたらyesに進んでください」
私たちの指を乗せたままに、硬貨はゆっくりと動き、yesへと動きます。
驚きの声が自然と私たちの口から洩れました。が、次いで出たのは、誰かが動かしているのじゃあないかという疑いです。もちろん、私も動かすような事はしていません。ですが、疑いというのは自然と出て仕方ない。
そこで、Aさんが言ったんです。
「私が、今朝、何を食べたでしょうか」
当然、誰も知りえない疑問です。だというのに、硬貨はするするっと迷いなく「P・A・S・T・A」つまり、パスタを選びました。Aさんは「あたってる」と肯定しました。その瞬間、そんなのが出てくるとは思えず、間違いない、これは本物だという確信をしました。
私たちは思い思いに質問をぶつけました。そして、それに対して、キリストさんは応えてくれます。
そうして、ひとしきり遊んだ後に終わろうとしました。終わるのはこれも、こっくりさんと似たようなもので帰ってもらうように頼むだけです。しかし、何度帰ってもらおうと頼んでもキリストさんは帰ってくれるという様子がない。
「どうしよう」
「このままじゃ、ダメだよ」
そうです。キリストさんが帰ってくれないと儀式は終えられません。むしろ、悪い結果がくるというのが噂になっていました。だから、私たちは必至で帰ってもらえるように頼みましたが、帰ってもらえません。
「キリストさん。どうしたら帰ってくれますか」
ついに痺れを切らして、そうやって私は聞きました。すると、ゆっくりと、硬貨は動きました。
そして、一つの文章で終えました。
URAYAMA HOKORA KOWASE
裏山・祠・壊せ。
私たちはハッとしました。確かに学校の裏の山には、小さな祠があるのです。本当に生徒たちというか住民でしか知らないような古ぼけた小さな祠があるのです。それを破壊したら帰るというのです。私たちは、それが正しいかどうかわかりません。
ですが、そうしなければキリストさんが帰らないならば、しなければなりません。
「キリストさん、約束します。必ず、壊します」
すると、硬貨はゆっくりと所定の開始の位置に戻りました。私たちはそれを見ると安堵して、ようやっと硬貨から指を離しました。が、すぐに、緊張が走ります。
私たちはキリストさんと約束をしてしまったのですから。
裏山の祠を壊さなければなりません。
私たちは、学校から帰る時に、わざと家に帰らずに、裏山へと寄り道しました。放課後、夕方もとっくに過ぎて夜が近いもので、裏山はかなり不気味でした。頼りない灯りを手にして、いつ動物が出てくるやも知れない参道とも呼べないような道を行きます。
裏山を十五分ほど進んだ後、突然、開けた場所が現れて足を止めます。そこには石の台があり、その上に祠がありました。祠の周りには、草木が生い茂り、祠の材料の木の色も緑色になっていました。中には何が入っているのかわかりません。
「いくよ」
「うん」
「やろう」
そう三人示し合わせ、近くに落ちていた手頃な岩や、木の棒を手にしました。そして、思いっきり棒で叩きつけたり、石を投げつけたりしました。あっという間に、祠は壊れ、あとには木の欠片のような残骸しか残っていません。ただ、石の台だけが残った形になります。
「早く帰ろう」
肩で息をしながら私は二人に声をかけました。
二人は黙っていましたが、ゆっくりと頷きます。
それから、裏山をどうにか降り、三人それぞれ家に帰りました。
何も起きない。
これで、良かったんだ。
キリストさんとの約束を守った。
そう思って、私は夜を越しました。
次の日、Bさんが学校に来ませんでした。ただの風邪かと思いました。が、担任の先生がBさんが行方不明だとホームルームで言いました。私とAさんははっとお互いに顔を見合わせました。
もしかして、昨日のアレが続いているのではないか。
キリストさんは終わってない。