帽子を取ると顔がわからなくなる彼氏
うちの彼氏は人の顔を覚えるのが苦手である。
髪型が変わっただけで誰だかわからなくなるのはもちろん、メガネを外しただけで私のこともわからなくなってくれる。
そして帽子を取ると顔がわからなくなる。
斎藤さんはいつも帽子をかぶっているひとだ。
23歳という若い女性ながら若ハゲなのか、部屋の中でも帽子をかぶっている。
彼女は私と彼氏のカモだった。
「斎藤さん。今日はいいものを持ってきましたよ」
彼氏が言った。
「願いが叶うパワーストーンのネックレスです」
テーブルを挟んでソファーに座る私達を夢見るような笑顔で見ながら、黒い鍔広帽子を被った斎藤さんはそれを手に取り、うっとりと眺めた。
彼はスピリチュアル・グッズを販売する会社の社長、私はその秘書という役を演じていた。
もちろん私達は詐欺師である。
斎藤さんは私達が持参したただのガラス細工をまんまと80万円で購入してくれた。
週末、私達は騙し取った80万円で豪遊デートをした。
「あっ、あの服かわいー!」
私がショーウインドウの中の65万円のコートを指さすと、彼氏はにっこりと笑った。
「よしようし、買ってあげよう。真子はいい仕事してくれたからな」
あっさり現金でコートを私に買ってくれた彼氏の腕に絡みつき、私もニッコニコで街を歩いた。
「カレシぃ〜、好きだよぉ〜」
「俺も好きだよ、マコ。マコが秘書役をやってくれるとお客さんの信用度がグッと上がるから仕事がやりやすいんだ」
ハッと気づいて、私は青ざめた。
前のほうから、いつもと違うカジュアルなキャップを頭に被った斎藤さんが歩いてくるのが見えたのだ。
こんなところを見られたら、どう思われるか……。
「それにしても斎藤さん、そろそろ手を引いたほうがいいかもなー」
案の定、彼氏はいつもと帽子の違う彼女が歩いてくるのには気づかず、大きな声でそんなことを言いはじめた。
「ちょっと買わせすぎた。そろそろ気づかれる頃かも」
私は肘で小突き、小声で『斎藤さん、斎藤さん』と知らせたが、彼女のほうを見たのにそれが誰だかわかってない。
「あっ」
斎藤さんのほうが気づいて、声をかけてきた。
「あ……、あれっ? お二人、いい仲なんですか?」
私は彼の被っている髪の毛型の帽子を、サッと剥ぎ取った。
「……あら?」
斎藤さんが狐に抓まれたような顔をした。
「社長さん……だと思ったのに」
うちの彼氏は帽子を取ると顔がわからなくなる。