明日から未亡人 〜悪役令嬢として断罪されたその後〜
――――断罪されました。
国王陛下と侯爵である父の間で取り決めされていた、王太子殿下と私の婚約。十歳から八年もの間、厳しい妃教育を受け続けました。
やっと結婚が出来る歳になり、来年には式を執り行おうと話し合っていた矢先――。
王太子殿下から身に覚えのない『王族になるには相応しくない行いの数々』というものを羅列され、議会の上層部である元老院において内々に『不適格』だとして処理されることになりました。
王太子殿下の隣には、殿下から寵愛を受けているとかいう伯爵家の令嬢。腕や頭に包帯を巻いています。
どうやら彼女に酷い怪我を負わせたのが私だということでした。
「修道院に入れようと思ったが、彼女が素晴らしい提案をしてきてな――――」
結果から言いますと、病で余命幾ばくもない王兄殿下である『死にかけ公爵』様に嫁入りしろとの事でした。
バルテリンク公爵様は五七歳で、この二十年ほど寝たきりに近い生活をしているという噂は聞いたことがあります。公爵家の面々はあまり王城に顔を出されず、基本的には寝たきりである公爵様のお世話をしているだけの『根暗一家』だと王太子殿下は嘲り笑っています。
そして、私は彼――公爵様の慰みものになれと命じられました。
◇◇◇◇◇
「本日よりお世話になります、コルネリアと申します」
「…………ハァ。この大変なときに。……本当に送り付けて来たか。こちらに参られよ」
バルテリンク公爵家に到着すると、直ぐにサロンに通されました。そして、来られたのは三十代の男性。確か、公爵様の御長男であるモーゼス様。
金色の瞳と金色の髪をした、とても精悍な顔立ちのお方です。稀に夜会などに来られると、ご令嬢たちが黄色い声をあげながら近寄っていくのをよく見かけていました。
「我が家としては、甚だ遺憾であるとともに、迷惑極まりない。見なさい、父はもう目も開けられず、意識のない状態まで来ている。今夜には命も尽きるだろうと医師に言われ、皆で寄り添っていた。そういった場に、そんな浮かれた格好で来るとはな…………。流石、本能のままに他人を傷つけるような悪役令嬢だ」
少し褪せた金色の長髪を綺麗に結った男性が、ベッドの上で寝ていました。とてもゆっくりと胸が上下していて、今にも止まってしまいそうなほどです。
そして、ベッドの周りには、三人の男性と二人の女性と、幼い子供が三人。ベッドの上、公爵様の足元には美しい白猫がゆったりと寝ていました。
皆様で看取っている最中に、簡素であるものの白いウエディングドレスに近いドレスを着た私。
本当に、場違いです。
「失礼いたします」
公爵様の側に近付くと、男性の一人が公爵様を守るように立ち塞がりました。何もしません、挨拶だけさせてくださいと頭を下げると、奇妙なものを見るような目で見られてしまいました。
頭の近くに置かれていたイスに座らせてもらい、公爵様に話しかけました。
「初めまして、コルネリアと申します。公爵様の後妻として嫁いで参りました。直接のご挨拶が出来ず残念に思っております」
掛布の上に出ていた手を握り挨拶をしていると、弱々しくはあったもののキュッと握り返されました。
「……? 公爵様?」
気のせいかと思い話を続けようとしましたら、公爵様の目蓋がふるふると震えました。
「………………あぁ、君が…………話……は聞いている。大変……だったね……………………この家で、好きに……………………生き、なさい………………」
公爵様がゆっくりと目蓋を押し上げ、金色の瞳で私を捉えると、ふわりと微笑まれました。そして、切れ切れにそう囁かれると、またゆっくりと眠りにつかれました。
「……父上」
頭の上から声が降ってきました。
見上げると、辛そうなお顔のモーゼス様が真後ろに立たれていました。
「ミャ」
急に膝の上に何かが乗って来ました。
視線を膝に移すと、白猫さんがすりっと体を擦り付けた後に、ゆっくりと座り込み、眠り始めました。
「あ……ねこさんでしたか。ここよりもベッドのほうが柔らかいですよ?」
「「ねこさん?」」
そっと背中を撫でながらお伝えしましたが、白猫さんはお耳をピルピルと動かして『うるさいなぁ、ここでねるの』といった反応をされてしまいました。
「ミュゼも受け入れるのか……」
また頭の上から声が降ってきます。ミュゼとはどなたなのでしょうか?
「モーゼス様、あの……動けないのですが、どうしたら良いでしょうか?」
「…………好きにしろ。ミュゼは高齢だ。無理矢理な扱いはするなよ」
どうやら白猫さんはミュゼという名前なようです。背中を撫でているとグルグルとくつろいでいる時の音が聞こえてきました。これでは更に動けないではないですか。
助けを求めたくて他のご家族様に視線を向けると、皆様が一様に硬直していらっしゃいました。どうされたのでしょうか?
「ねぇ貴女、本当にコルネリア嬢? 悪虐で、悪辣で、大金を湯水のように使うという?」
「たぶん?」
「薄汚いカビの生えたような髪の?」
「……たぶん?」
――――へぇ、殿下ったらそんなふうに思っていたのですか。
「おかぁさま、きれーなみずいろだよ?」
「まぁ、ありがとう存じます」
ミュゼさんが膝から落ちないように支えつつ、綺麗だと言ってくださったお子様に礼をすると、ビクッとされて母親らしい女性の後ろに隠れられてしまいました。
「申し訳ございません。怖がらせてしまいましたね」
「ふふっ。照れているだけよ。さぁ、ちゃんと挨拶なさい――――」
それから、公爵家の皆様と、自己紹介をしたり色々なお話をお伺いしました。
「そう、なのですね……殿下は、やはりアホ…………ごほん。やはり思慮に欠けるお方ですわよね」
「いまアホって言った?」
「気のせいです」
殿下のあり得ない行動をお聞きし、薄々気付いていた事実が確定しました。
「おねぇさんは、おじいさまのおよめさんなの?」
「はい。なので、ミカエラ様のおばあさんになるそうです」
「おばあさま? おかあさまのほうがとしよりなのに?」
ミカエラ様は、公爵家次男であるパウエル様の息子で六歳との事でした。この年齢の子供は……怖いもの知らずと言いますか、なんと言いますか…………。母親であるエステル様の額に青筋が見えます。
「ぎゃぁ! いたいいたい!」
「言っては駄目なことを言ったら、こめかみグリグリの刑と教えたでしょう!?」
「ごーめーんーなーさーいー!」
皆さまとクスクスと笑いながらミカエラ様の雑な謝罪を聞いて、更に声を上げて笑ってしまいました。
そこでふと、流石にうるさくし過ぎではないかと思い至りました。
「ところで……このように公爵様の側で騒いでいても大丈夫なのでしょうか?」
公爵家に来て三時間、未だに私は公爵様が眠られているベッドの横のイスに座って白猫のミュゼさんを撫でています。しかも、かなりおしゃべりもしてますし、お子様たちはキャッキャと笑い声を上げています。
「構わない。それが父上の願いだ」
私たちに出来た輪からは離れ、ドアのすぐ横の壁に寄り掛かり腕組みしていたモーゼス様。
次期当主になる彼がいいと言われるのであればいいのでしょう。何よりも公爵様の願いでもあるそうですし。
それから夜中になり、お子様たちが寝静まっても、皆様と一緒に公爵様の側で色々なお話を聞かせてもらいました。
「…………父上?」
ウトウトとしていたときでした、ずっと私たちから離れていたモーゼス様の声が近くに聞こえて、パチッと目蓋を押し上げましたら、モーゼス様が私の直ぐ側でベッドに片足を乗り上げて、公爵様の脈と息を確認していました。
「っ…………」
ポタリ。
ポタリ、ポタリ。
公爵様の痩せ細った腕に落ちてきた雫は、モーゼス様の瞳から零れ落ちた涙でした。
ずっと厳しいお顔をしていたのは、泣くのを我慢していたからなのかもしれません。
「……ご冥福を、お祈り申し上げます。このような場にそぐわぬ出で立ち、誠に申し訳ございませんでした」
たとえ、無理やり着せられたドレスであっても。手を尽くせば回避はできたはず。それをしなかったのは、全てを諦めていた私のせいです。
今後の処遇は当主になられるモーゼス様が決めたことに従うこと、ただし今だけは皆様のお手伝いがしたいことをお伝えしました。
「お子様たちのお相手でも、雑用の人手としてでも構いません。どうか、皆様が公爵様と心ゆくまで最後のお別れが出来るお手伝いを――――」
「っ、感謝する……」
モーゼス様が目元を押さえながらコクリと肯かれました。
なんとなく、壁があったものが少し外れて、受け入れてもらえたような気がします。
できれば、もっと早くに公爵家にきて、もっと早くに皆様と打ち解けたかった。なんて、断罪された身で、何を世迷い言を考えているのでしょうね。
✾ ✾ ✾ ✾ ✾
ある日、父の後妻が決まったと、王太子がやって来て、寝ている父を叩き起こし、婚姻届にサインをさせた。
父は幼い頃から身体が弱く、弟である国王に何かと無理をさせていたからと、様々な暴挙を許していた。今回ばかりは我慢ならないと言うと、父は穏やかな笑顔を零した。
「彼女のことは聞いたことがある。元来はとても優秀な娘だったのだろう?」
「……ですが…………噂では……」
「きっと、政治的にか、王太子のわがままで噂を流され、断罪されたのだろう」
もし、噂で流れてきているような悪辣な娘でなかったのなら、保護してあげなさいと父が言った。
私は到底受け入れられそうになかった。
確かに噂では優秀な娘さんだとは聞いた。
まだ十八歳ということもあり、夜会で群れて来る香水臭い少女たちを想起させたからでもある。
思っていたよりも、まともな子だった。
父が言ったことは本当なのかもしれない。『政治的か、わがままで、貶められた娘』そうとしか評価出来なかった。
だが、彼女や彼女を送り込んできた王太子が、どんな思惑を腹に抱えているかわからない。私の家族を守るためには、彼女に厳しい態度を取り続ける必要がある。
コルネリア嬢は、寝ている父にそっと話し掛けたり、猫――ミュゼを愛おしそうに撫でたり、弟の妻や子どもたちと楽しそうに笑ったりしていた。
どう見ても、普通の娘だ。
『私が死んだら、公爵として好きなように動きなさい。お前には我慢ばかりさせたからね。ひとつだけ、死後のことを望んでもいいなら、無理やり私の妻にされた娘を、幸せにしてやってくれ』
父の願いが脳内でこだまする。
――――幸せに、か。
出逢った直後に明日から未亡人になるだろうと伝えたとき、彼女の顔はとても寂しそうだった。
「コルネリア嬢……」
「はい?」
「出会い頭で罵倒してすまなかった」
いくら予防線を張るためとはいえ、出会い頭の暴言は流石に酷かったと謝罪すると、コルネリア嬢は何故かきょとんとした顔をした。
そしてふふっと微笑みながら「優しいですね」と一言。
コルネリア嬢のほうが私は優しいと思うのだが?
「コルネリア嬢」
「どうされました?」
「ひとつ、提案がある――――」
父を亡くした寂しさからなのか、彼女への憐れみなのか……一目惚れだったのか…………。
私の提案は、受け入れられるだろうか?
◇◇◇◇◇
とち狂ったような提案を伝えた瞬間に、耳まで赤くしたコルネリアを思い出す。あの時の反応を見る限り、悪くない提案だったのだろうと思う。
産まれたばかりの赤ん坊を愛おしそうに抱き、こちらに笑顔を向けてくる妻――コルネリア。
私は、守りたい家族を新たに手に入れた。
断罪されたはずの妻は、普通の幸せを手に入れられたと喜んでいる。
「コルネリア、幸せか?」
「はい! 幸せですよ」
「ん」
今まで結婚というものに興味が湧かなかったが、どうやら本当に好きな相手がいなかったから、だったようだ。
コルネリアを幸せにしたいというのは、父の願いだったが、今は私の願いでもある。
コルネリアの立場の回復を図ろうとしたが、彼女は彼女のためだけなのなら必要ないときっぱりと断ってきた。
ただ、産まれた子供の未来の為なら、自分も全力を出し、共に戦いますと――――。
コルネリアは、優しく、強く、美しい。
「愛しているよ」
「うふふ、私もです」
「ミャゥ」
「あ、ミュゼさんも幸せそうですね」
赤ん坊とミュゼを撫でながら、幸せそうに微笑む妻の額にキスを落とした。
―― fin ――
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