第99話 遺跡探索
フロリアがそこいらの壁をペタペタと手の平で触って探すが、なかなかアシュレイの研究ノートにあった「何かを感じる場所」というのに行き当たらない。
「やっぱり、私はお師匠様に及ばないのかなあ」
若干、落ち込むフロリア。
トパーズからするとと、フロリアはアシュレイよりもはるかに多くの精霊を召喚し、さらにイザとなれば収納スキルのゴーレムを使うことも出来、それでも自分がピンチになったら亜空間に逃げ込むという奥の手も持っている……多くのものに恵まれているので、それが逆にこうした独特の"鈍さ"につながっているのだ、と思っていた。
"フロリアならば、アシュレイをはるかに凌ぐ探知能力を得ることも出来る筈なのだがな。それに攻撃魔法だって使えぬはずがない"
魔法使いと呼ばれるに相応しい魔力の持ち主であっても、意外と攻撃魔法の使い手は少ない。発現した魔力を炎や水といった物理現象に置き換え、それを離れた敵に向けて移動させる、と言うのは何段階もの過程を一瞬で経なければならず、それが難しかったのだ。
しかし、フロリアはもっと複雑な魔法の使い方をごく普通にやっている。例えば料理する時など、火魔法で火力を調節しつつ、片手でフライパンを振りながら、もう片手でお玉で別のフライパンの中身をかき混ぜ、同時に横のまな板の上では別の食材を風魔法の刃で皮を剥く、といった複雑怪奇なことをやっている。
食材をミンチにする時や、根菜から泥を洗い落とす時なども非常に繊細で洗練された魔法が必要である。
そして料理以外でも、薬草を煎じてポーション作成をしていく過程で、他の薬師が魔法付与する時ぐらいしか魔力を使わないのに対して、フロリアは様々な魔法を当たり前のように使っていく。
豊富な魔力と、それを繊細に使うことが出来る器用さの賜物である。
「ある意味、力任せの攻撃魔法よりもよほど難しいと思うのですが……」
アシュレイも、よくそうしたフロリアの姿を見て、不思議そうに首をかしげていた。
「でもまあ、魔力も技術も申し分無いのですから、心理的な要因でしょう。必要に迫られればきっと使えるようになりますよ」
「お師匠様はそう言っていたけど、攻撃魔法の代わりに使える"手"をこんなに増やしちゃったら、必要に迫られることなんか何時までもなさそう」と最近、フロリアは考えるようになってきていた。
結局、その日は奥の部屋を見つけることが出来ず、フロリアは洞窟の中に亜空間への出入口を設置して、そこで休むことにしたのだった。
***
その翌日。
外が午前中の日の光に照らされているぽかぽかと暖かいので、洞窟から出ることにしたのだった。
「何だ、もう諦めたのか」
「慌てずにやるだけよ。それに、ここに来た目的は遺跡だけじゃないもの。お師匠様が採取してたっていう珍しい薬草も探さないと」
岩場の険しい場所に自生しているということであったので、昨夜は採取を考えなかったのである。
洞窟の外に出ると、フロリアはドライアドを呼び出して「この前の押し花の薬草を覚えてる?」と聞く。
「覚えてるよ。その草の匂いがするよ。近くにあるよ」
緑のワンピースを着たドライアドはぴょんぴょんと飛び跳ねて、フロリアをその場所に案内する。
「ちょっと待って。もっとゆっくり歩いて」
そう言いながらドライアドの後を追う。昨夜は足元と進行方向程度しか照らさなかったので分からなかったが、こうして高いところから見下ろすと結構な絶景である。
モリア村が足元に小さく見える。
「ここから落ちたら、けっこう大変かも」
フロリアは風魔法のクッションや防御魔法を足場代わりに空に浮いたり出来るが、いきなり落ちて、魔法の発動をする暇も無く体を岩に叩きつけられたらかなり危険である。自分自身に治癒魔法を掛けるにも、意識がはっきりして、パニックを起こしていない必要があるのだから。
ドライアドが指し示す場所は、本当に崖の中腹に張り付くように自生しているようで、これを採取するのはかなり大変だとフロリアは思った。
しかし、薬草の特徴は覚えたので、次からは探知魔法で探すことも出来るであろう。
「よし、ちょっと採って来る」
フロリアは靴を底の柔らかいものに変えて、薄いローブを脱いで、身動きのし易い服装になった。
そして、魔法で強化した蔦を出すと、適当な岩に結びつけて、魔法で外れないように固定する。もう片方を自分の胴に巻くとこちらも固定。
割りと手慣れた様子で崖をスルスルと降りていく。
前世の日本のクライマーやボルダリングの競技者との決定的な違いは、単純にフロリアは足の下に広めの防御魔法を展開して、常に見えない足場を確保していること。
競技者が知ればズルいと騒ぎそうだが、ここは日本ではないし、フロリアは別に競技をしている訳ではない。
それに、岩の形はどんどん変わるのに、それに合わせて防御魔法の効果範囲を可変させていく技術は、熟練の魔法使いでも及ばないものであった。
問題なく、薬草を採取すると、すぐに元の場所に登っていく。
転落の危険がない場所に落ち着くと、さっそく鑑定魔法に掛けてみる。
確かに、アシュレイの研究ノートに押し花にされているものと同じである。
「だけど、効果はこれを使って実際にポーションを作ってみてからじゃないと、はっきりしないなあ。少なくとも、逆効果になるようなモノじゃなさそう」
満足げに収納に薬草を仕舞ったフロリアは、蔓草などを後片付けして、気分転換に岩山を歩くことにした。
下のモリア村から見える距離ではないが、誰か登ってくる事があれば視認されるかも知れないので、探知魔法を使い、遠くから見えにくい場所を選んでの話だが。
30分程歩き回ったが、どうやら洞窟の入り口の開けた平地になっている場所がこの岩山の一番、良さげな場所のようである。後は急峻な大岩があったり、鋭く尖った岩が地面から天に突き出ていたり……。
植物もあまり生えておらず、したがって動物もほとんど居ない。
探知にネズミ系と思しき小動物が掛かるが、数は少ない。
モリア村は後背地がこんな岩山で、周囲にも森らしい森もなく、痩せた土地だけ。
魔物や大型の動物が出ないのはありがたいだろうが、どう見ても暮らしやすそうな土地には思えなかった。
アオモリの恵みを享受出来る場所にあったレソト村を思うと、きっと村人たちの生活は苦しいことであろう。
しかし、そんなことはフロリアにはあまり関係ない。
しばらく歩いて気が晴れたフロリアは、また洞窟に潜ると、昨夜同様にツルツルの壁に取り組むことにしたのであった。
***
そんなこんなで、まるで取っ掛かりが見つからずに、フロリアの苦戦は続いている。
「もう5日目だぞ」
「判ってる。小部屋に入るまでにこんなに苦戦するなんて思わなかった」
亜空間に戻って食事を取りながら、トパーズと話すのであった。
トパーズは火の通っていないオーク肉をガツガツと食べながら、フロリアはそれを眺めながら、オーク肉と野菜を煮込んだスープと白いパンを食べる。
肉食獣が大きな生肉を食べていく様子というのはかなり迫力があるが、フロリアは慣れてしまっているので、別に何も感じていない。
トパーズは、その気になれば何日でも食事をとらずに活動し続けることが出来る……というか、もしかしたら食事は不要なのではないか、と思ったフロリアが一度、聞いてみると、「そう言われたら、30年程高い山の頂上近くで過ごしたことがあったな。あの時は獲物が全然居ないので、食事をとっていなかった」とのこと。
「何で、そんなところに行ったの? それに獲物が居ないのならすぐに降りればよかったんじゃないの?」
「うむ。まあ私も若かったからな。何か変わったことがしてみたかったのだ」
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