第95話 モリア村へ1
フロリアは、まずは聖都ホーリーアリストの御者の組合事務所で入手した、この国の地図を収納から引っ張り出して、モリア村を探す。
暗記するほど何度も確認した聖都からアルジェントビルまでの行程を詳しく記した地図をもう一度見直す。
が、これまで何度も見た地図に新しい発見は無い。アルジェントビル(アルティフェクス)から徒歩一日程度の場所にある村などは記されていない。これは御者が仕事でアルジェントビル(アルティフェクス)に行くときのための地図なので、そのルート上にあって、目印になるものは詳しく記されているが、目的地でも経由地でもない村など省略されているのだ。
そこで、神聖帝国の全国地図を出して、アルジェントビル周辺を探す。
フロリアは、わかりにくくて縮尺や方位がかなり大雑把な地図にイライラしながら、探し続ける。ロボットにも比すべきゴーレムを作れる世界なのに低精度の地図しかないのにげんなりするフロリアだったが、実際のところは詳細な地図が作れない訳ではなくて、それは国家機密なので御者組合には配布されていないだけなのであった。
詳細な地図が欲しければ、それが配布されている場所を探せば良いのだ。
軍の駐屯地や聖都の大きな教会の事務室であっても実は詳細な地図があったのだ(全国の教会ネットワークを維持管理する必要から地図情報を持っていたのだ)。
しかし、未だこの世界の常識には疎いフロリアにはそんな知恵は回らない。もっとも、軍や教会には魔法使いが居るのだから、近づかなくて正解だったのかも知れないが。
ともあれ、モリア村の場所を探しあてるのに、もう一度、アルジェントビルにいかなくてはならないようであった。
でも徒歩一日圏内にある村の場所なんて、どこで聞けば普通に教えてもらえるのだろうか?
もう一度、イルダ工房を訪ねる?
「でも、イルダさんにはノートの研究なんか後でいいからすぐにこの国を出るように言われたんだよね。怒られちゃうよね」
育てている薬草や野菜や根菜類の世話をしたり、収納に仕舞ってある食材を調理して、完成した状態で収納に仕舞い直したり、服の手入れをしたり、嫌がるトパーズを泡まみれにして洗ったり、精霊達の相手をしたり……そんなことで、さらに2日間、亜空間の中で過ごしたフロリアは、5月11日に5日ぶりに外に出た。
行き先は、まずはアルジェントビルにした。
アルティフェクスだと、イルダさんとかち合う可能性が高くなると思ったのだ
ほぼ同時刻、聖都ホーリーアリストから急行した、暗部のジャンとデリダがちょうどアルティフェクスについて、大門から町に入っていた。どちらかが別の町にしていたら、その時点でジャンとデリダの任務は終了したところであった。
フロリアは猟師の姿に変化したトパーズと共に町に入って、市場で買い物をしたついでに、という感じで、「このあたりにモリア村ってありませんか?」と聞いて見る。
考えても、良いアイディアが浮かばなかったので、ひどく安易な手段をとったのだ。
自分を追う者がいたら手がかりを残すことになるのは分かっていたが、その追手が如何ほどのものなのか、フロリアは分かっていなかったのだ。
「モリア村。ああ、それなら大門を出て、右の街道を3本松のところまで歩いて、左に折れる細い道があるから、そこを行けば良いんだ。村は、遠くからでも見える大きな岩山の手前だから、すぐ判る」
屋台のおじさんは気軽に教えてくれた。
「それにしても、巡礼の嬢ちゃんがあんな何もない村に何か用があるのかね?」
「遠い親戚が住んでいるんです。それで、手紙を預かっていて届けにいかなきゃならないんです」
「ふうん。あのあたりは特に危ないことはないし、大人と一緒だったら大丈夫だろうと思うけど、気をつけて行くんだぞ」
「うん。ありがとう、おじさん」
この時、フロリアが買ったのは陶器の皿とマグカップを幾つか。鍋やフライパンのような鉄を使った調理器具は、コボルトのお陰もあって、市販品よりもよほど高品質なものを作れるのだが、陶器は中々難しいのだ。ノームに粘土を用意してもらって、何度も挑戦したのだが、納得がいくものは作れなかった。
そして、こうした日用品を売る露店で買い物をして、道を聞いたのが偶然ながら、フロリアに数日のアドバンスをもたらしたのだった。
フロリアを追う2つの勢力は、それぞれに銀色の髪の女の子を見かけなかったか、聞いて回ったのだが、巡礼者の泊まる安宿や、食料品を売る屋台、そして獲物を買い取る店などを重点的に聞いて回っていたのだった。
旅人が陶器の食器類を売る露店には用事が無いだろうと思われたので聞き込みの対象にならなかったお陰で、露店の店主に不審に思われることが無かったのだった。
そして、目的をあっさり果たしたフロリアは、「あまり町中に居ると、ペッピーノさんだっけ、あの人に気づかれちゃうかも知れない」と考えて、さっさと町の外に戻ることにした。
門番は町に入った時と変わらず、「もう出ていくのかい、お嬢ちゃん」と声を掛けるが、「はい。待ち合わせの人が外に居ることがわかったんです」と適当なことを答えて、出ていこうとする。
ところが門番は、その待ち合わせの奴はどんな奴だ、お前たちどとんな関係があるのだ、と中々煩い。確かに入城税が無駄になるのに、短時間で町に出入りする者というのは不審がられるのも無理は無いのかもしれない。
そう考えたフロリアは、巡礼の途中で出会った人と再会したのだ。その人はあまりお金の余裕が無くて、町に入れないと伝言を受け取ったので、こうして出ていくのだ、と説明をして、どうにか門を通して貰った。
「ふふん。私もだんだん、人あしらいが上手になってきたでしょ。うまくごまかしたよ」
「もう少し、長引いたら、私が対応するところであったぞ」
「それって、門番さんを脅かして出ていくってことでしょ。門番さんも悪気があった訳じゃないんだから駄目だよ」
「フロリアは相変わらずだな」
トパーズはため息をつく。
門番は悪気があって、時間稼ぎをしていたのだ。
フロリア達が門を出てすぐ。その後姿が消える前に3人の男が物陰から出てくる。
「おい、おっさん。アイツラだな?」
「ああ。ほれ、そっちに歩いている父娘連れだよ」
「なるほど。済まねえな、おっさん。今度、娼館でお高めの女を抱かせてやるよ」
男たちは、デブのオラツィオの手下達で、門番を抱き込んで銀色の髪の女の子が入城したら、教えるように話を通してあったのだ。
フロリア達が入城した時に、同輩をオラツィオの元に走らせていたのだが、手下が駆けつけてくる前にフロリア達が町から出ていこうとしていたので、引き止めていたのだ。
「門の近くでは止めてくれよ」
「分かってるって。こっちも大事にはしたくねえからな」
男たちは門を出ると、フロリア達の跡をつけ始めた。
トパーズの探知魔法で、この3人の男はフロリアに対して害意はありそうだが、殺意まではいかないようなので、フロリアが自分で気がつくまで様子を見ることにした。
門から出て、10分ほど歩いたところで、フロリアは「あ」と小さな声を漏らす。
「遅いぞ。やっと気がついたのか」
「……トパーズは何時から気がついていたの?」
「もちろん、門を出る時からだ。門番がグズグズと引き止めたのは、アイツラが来るのを待っていたからだ」
「え、そうなの?」
「先が思いやられるな。
まあ、良い。それでどうする。また裸に剥くか」
「いや。もう男の人の服装は古着も少し買ったから十分だよ。撒いちゃおう」
「逆襲して、どこの誰か吐かせ無くても良いのか?」
「どうせ、ペッピーノさんかパレルモ工房のロドリゴさんの関係だよ。早くモリア村に行きたいから放っておこう」
「そうか。フロリアがそう考えるのならそれで良い」
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