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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第5章 アリステア神聖帝国へ
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第91話 イルダの回想

 ……今日は懐かしい名前を聞いた。

 サンドル。

 私の人生で唯一と言っても良い親友。

 20数年前、このアリステア神聖帝国から亡命し、その後の音信は途絶えてしまっていた。サンドルがその短い覚醒期間の間に成し遂げた業績を考えれば、何時までも何時までも、彼女を追う帝国の追求の手は緩まることは無いであろう。

 私に対して、手紙を書くことすら危険であるのだ。

 彼女の身はもちろん、私自身の身にも危害が及びかねない。だから、敢えて私に連絡を取ることも無かったのだ。

 

 そして、そろそろ彼女の記憶が薄れてきた今になって、その名前を思い出す出来事があった。

 アルジェントビルに、魔石の仕入れに行くと、知り合いの魔晶石作りの職人が声を掛けて来た。


「噂を聞いたかい?」


 何のことかと思ったら、数日前にゴーレムの暴走事故が起きたのだという。すっかり工房に籠もりきりの生活をしているもので、世間に疎くなっていけない。

 あのサンドルが精魂込めて作り上げたゴーレムの紛いもんが暴走事故を起こして危険な状況になった時に、まるで幽霊のように巨大なゴーレムが現れて、出来の悪い紛いもんではどうしようもなかった瓦礫の撤去を行い、煙のように消えてしまったのだという。


「そのゴーレムが、ずっと昔に、サンドルさんが試作品だけ作って、性能は素晴らしいけど、製作が難しすぎるってことでボツになったもんによく似ていたんだ」


 職人の爺さんは、しきりにサンドルの名前を出していたが、それに引き換え、今のパレルモ工房の体たらくを遠慮なく口撃するもので、私は気が気ではなかった。パレルモ工房は、製品の品質が悪くなるのに比例して、自身への悪口に極端に神経質になっている。

 アルティフェクスで一番の工房に目をつけられると、仕事がやりにくくなるのだから、心の中でどう思っていようが、それを口に出してはいけないのだ。

 独り立ちした当初はずいぶんと世話になった爺さんだが、最近では耄碌してきているのでは無いだろうか?

 

 私も、飛び抜けた性能の謎のゴーレムには興味はあるが、トラブルに巻き込まれてまで追っかけようという気にはならない。


 帰宅後。

 私の家のまわりを探るような気配を感じる。何だろう。こんなそろそろ婆さんに近づいているおばさん1人が寂しく暮らす陋屋を探ってどうしようというのだろうね。

 でもまあ、悪意を持って探っている風でもないし、そもそも、これ人間の気配じゃないねえ。

 慎重に隠しきれたので、教会にはバレていないけど、私は魔石を魔晶石に結晶化するのに必要な錬成スキルに鑑定スキルだけではなく、探知魔法も結構使える。

 そして、かなり不安定だが予知も……。

 久しぶりに、予知が働いて、もうすぐ私は何らかの知らせを受ける、という確信を得たのだった。


 しばらくすると、その気配が消えてしまい、とうとう予知も錆びついて使えなくなったのか、と思いきや、今度は人の気配。この気配も悪意は感じない。

 ドアの前で迷っているようだったので、こちらから開けると、まだ小さな娘っ子だった。


 ……。その娘はサンドルの弟子だと名乗った。嘘をついては居ないという確信があるが、さすがに迂闊には信用できない。そうしたら、従魔がサンドルの姿に変化して見せた。

 私が知っているサンドルの服装ではなく、まるで他国の冒険者のようだったが、そのことが逆に、この従魔はサンドルのことを確かに知っているのだ、と思わせた。

 

 あの日。

 サンドルは出奔を翌日に控えた夕方に、この工房を訪ねて、私に最後の別れを告げたのだが、その時に「もうポーションもゴーレムも作るのをやめる」と言っていた。

 そのどちらもが不世出とも言えるほどの腕前を持っているだけにもったいない話だ、と思うのだが、サンドルの気持ちを考えると、続けろとも言えなかった。

 

 異国で1人で生活するための金銭を稼ぐには冒険者が一番手っ取り早い。ましてや亡命者であって、身分のあやふやなサンドルには、ゴーレム職人にも薬師にもならないのなら、他に選択肢など無かったのだろう。

 

 異国で1人で。


 そう。

 このフロリアという娘はヴェスターランド王国から来た、と言った。

 やっぱりサンドルは、ヴィーゴと共にシュタイン大公国に行くことは無かったのだ。


 女性の魔法使いにはありがちなことなのだが、特に人目をひくほど美しく生まれついたサンドルは、それ故、エンセオジェンを盛られて自失している間に、教会でも、そして教会から引き取られたコッポラ工房でも散々、言葉にするのも憚られるような目に遭ったのだった。。

 特にコッポラ工房のブルーノ・コッポラ親方はすっかりサンドルの体に溺れて、人目を憚らずに自分の情婦扱いしていた。

 しかし、サンドルのとんでもない魔力は、長い間、エンセオジェンを服用を強制されているうちに、その耐性を得て、薬が効かなくなってしまったらしい。


 薬に奪われていた自我を少しずつ取り戻すとともに、サンドルは革新的なゴーレムの開発に成功し、「死んでなきゃ治る」という二つ名を得るほどのポーションを作り上げ……。

 その頃に、私はサンドルと親しくなった。

 いや、その前から彼女の顔と名前ぐらいは知っていたが、薬を盛られてコッポラ親方の情婦をやらさせている不幸な女性という印象程度しか無かった。

 しかし、自我を取り戻し、短い期間に多くの業績を上げ始めた頃に、彼女は私の工房を訪ねてきたのだ。

 彼女の構想する超絶性能のゴーレムを実現するため、これまでとは段違いの性能を持つ魔晶石が必要となり、憚りながら、この工房都市で一番の魔晶石作りの腕を持つ私に目をつけたのだ。


 そして、2人で議論をする間に意気投合して、ゴーレム作りのことだけではなく、私的なことまで話し合うようになっていった。

 そこで、サンドルは今更、どこに行く宛も無いし、コッポラ親方から受ける性的虐待は辛いが、それさえ我慢すれば、ゴーレム作りやその素材の研究などがある程度自由に出来る今の環境を、諦観半分で受け入れて居ることを知った。

 本来なら、錬金術師の歴史に残る偉大なゴーレム職人としてサンドルの名前が残る筈なのに、その名声もコッポラ親方に奪われている。


 新型ゴーレムの製造がある程度目処が立った頃、コッポラ工房の若い見習い職人が大怪我をして、サンドルがそれまで辛うじて隠していた治癒魔法を使わざるを得ない状況になってしまった。

 その優れた能力を目の当たりにしたコッポラ親方はすぐにサンドルにポーション作成をさせるようになった。ポーションは薬師が治癒魔法の効果を薬草の薬効に付与することで、魔法薬として完成させたものである。


 サンドルの作るポーションは、効果が桁違いであるだけではなく、生産量がとんでも無かった。昼間はゴーレム職人として働きながら、他の職人が休める夜間にポーション作りをするというとんでもないスケジュールでありながら、あっという間に大量のポーションを造り上げていったのだった。


「自分の体を大切にしなさい」


 その頃に、そう忠告した覚えがあるが、サンドルは「これでポーションを安く買えるようになれば、助かる人がたくさんいる」と言って、自分の命を削るような生活を続けていた。

 もしかしたら、サンドルは早く死にたかったのかも知れない。


 私の工房でヴィーゴと会う機会が多くなるに連れて、サンドルが苦しそうな表情をすることが増えていったのだ。


 ヴィーゴは、シュタイン大公国の商人で、魔晶石の買付のために度々、このアルティフェクスを訪れていたのだった。

 当時、20代の終わりから30代の始めぐらいであっただろうか。

 商人らしくない篤実な性格の青年で、彼も何度も会ううちにサンドルに惹かれていっているのが手に取るようにわかった。

 サンドルも、最初は戸惑っていたようだが、ヴィーゴの真摯な表情に徐々に心を開いていったのだった。

 

 しかし、この恋はサンドルを苦しめるものでしか無かった。


「私と一緒にシュタイン大公国に来てくれませんか。私は大公国の首都キーフルにちっぽけですが、店を構えることにしました。そこであなたと一緒に暮らしたい。必ずあなたを守ってみせます」


 ヴィーゴがそうサンドルに申し込んで、次にアルティフェクスに来る3ヶ月後に返事が欲しいといって、一旦、シュタイン大公国に戻っていった。


 サンドルに相談されたので、あなたはどうしたいのか、と逆に尋ねた時、サンドルはこう答えた。


「私には、とても一緒に行く資格なんか無い。私はとても汚れた女だから……」


 そして、「この10年の間にとても酷いことをされ続けたから……。もう私はあの人のために子どもを生むことも出来ない体なの」とも言ったのだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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