第90話 イルダとの会話
「ふん。どうやら、他には誰もいないみたいだね。ま、中に入りな」
フロリアが名乗る前に、その女性は家の中にフロリアを招き入れた。
「ま、何か悪意がありそうな感じでも無いしね」
イルダは独り言を言うと、フロリアに「その辺に座りな」と言って、奥に引っ込む。
玄関を入るとすぐに、小さなテーブルに椅子が2脚。テーブルはけっこう高さがあって、事務用といった感じである。
そして、窓際には作業机がある。そこで魔石を魔晶石に結晶化させているのだろうが、今は魔石も魔晶石も置かれていない。
全体的に古びているし、粗末な感じである。清潔に掃除されているので、不快感は無いが。
イルダは手に木のコップを1つだけ持って戻ってくると、椅子についてフロリアに向かい合う。
「どこの馬の骨とも知らない娘に飲ませるもんなんか無いよ。ま、この国で他人に出された飲み物を不用心に飲むようじゃあ、まともに生きられないけどね」
そして、フロリアをジロジロと品定めしながら、一口、二口、コップの中の液体を飲む。どうやら、イルダの他には人の気配はない。一人暮らしなのか、同居人は外出中なのか。
この玄関を入ってすぐの部屋の様子から一人暮らしっぽい。
「で、あんたは誰で何の用事があってこんなところに来たのかい?」
「私はフロリアといいます。ヴェスターランド王国の生まれで、私に魔法や錬金術を教えてくれたお師匠様がこの町で職人をやっていたと聞いて、訪ねて来ました。その工房で、お師匠様がイルダさんと親しいと聞いたのです」
「そのお師匠様とやらは、なんて名前なんだい?」
「アシュレイです。この町に居た頃には……ええと、たしかサンドルという名前だったと思います」
イルダの目が光ったように感じた。
「へえ。今日はずいぶんと懐かしい名前を何度も聞くねぇ。……で、証拠はあるのかい?いきなりやってきて、弟子なんです、と言われても信じられないよ」
「証拠という訳ではないのですが、あの、従魔を出したいのですが、危害を加えたりしないので、驚かないで下さい」
フロリアは影の中のトパーズに「さっき頼んだようにお願い」と囁く。
トパーズは黒豹の姿でヌッと現れる。
イルダに緊張感が走る。
「そ、それがさっき、あたしの家を伺っていたのかい?」
「いえ、それは別の従魔です。この子は変化の能力があって、お師匠様の若い頃の姿を再現出来るのです」
トパーズは不定形になったかと思うと、アシュレイの冒険者時代の姿になった。このアルティフェクスで暮らしていた時点からだと数年後ぐらいの姿である。
「ああ! たしかにサンドルだね。目つきはずいぶん違うけどね。
だが、サンドルがこんな見た目の頃なら、あんたはまだ生まれても居ないでしょうが。何で、この豹は化けられるのさ?」
「私は元々、アシュレイの従魔だ。アシュレイがこの国を逃げる途中で知り合い、ヴェスターランドに行った後もずっと一緒だったのだ。アシュレイが死んだあとは、この娘と行動を共にしている」
とトパーズが答えた。
「サンドルが死んだっていうのかい」
「はい」
「何時さ?」
「昨年の2月の始めです」
イルダは、「悪いけど、あんたに鑑定スキルを使うよ」と言うと、フロリアの目をじっと見つめながら、その奥底を覗こうとする。
イルダの鑑定スキルは普段は魔石の鑑定に使っているらしく、人物の鑑定する力は然程のものでは無いようであった。フロリアは隠蔽も虚偽も出来るだけ外して、心の底を見せるようにした。
10秒ほどで、イルダは「もうわかったよ」と呟く。
「昨年の2月かい。……ああ。そう言えば、確かにその頃に何か私の魔法がざわついたことがあったねえ」
イルダは目を閉じると、しばらく黙っていたが、やがて目を開けると、「ところで、一昨日にゴーレム暴走事故がアルジェントビルの方であったんだが、その時に幽霊ゴーレムが出てきたそうだね。あれはあんたの仕業かい?」
「はい。私は収納持ちなので、収納から出し入れしました」
「サンドルが作ったゴーレムだね」
「そうです。私とお師匠様とで造りました」
「そうかい。あの子、ゴーレム造りを止めちまったんじゃないかって心配していたけど、また再開したんだねえ。
だが、あんたはずいぶんと不用心な娘だよ。この国で魔法使いだってバレたら、どうなるかぐらいサンドルから聞いてなかったのかね?」
「お師匠様は、ほとんど昔の話をしない人でしたから」
「そうかい。そのサンドルが作ったっていうゴーレムを見たいもんだねえ。
事故の時の見物人の中に、古くから私やサンドルのことを知っている職人が居てね、今日はその爺さんと話して来たんだが、かなり形は変わっているけど、一目でサンドルのゴーレムを思い出したって言ってたよ。
ま、確かにココにでかいのを出されたら、床が抜けちまうけどね」
それから、フロリアは問われるままにアシュレイとの日々を語った。
……。
「ポーションもまた作ってたんだね。で、あんたにはポーションを作っても、外に出すのは最低品質のもんだけにしろ、って言ってたんだね」
「はい」
「理由は聞いたかい?」
「いいえ。教えては貰えませんでしたが、お師匠様が死んだ後に遠くの町まで行って、そこで知り合った商人の人にポーションを売ったら、絶対に作れるってことを人に言ってはならない、災厄を招くことになるから、と言われました」
「ふん。その商人はあんたのポーションを独り占めしたかっただけかも知れないよ。ま、確かに身寄りの無い子どもが、あのサンドルが認めるほどの品質のポーションを作れるとなれば、そりゃあ危ないのは間違い無いがね」
それから、イルダはサンドルがこの町から出奔する決意をした経緯を話した。
***
サンドルはね、ずっとエンセオジェンという薬を盛られていたんだよ。あんたの年よりもちょっと上ぐらいの頃からね。
私は魔法が本格的に発現したのが、知恵が十分に付いてからだったから、薬を盛られる前に、教会の教義を心から信じているふりをして、敬虔な正統アリステア教徒を演じていたからね。
お陰で、あの頃はかなりの貴重品だったエンセオジェンを使われることは無かったのさ。そればかりか、こうして1人工房を開かせてもらえるぐらいには信じられているのさ。もっとも、工房を開いて独り立ちする時に、教会の神父様には私がもし亡命なんかしたら、両親も兄弟も皆殺しにされるって、さんざん脅されたもんだけどね。
今じゃ、両親はもう墓の下だけど、兄弟の子ども達が何人も出来たからね。私の為に迷惑を掛ける訳にはいかないだろ。神隷絡みとなると、教会の連中はどんな酷いことだって平気でしでかすからね。
だから、こうして工房を続けているのさ。儲けは工房の維持費以外は全部、教会に捧げてね。
それでも、私はずいぶんとサンドルに比べれば幸せだったと思う。
サンドルはまだよく判らないウチに魔法を発現して、それも驚くような魔力の持ち主で、役に立つスキルもたくさんあって。
しかも間の悪いことにサンドルの両親はカチカチの正統アリステア教徒で、娘が神隷として教皇皇帝にお仕え出来るのに大喜びして、サンドルを差し出したのさ」
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