第87話 召喚術師レーリオ
一通り、パレルモ工房のゴーレム製造工程を見たが、フロリアとしては特に得るものは無かった。生気の無い職人がルーティン業務を淡々とこなしているだけ、といったところである。
アシュレイが使っていた作業場なども見たかったが、20数年を経ていては、何も痕跡は残っていないであろう。
職人たちは基本的に住み込み(工房内に軟禁されているとも言う)で住居棟もあるにはあるのだが、20数年前にも全部住み込みであったのかは分からないし、仮にそうだとしても今更アシュレイの私室を探して捜索してもやはり痕跡は見つからないだろう。
ただし……。
「トパーズ」
「うぬ。珍しく薬漬けになっていない奴が居るようだな」
「トパーズのことをずいぶんと見ていたみたいだけど」
「ふん。アシュレイの格好をしている時には、よくオスの人間から注目されたものよ」
そんなことを小声で話しながら、製造途中の部品やらを一通り見終えた後、フロリアは工房を退去することにした。
ロドリゴに、出口に案内するように命じると「ああ、分かった」とパウロも他のゴーレム職人達に負けないほど生気の無い口調で答え、広すぎるぐらい広い工房の中を先導する。
入り口の扉を内側から開けるために鍵を外したところで、フロリアはロドリゴに「ご苦労さま。もう私室に戻っていて良いよ」と命じて、ロドリゴを返す。
そして、数分も待つと、先程アシュレイの姿をしたトパーズに注目していた職人が「待ってくれ」と小走りでやってきた。
彼がフロリア達を気にして尾行のように後をついていたのは探知していたので驚きはない。
職人は、
「もしかして、あなたはサンドルさん……の訳は無いな。もうあんなに時間が経ってしまったのだから。
サンドルさんの係累か何かでは無いですか?」
「サンドルというのがアシュレイのことなら、その通りだ」
トパーズの答えに今度は男が戸惑ったような顔をしたので、フロリアがフォローを入れる。
「あの、アシュレイと言うのは私の錬金術や魔法のお師匠様になります。今から20数年前にこの工房でゴーレム職人として働いていたと聞いていたので、近くまで来たので見学をさせて貰っていたのです。
この人はお師匠様の子どもで……」
「子ども! ……ああ、そうですか。子どもが出来たのですね。好きな男性との間に! それなら良かった。本当にあの人と見まごうぐらいよく似ている。」
職人がトパーズをよく見ようとするが、あまり詳しく見られると、獣の目の為にまた異形認定されてしまう。フロリアは2人の間に割って入るようにして、
「お師匠様のことをご存知なんですね。なんでも良いので教えて下さい」
「うむ。私はレーリオと言って、召喚術師をしている者だ。この工房ではまだ成人前に入ったのですが、その時にサンドルさんにとてもお世話になったのです。
サンドルさんは、それはそれは腕利きのゴーレム職人で、その当時の作品は芸術品とも言えるものでした。それまでのゴーレムの水準をはるかに超える出来で、様々な新機構を盛り込んでいながら、扱いやすくて整備性も良くて……。
そのゴーレムで、当時はコッポラ工房と言ったこの工房も大きな注目を集めていて、そこに入れた私も意気揚々としていたものです。
――ところが、入ってみて分かったのですが、外部にはゴーレムの開発は親方のコッポラさんが中心で進めている、という触れ込みだったのですが、実際にはサンドルさんがほぼ単独で作り上げていたのですよ。
それでいながら、サンドルさんは……その、嫉妬と言うか、他の職人たちからは敬遠されるような存在でした」
レーリオは、まだあどけない顔立ちの少女に、敬遠されていた理由を話すことは無かった。
当時、工房入りたての少年であったレーリオは、サンドルの少しさみしげな疲れたような表情でありながら、なんとも言えない美しさを湛えたサンドルの姿を、半ば無意識に目で追っていたら、それに目敏く気がついた先輩職人から「おい、あの女には手を出すなよ。あれは親方のレコだからな」と言われたのだった。
次第に分かってきたことだが、サンドルは15歳の成人を迎えると同時にこの工房に強制的に連れてこられ、エンセオジェンを飲まされて、自我を奪われたのだという。その頃はよほど反抗的な魔法使いで無い限りはエンセオジェンを使うことは少なかったのだが、コッポラ親方はサンドルの儚げな美しさに心を奪われ、ゴーレム職人として育てるよりも自分の愛人にする方を選んだのだった。
もちろん、自我を奪われた職人に良い仕事が出来る訳が無い。創意工夫を凝らしたり、技術を磨こうという意志すらなくなってしまうのだから。それでもこの工房に彼女を置いておく理由付けのために、サンドルは職人仕事もやらされていた。
彼女は長らく霞が掛かった頭で、命じられたことを淡々とやるだけの仕事っぷりであったのだが、いつの間にか一流のゴーレム職人に匹敵するような技術の冴えを見せ始め、レーリオが工房に入った時には、薬に耐性が出来たのか、誰も聞いたことがないような工夫に満ちた新しいゴーレムの製造に成功していたのだった。
しかし、そうなると他の男の職人は美しいサンドルを下卑た目で見ながらも、同時に職人としての劣等感を刺激されて、サンドルのことは忌々しく、妬ましい存在として捉えるようになっていった。
工房内の女性の職人や雑用係などは、サンドルが無理やり愛人にさせられている間は同情の目で見る者もいたのだが、職人として頭角を表すと、"不潔な"手段で親方に取り入って"良い思いをしている"と揶揄するようになり、工房内に誰一人味方はいなくなっていた。
「そして、ある日。私が自分の不注意で大きな怪我をしてしまったのです。その時、私はこのまま死んでしまうのだろうと半ば諦めたのですが、それをサンドルさんが助けてくれたのですよ。
あの人は素晴らしい人でした。素晴らしい人格者で、素晴らしい治癒魔法の腕を持っていた。
――だが、治癒魔法が使えるということは、ゴーレム職人としてすでに付与魔法も使えることが分かっていたので、合わせてポーション製造も出来るという意味になります。サンドルさんはポーションを試しに作らされて、驚くべき高品質のものが安価に大量生産出来ると知られてしまって……」
アシュレイは、昼間はゴーレム作り、それが終わって他の職人が休んでいる夜間にはポーション作りを強制されるようになり、さらにコッポラ親方の獣欲のはけ口にもさせられていたのだった。
レーリオは自分の不注意から、唯でさえ不幸なアシュレイが更に理不尽な目に遭うようになってしまったのに、助けることすら出来ないのに歯がゆさを覚えていた。
「あの人が、この工房を出奔したのはそれからすぐのことでした。すぐに捕まるのではないか、と心配していましたが、捕まることもなく。どこかで遭難してしまったのか、それとも他国まで逃れて幸せを掴んだのか……ずっと気になっていました。
サンドルさんはお元気に過ごしていますか?」
「お師匠様は昨年、亡くなりました。私と暮らしていた最後の頃は、平穏な暮らしでした。2人で魔道具を作ったり、ゴーレムについてもいろいろな工夫をしているのは、お師匠様も楽しそうでした」
「……そうですか。それなら良かった」
そして、レーリオは、サンドルの遺品などは何も残されていないし、他にサンドルを知る職人も、工房主が代わって長く経つ今となってはいない。いや、正確には他にも2~3人居るのだが、いずれもエンセオジェンの影響でまともに話が出来る状態ではないので、フロリアに渡せるものが何もないのだ、と済まなそうにいった。
「ただ、サンドルさんは工房の外に1人だけ友人が居たようです。イルダという魔晶石作りの女職人で、個人工房を開いていて、魔晶石をあちこちの大手の工房に卸している人です。
サンドルさんは、高性能な魔晶石を必要としていて、たびたびイルダさんの元を訪れて、親しくなったようです。もしかして、彼女ならあなたに何か伝えることがあるかも知れない」
そしてイルダ工房の場所を教えたレーリオは、
「さあ、親方達がそろそろ戻ってきます。その前にここを立ち去った方が良い。それから、君も魔法使いなのだから、この国に長くいてはいけない。用事が終わったら、すぐに故郷にお帰りなさい。
それから、他人に勧められても、決して知らない飲み物を飲んではいけません。最近ではあの忌まわしいエンセオジェンを気軽に使うような人間が増えているのです。どんな魔法使いでもあれを飲まされると酷いことになる。
あなたや娘さんがサンドルさんと同じような目に遭わないことを祈っています」
フロリア達が立ち去って、しばらくしてから、ドン親方とラウロ組とルチアがそれぞれ帰宅してきたのだが、その時には特に不審を感じることは無かった。
ただ、夕食時になってもロドリゴが自室から出てこないもので、呼びに行って、部屋の真ん中で自失したロドリゴを発見して大騒ぎになったのだった。
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