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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第5章 アリステア神聖帝国へ
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第86話 パレルモ工房3

「ペラペラとよく喋る男だ」


 フロリアに変化したトパーズは、伏せていた目を上げると、対面に座るロドリゴの目を見るのだった。

 特に殺気を込めて睨んだりはしていないのだが、それでもこの部屋の空気が数度下がったかと思うほどの威圧感がある。


「な、何を言っているんだ」


 途端に怯えた声になるが、ロドリゴはどうにか返答する。


「くだらぬものを飲ませようとしておきながら、どうフロリアの便宜をはかるつもりだ」


 トパーズはスッと立ち上がると、ロドリゴをにらみつける。

 あまり強い威圧を出すと、工房内の他の魔法使いに気づかれるのでは、とフロリアは亜空間の中でハラハラする。後になって判ることだが、それはまったくの杞憂で、工房内のゴーレム職人やその周辺の魔道具職人、召喚術師といった魔法使い達は最近ではめぼしい者は皆、エンセオジェンを使われていて、フロリアが危惧するような鋭敏な魔法使いなどいなかったのだった。


「お前、これを飲んでみろ」


 トパーズは眼の前のテーブルに置かれたグラスを指差す。


「い、いや、これは……」


「どうした。ただの飲み物なのだろう。それならお前が飲んでもよかろう」


 トパーズはグラスを取ると、ロドリゴの鼻先に突きつける。

 ロドリゴは、亜空間から覗いているフロリアにもはっきりと分かるほどガタガタ震えだし、ソファにへたり込んで動けなくなっている。


「フロリア。もう良いぞ、出てこい」


「うん」


 もとより、ロドリゴが座るソファのさらに後ろの壁に出入り口を設定したので、トパーズに視線を固定されているラウロはフロリアの出入りを見ることが出来ない。


「やっぱり、私を他の職人さんみたいにするのが目的だったみたいね」


 フロリアのつぶやきに、ロドリゴは「えっ? 何で、……えっ? 娘が2人って?」と混乱している。


「細かいことは気にするな。さあ、大人しくこれを飲めば良いのだ」


 トパーズは威圧を少しずつ強めていく。


「ま、待ってくれ。それは魔法使い用なのだ。ま、魔力が無い人間が飲むと……」


「飲むと、どうなるの?」


「効き目が強すぎるのだ。それに、後々になって後遺症が!!」


「そんなものを私に飲ませようとしたの?」


「魔法使いならば、大丈夫だ。ちょっと聞き分けが良くなるだけで。長年飲まなければ後遺症も大して残らないし……」


「聞き分けねえ。まあ良い。さっさと飲め」


 トパーズの野生動物を狩る時の裏技の1つに、威圧を応用して獲物を自分の思い通りに操るという特技がある。

 相手が完全に恐怖に飲み込まれると使用可能になり、獲物を最小限の傷で倒したい時に使うのだが、トパーズ本人は「あんなので倒しても面白くない」と滅多に使わない。


 それを使われたロドリゴは震える両手で、トパーズの持つグラスを受け取ると、かなりの量をこぼしつつも全て飲み干してしまった。飲み終えるとグラスが手から落ちて、床に転がる。分厚いカーペットのお陰で割れもしない。

 時をおかずに、ロドリゴの震えはより一層酷くなり、ソファに横倒しになったかと思うと、床に落ちて、ソファの前のテーブルを倒す。

 今度は割りと大きな音がして、それを聞きつけたのか、ドアをノックして「どうしましたか、旦那様?」という先ほどの少年の声。


「なんでも無い。私が呼ぶまでこの部屋に近づくな」


 器用なトパーズがロドリゴの声を真似て、少年を追い払う。


「さて、フロリア。あまり考えずに、なんとかという飲み物を飲ませてしまったが、この後どうする?」


「さあ。どのぐらい効き目があるのか確かめたいかな。聞き分けが良くなるのなら、いろんな事に答えて貰えそうだし、ゴーレム製造の現場も見せてもらえそう」


「うむ。私も引きこもらずに当分、外に出ていよう」


 トパーズはそう言うと、一旦フロリアの格好から黒豹姿に戻り、さらにここのところ良く化けていた猟師の男の姿になる。


「ゴーレム工房に猟師の姿はそぐわないかな」


「そうか。ならば」


 トパーズは久しぶりにアシュレイの姿になる。

 冒険者時代の姿なので、こちらもアンマッチといえばアンマッチだが、猟師よりは雰囲気がある。何と言っても、本物のゴーレム職人をモデルに変化しているのだから。


「うん。それでお願い」


 そうこうしている間にロドリゴの体の震えが止まる。


「ロドリゴさん。起き上がれる? ちゃんとソファに座って」


 ロドリゴは「はい」という感情を感じさせない声で答えると、よろよろと立ち上がる。ソファに座れたので、まず口元のよだれを拭くように命じる。

 

 うん、どうやら、ちゃんと"聞き分け"が良くなっているし、赤ちゃんみたいに手間が掛かる訳でも無さそうだ。安堵したフロリアは、トパーズが占めていたソファの対面を代わってもらい、ラウロに色々と質問する。


 フロリアの悪い予感は当たっていて、王都の工事現場で見たり、隣町のアルジェントビルの鉱山で働くゴーレムは最近の工房の標準的な作品であって、廉価版であるという訳では無かった。


 ロドリゴの父のドン・パレルモ(ロベルト・パレルモが本名だが、みなドンという愛称で呼ぶそうだ)は才能のあるゴーレム職人であったが、それ以上に政治的な立ち回りが上手な人間で、画期的なゴーレムに、超絶効能を持つポーションを生み出す錬金術師の職人を失ったばかりのブルーノ・コッポラからその工房を半ば強奪するように譲り受け、我が物にしたのだった。


「職人? ゴーレム職人がゴーレムと同時にポーションも作っていたの?」


 フロリアや師匠のアシュレイは普通に出来ることであったが、他の錬金術師にとってはそんなにスキルや魔法のヴァリエーションを持つものは極めて稀だということは、さすがのフロリアにも知識が出来ていた。


「ああ、とんでもない才能のある女錬金術師がコッポラ工房に居たのだ。ずっとエンセオジェンを飲まされていたのだが、ある時から多分、耐性がついたのだと言われていたが、いきなりそれまでの水準をはるかに超える仕事をするようになったのだ。

 そして、2年程度の期間に、その2つの成果に加えて、あと幾つかの素材も実用化している。ところが、この女錬金術師、……たしかサンドルという名前であったが、逃亡してしまってな。帝国では大規模な侵略戦争を準備していたのが、実施不可能になってしまい、そうしたこともあってコッポラは責任を取らされたのだ」


 そして、パレルモ工房がその後を引き継いで、ポーションはどうしようもなかったが、ゴーレムの方は設計図も実物も残っていたので、どうにか似寄りの作品を造りだして居たのだ。


「だが、それもドン・パレルモがゴーレム製造よりも政治に情熱を注ぐようになると、徐々にクオリティは落ちていき、現在では職人を統括するためにほとんどの職人に日常的にエンセオジェンを使うようになると、クオリティの低下が酷く目立つようになっていったのだ」


 その後も、けっこう時間を費やして、ラウロを尋問すると、いよいよフロリアは製造現場を見せて貰うために、ラウロの部屋を出た。ただ、尋問の結果、もうこの工房に対する期待は薄れている。気になるとすれば、どこかにアシュレイの残り香が無いか、ということだけであった。おそらくはそのサンドルという女錬金術師がアシュレイなのだろう。


 そのフロリアの予感通り、ロドリゴの案内で工房内を歩くフロリアとアシュレイの姿を見た、中年のレーリオという召喚術師が「え、サンドルさん?」と驚いていた。


いつも読んでくださってありがとうございます。

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