第85話 パレルモ工房2
「おお、これは」「こいつぁ凄え」
周りに置かれたパレルモ工房のゴーレムよりも一回り大きく、どっしりとした体躯と各部の作り込みはまったく別物である。
ペッピーノとロドリゴは、すっかり興奮しているが、逆にフロリアは意気消沈していた。アシェリーが昔、所属していた工房ということで、期待していたのだが、倉庫に置かれたゴーレムは、聖都ホーリーアリストや、アルジェントビルで見たものと特に違いはない。
「あの、そっちに置かれたゴーレムは、この工房の製品で間違い無いのですか?」
「そうだ、我が工房の作品だ」
これまでに見てきたゴーレムは別に廉価版であるとか、もっと格下の工房の製品である、などということは無いようである。
アシュレイが所属していた工房ということで、期待しすぎた、といったところであろうか。
だが、部外者には見せないだけで、例えば軍に納品する戦闘用などはもっと本気を出して作っているのかも知れない。
やはり、工房の中を見たい。
「これは動かして貰えないかね」
ロドリゴの要望に従って、リキシくんを少し動かす。
完成品の倉庫と言っていたが、多少の部品も置いてあり、その中に前世の日本で言うところのH形鋼のような長さ4メートルほどの形鋼が数本、積み上げられていた。
それを、リキシくんを使って、一度に数本持ち上げて、別の場所に移す。
ロドリゴは当初の似非紳士振りがすっかり影を潜めて、目つきがギラギラと熱に浮かされたようになっている。
「もう、良いですね」
フロリアは返答を待たずに、リキシくんを仕舞う。
「あ、」
ロドリゴは思わず手を伸ばして、虚空を掴もうとする。
「それじゃあ、ゴーレムの製造工程を見せて下さい」
フロリアの言葉に「う、うむ。分かった」とロドリゴが答える。
だがその前に一度、またロドリゴの私室に戻ることになる。
「たくさんの魔法使いが働いていて、その中にはけっこう気難しい者も居るのでな。まずは話を通してからでないと、不愉快な思いをすることになるのだよ。
それにしても君は凄いな。収納スキルを持った魔法使いでもあるのだね。そのゴーレムは誰が作ったのかね?」
矢継ぎ早に質問をしてくるが、フロリアは余計な情報を与えすぎたらしいと気がついていて、それ以降はまともに答えない。
とりあえず、私室で少し待っていてくれ、と言って、ロドリゴはペッピーノと共に消える。
先程、ペッピーノが金をせびっているのが聞こえたので、恐らくはその金を渡すためであろう。
フロリアが私室に入ってすぐに、先程の見習い職人らしき少年がやってくると、「旦那さまからです」と言って氷が入ってよく冷えた飲み物を持ってきた。
少年はテーブルの上に、そのお茶らしき飲み物を置くとすぐに立ち去る。
「フロリア。それ、鑑定してみろ」
「うん。――何か入ってるね。ええと、エンセオジェンって出てる」
どこかで聞いたことがある名前だと、フロリアは思った。
"どこで聞いたんだったっけ?"
鑑定スキルでも薬物の名前程度しか出てこないので、上位スキルに当たる解析を使ってみる。
"何だろう。難しい言葉が並んでいて良く分からないな。自我を奪う?"
「工房内の魔法使い共の気配が、今ひとつあやふやなのは、これが原因ではないか?
どちらにしてもまともなものではないな。フロリア、口をつけるなよ」
「うん。分かった」
フロリアがエンセオジェンの名前を聞いたのは、ビルネンベルクの商業ギルドのギルドマスターであるイザベルからだ。あの町の正統アリステア教の神父は何を仕出かすか判らない、もしかして、フロリアを思いのままにするために一服盛るかも知れないということで、注意喚起をされたことがあるのだった。
そして、エンセオジェンという魔法薬は、それを呑んだ人間から自由意志を奪い、他者の思う通りに操られるようになるというものである。古代から伝わる秘薬で、アリステア神聖帝国の魔法使いの多くが、他国に暮らす魔法使いに比べて悲惨な状況に置かれているにも関わらず、その扱いに甘んじているのは、エンセオジェンの果たしている役割が大きいと言われている。
いわば帝国の屋台骨を支える魔法薬と言っても過言ではないのだが、古来、エンセオジェンを使わずに魔法使いは洗脳によって、神隷扱いにも不満を抱かせないようにするのが洗練されたやり方だと言われている。
「エンセオジェンを使われた神隷は、質が落ちるからな」
という訳である。
「効能はなんだか知らぬが、あのロドリゴという男はまともではないことは分かった。フロリア、ちょっと私と代れ。面白くなってきた」
フロリアは少し考えたが、トパーズに任せて自分は亜空間に引っ込むことにした。ただ、通常空間との接続が切れると何がどうなったか判らなくなるので、亜空間に入ると、ごく小さな接続孔を開けて、外部を伺うことにする。
普段、中で長く過ごした後で、外部に出る前に様子を伺う時によくやる方法である。
ペッピーノにも、他の工房の魔法使いにも、亜空間持ちだと勘付く能力の持ち主はいなさそうである。
トパーズはフロリアに変化すると、顔を伏せたまま、ソファに座ってじっとしている。
獣の気配はできる限り消していて、目を見なければ、本当にフロリアが所在無さげに座っているように見えるのだった。
やっとロドリゴが戻ってくると「やあ、待たせたねえ。おや、飲みモノを飲んでいないじゃないか。遠慮せずに飲み給えよ。喉が渇いたろう? それにいつの間に着替えたのかね?」
トパーズはフロリアの声で、
「早くゴーレムの製造現場を見せて下さい」
「ああ、もちろん、見せるとも。約束だからね。だが、さっきも言ったように、結構調整に時間が掛かってね。
それより、君、魔法使いだね。この国では魔法使いは神隷といって、教会と女神様の代理人である法皇様の為に身も心も捧げなくてはならない、という義務があることを知っているよね。
私達のような信徒にももちろん、聖なる義務を果たしていない魔法使いを見つけたらただちに教会に報告する義務があるのだよ。
だが、慌てなくても大丈夫だよ。
女神アリステア様への義務は本当に聖なるもので、人間の判断などでゆるがせには出来ないのだが、しかしね、私のような者はこうして工房を運営してゴーレムを作ることで、アリステア神聖帝国に多大な貢献をしているし、今後もその貢献を続けていくためには、女神様も多少のお目溢しはあっても不思議はないと思うのだよ。
ましてや君は、この国の生まれではなくて、巡礼者なのだろう? たとえ巡礼者でも帝国内では正統アリステア教の教義に従うのが当たり前なのだが、なかなか辛いよね。
だから、こう考えたらどうだろうか?
君は私の工房を手伝ってはくれないかね? 先程のゴーレムは誰が作ったのか知らないが、君は製造に関わっているのかね? それとも、操作だけ? 知っていることを教えて呉れたら、こちらも色々と便宜を図ろうじゃないか。
もちろん、先程から君が見たいと言っているゴーレム製造の現場も見せてあげるし、職人共に質問するのもゆるそう。
良い考えだろう。ぜひともそうしよう。それとも私に何も協力出来ないと言うなら、私も君のことは教会に報告せねばならなくなるよ。
さあ、とりあえずはその飲み物を飲み給えよ」
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