第84話 パレルモ工房1
フロリアはペッピーノについて、パレルモ工房に赴くことになった。
1人では中に入る手段を思いつけず、いつかのように夜中に忍び込むしかないのか、と思っていたので、これは僥倖であった。
何と言っても、魔法使いが大勢働くゴーレム工房である。どんな防犯手段が取られているか分かったものではないのだ。
パレルモ工房に行く、と言いながら、どこかの路地裏にでも連れ込まれるのかとも心配したが、そんなことはなく、ペッピーノは普通に通りを使ってアルジェントビルを抜け、アルティフェクスに向かう。この双子の町は、一応城壁で区切られていはいるが、その門を抜けるのに特に門番の誰何を受ける訳でもない。
もともと1つの町が、100年以上も前に分かれたのだ。
両方とも教皇皇帝の直轄地なのだが、1つの町だと、町を統べる代官の権限が大きくなりすぎることを嫌った、当時の教皇皇帝の判断で分割されたのである。
ただ、分割されたことで、それぞれの町の性格がよりはっきりして、それが町の発展に繋がっている面もあるのだった。
「ここが、パレルモ工房だ。俺は旦那を呼んでくる。頼むから居なくならないで、ここに居てくれよ」
ペッピーノはそう言うと、工房の裏口から中に入っていく。
「ふむ。確かにパレルモ工房とやらだな。前に下見に来た場所だ。だが、ずいぶんといろいろな気配が入り混じっているところだ。魔力酔いでもしそうだ」
感覚が鋭いトパーズは建物の中の大勢の魔法使いの気配に敏感に反応する。
「でも、ちょっと変な気配ばっかりじゃない?」
「そう言われれば、そうだな。ずっと昔、アシュレイに始めて会った時もこんな感じであった。すぐに普通の気配になったので忘れていたが」
トパーズに寄ると、その後、アシュレイの冒険者時代に何人もの魔法使いに会ったことがあるが、一度もこうした気配の持ち主には会わなかったそうだ。
どことなくふわふわしていて、まるで眠っているかのように感じるのだという。
フロリアも、変な気配の魔法使いが大勢いるということはわかったのだが、トパーズほど精緻な探知魔法は使えないので、それ以上は何も分からなかった。
「とにかく、気をつけろよ。イザとなったら、私は遠慮はせぬぞ」
「うん」
ペッピーノが戻ってくると、「旦那が会うそうだ。来てくれ」とフロリアを工房内に招き入れる。
工房のやたらと高い壁の内側は、広い中庭になっていて、幾つかの建物が点在している。その中で一番大きな建物の中にフロリアは招き入れられた。
ゴーレム工房と言うからには、中の様子は前世でいうところの自動車組立工場のような雰囲気を想像していたのだが、フロリアが通されたのはとても豪華な部屋であった。
この世界で生まれてから立ち入ったことのある最も豪華な部屋というと、ビルネンベルクの代官所の代官の私室に招かれて入ったことがあるが、それよりもこちらの方がずっと豪華であった。
実際には、ビルネンベルクの代官の私室は代官だったファルケの趣味で豪華というよりも、質実剛健な雰囲気であったのだが、それでも使われていた調度品などは装飾は無くても、造りの良さを自然に感じさせて、風格があった。
それに比べ、このパレルモ工房の"旦那"という人物はかなりの成金趣味というか、派手な装飾で貴金属をふんだんに使った調度品に囲まれた部屋だった。
その部屋の真ん中に、痩せぎすで落ち着きの無さそうな顔つきの男がいた。どう見ても職人には見えない派手な服装をしている。
この神聖帝国の貴族や王族はそのまま教会幹部を兼ねているので、ひじょうに高価な素材を使ってはいても服装のデザイン自体は黒を基調にしたシンプルな修道服を思わせる服装が多い。
その中で、この男はフリルがあしらわれた繊細な印象のシャツに、かなり高価な絹素材かと思わせる艶のあるジャケット。首元には丁寧なフリフリがついたスカーフみたいなもの(前世ではジャボと呼ばれていた装飾品だが、フロリアの知識には無い言葉だった)が飾られている。
「やあ、君は昨日の悲惨なゴーレム暴走事故について、何か知っていることがあるそうだね」
その男は猫なで声で自分の名前も名乗らずに話し始めた。
「さあ。事故は見ていましたが、特にお話出来ることはありません」
「おや。ずいぶんと警戒されているね。心配しなくとも、私はこの工房を預かっている立場上、ゴーレム暴走事故については色々と思うところがあってね。
君がもしかして、市中で話題になっている消えた謎のゴーレムについて知っていることがあるのなら、話して貰えないかと思っているのだよ。
もちろん、悪いようにはしないよ」
「さ、旦那の言う通り、話すんだ。きっと良い金が貰えるぞ」とペッピーノ。
「……私はお金が目的でここに来たのではないです」
「ほう。それじゃあ、何か目的があるのかね?」
「ゴーレムを作っているところを見たいんです」
「君のような女の子にしては珍しいことを言うね。男の子でゴーレムに憧れるのはよくある話だけどね。
何で、ゴーレムの製造工程を見たいのだね」
「……」
「黙ってちゃ分からないねえ。こちらとしても、ゴーレムを作るのは、秘密中の秘密だから、見たいと言われて簡単に見せる訳にはいかないのだよ。それなりに見返りが要るのだが、君に何か出せるのかね」
「どこか、広い場所で、他の人に見られないところは無いですか? その謎のゴーレムを見せることが出来ます」
「ほう。それはそれは」
男は揉み手をしかねないぐらいに表情を緩める。
「少し待って貰おうか。すぐに準備させるよ」
男は呼び鈴を鳴らすと、すぐに下働きらしい少年が顔を出す。この少年は見習い職人といった服装をしている。
「おい、完成品の倉庫は今、余裕があったな。そこを使うから、中に誰かいたら、追い出してこい。誰も、倉庫に近づかないようにレオポルドに命じろ。それから、今日はルチアとラウロはどうしている?」
「ルチア様は買い物に出ています。ラウロ様は親方に付いて、アルジェントビルの方に行っています」
男は舌打ちした。
「また、親父に媚を売っているのか。だが、まあ良い。それも今のうちだけだ。
すぐに、取りかかれ」
「はい」
少年が部屋を出ていき、ようやく、彼らは名前を名乗る。
フロリアは、自分は巡礼者でヴェスタ-ランド王国から来た、死んだ師匠がゴーレムについて、色々と詳しく、自分の教えられたことがあって、大陸一のゴーレム工房に興味があるのだ、と説明した。
キザな服装の男はロドリゴ・パレルモだと名乗った。パレルモ工房の親方のドン・パレルモの長男で、「もうすぐ引退する父親に代わって、工房を受け継ぐ。もう、工房の経営のほとんどを任せられているのだ」と説明した。どう見ても魔法使いでは無いのに、ゴーレム職人の工房など運営出来るのだろうか、とフロリアは不思議に思った。
フロリアをここまで誘った、胡散臭い男はペッピーノというのだそうだ。
もう用事は終わったと思うだが「なあに、あっしにも後学のために、見ておきたいものでしてな」と言って帰ろうとしない。
ここで帰って、ロドリゴにフロリアを連れてきた報酬をごまかされてはかなわないし、フロリアの能力を少しでも余分に知っておいた方が、後にジュリアーニ商会のオズヴァルドから金を引っ張るのに有利になるかも知れないのだ。帰る訳にはいかない。
程なく、先程の少年が戻ってきて、指示通りに倉庫から人払いした、と報告した。
3人は、早速倉庫に移る。
倉庫への渡り廊下を歩いていると、そこかしこに魔力を感じ、カンカンという鉄を打つ音が響く。
何人かの職人が、中庭の木陰で一休みしているのも見える。
だが、魔力が不思議と霧が掛かったようにぼんやりしていて、職人もどこか生気が無い。気味の悪いところだとフロリアは思った。
倉庫に入り、ロドリゴが自ら巨大な扉を閉めて、周りの眼がないことを確認して納得すると、「さあ、それじゃあ見せてもらおうか」と言う。
フロリアは、収納からリキシくん1号を出す。
いつも読んでくださってありがとうございます。




