第83話 接触
ロドリゴはその手の店に出入りすることは特に珍しくもないのだが、ペッピーノは裏で動く人間であって、客であるロドリゴとそれまで顔をあわせることは無かった。
今回は、ロドリゴがある程度懇意にしている町のはぐれものに事故を起こしたあたりで聞き込みをさせていたところ、ペッピーノに声を掛けられたということであった。
「銀髪の女の子か?」
「そうですとも。端っから気にしてなかったら、誰も気が付かなかったと思いますがね。間違いないですぜ、ありゃあ、あの娘がやったことですよ」
ペッピーノは確信まである訳では無かったが、そこは多少"盛った"方が話をまとめやすいというものである。
思い通りに、その娘を連れて来れば、銀貨3枚という約束を取り付けるのに成功したのだった。
「へへ、次はジュリアーニ商会の方だな。オズヴァルドの旦那にゃあ、なんて言うかな」
***
ジュリアーニ商会はアルジェントビルの金属素材、特に魔法金属を扱う商会として知られた存在で、オズヴァルドはヴェスターランド王国のクラウス工房が派遣した買付人として、ジュリアーニ商会の一角を間借りする形で駐在していた。
数ヶ月前にそのクラウス工房の召喚術師のランベルトからフロリアの行方を探すよう内密の依頼を受けたのだった。だが、自分ではあまり土地勘の無いアルジェントビルでは人探しが出来ないもので、ペッピーノを使っていたのだった。
ペッピーノがオズヴァルドを訪ねると、オズヴァルドも、ゴーレムの暴走事故はすでに知っていた。そして、もちろん超絶性能の謎のゴーレムのことも。
「いきなり出現したり消えたりした、というのは、まさか伝説の転移魔法でもあるまいし、多分、収納スキルに優れた魔法使いが近くに居たってことなのだろう」
オズヴァルドもその点はしっかり見破っていた。
「だが収納スキルだとしても、あんな大物を離れた場所で出し入れ出来るなんて、この大陸中探しても、何人もいないんじゃないか。そんな奴がお忍びでここの国に来ていて、たまたまゴーレムを持っていたって言うのか? 転移魔法を使ったと言われるよりはまだ納得しやすいがな」
ペッピーノはその事故現場に自分が居たということは伏せて、そういえば、店(ペッピーノが出入りしている娼館)の若いのが、銀色の髪の女の子を見かけたといってましたねえ、と続ける。
「おい、そんな呑気なことを言っている場合じゃないだろ。その娘を早く見つけ出して連れてくるのだ」
「分かってますがね、アルジェントビルとアルティフェクスまで人探しをするとなると、アタシ1人じゃ手が回らなくてね。若いのを何人も使うとなると、それなりに掛かるんですよ」
「やむを得ん」
オズヴァルドは懐から巾着を取り出すと銀貨を1枚出して、ペッピーノに渡す。
「残りは、娘を連れてきてからだ。良いな、出来るだけ早く、他の人間に気取られないように気を使え」
「分かってますよ、旦那」
ペッピーノはこうして、ちょいと小遣い稼ぎをしたのだった。
***
"緑亭"の亭主であるカルロは、前日に起きたゴーレム暴走事故の概要をヴェスターランド王国王都に緊急便で送っていた。
カルロもこの町を訪れる暗部の"渡り"によって、現在暗部が探しているという少女についての概要は聞かされていた。彼自身は現場に居た訳ではないので、その場所に銀髪の少女が居たという情報は得ていなかったが、町中で話題の謎のゴーレムに注目したのだ。例の少女はゴーレム造りに特別な何か(詳しくは知らなかったのだが)を持っているという。謎のゴーレムと少女との関連を疑うのは自然なことであった。
仮にその謎のゴーレムと少女が関係無くとも、あのパレルモ工房の製品を凌ぐゴーレムであれば、それだけで注目に値する。そんな代物がどこかの国の軍に配備されれば、各国の軍事バランスを崩すほどのインパクトがあるのだから。
暗部の緊急便は、近くのハブになっている町まで手紙を届けると、そこからは鳥の従魔で王国内まで空輸するのだ。ハブはこのアルティフェクスから馬で1日程度行った街道沿いの町に置かれている。アルティフェクスよりもずっと小さな町だが、そちらの方にハブが置かれたのは、魔法使いなぞに縁がない町だからである。
アルティフェクスは錬金術系統が中心とは言え、魔法使いが多い町なのである。従魔使いや召喚術師に詳しい魔法使いの目を気にしなければならない。
その知らせは、数日後にはヴェスターランドから折り返しで、アリステア神聖帝国内に潜む"暗部"のジャンとデリダの元にももたらされることになる。
「何で、こんなに行き違いばっかりなんだ」
ジャン達は泣き言を言いながらも、アルティフェクスに急行することになったのだった。
***
翌日。
市場に出て、噂話で昨日の事故で建物の下敷きになった子どもとどこかのお嬢様が命に別状がないと知って、フロリアはホッと一息。
事故現場は何機ものゴーレムが暴走したので、かなりの惨状になっている。ゴーレム自体は早々に撤去されていたが、最初に破壊された櫓や、ゴーレムの体当たりを受けて倒壊した建物などはそのままになっている。
こんな状況なのに、今日も魔法金属の採掘は行われているのだという。
普通は事故原因が判るまで休むのに。……前世の日本の常識からまだ抜けきっていないフロリアは、この世界の人の命の軽さに軽い恐怖を感じた。
しかし、ともかく昨日の子どもは助かったのだから良かった。
そう思いながら、市場の人混みを歩いていると、トパーズが「今度はちゃんと気づいているんだろうな」と囁く。
「うん。昨日の人かな」
「同じ気配だな。こちらを攻撃する意図は無さそうだが、どうする」
フロリアの基本方針は常に逃亡である。
魔法使い云々を除いても、見栄えの良い少女が1人で居る、というのはこの人さらいが一般的な犯罪である世界ではそれだけで危険を孕んでいるのだ。面倒を避けるためにも、逃げてやり過ごすのが一番である。
しかし、今回に限っては、このままではいつまでも手掛かり一つ得ることができない。せっかく、遠いところまで旅をしてきた甲斐がない。冒険すべき頃合いかもしれない。
「仕方ないな。私が入れ替わろうか」
そうして欲しい、と言いそうになる。しかし、トパーズ経由ではまともなコミュニケーションがとれるとは思えない。
「ううん。自分でやってみる。もしもの時はトパーズ、ちゃんと助けてね」
「分かっているさ」
フロリアは市場を抜けて、大きな通りを一本外れる。人通りは少なくなるが、ちょっと大きな声を出せば、通りの人には聴こえる程度の近さ。
そこで、後ろからくる人を待っていると、相手は当初は尾行に気づかれたことに戸惑った様子であったが、フロリアが逃げないのに気がつくと、覚悟を決めて近寄ってきた。
なんか、まともな仕事をしている人じゃないみたい。
その男の服装や身にまとう雰囲気にすでにフロリアは接触を持ったことを後悔しかかっていた。
「お嬢ちゃん。あんた、昨日もこの町に来てたな。あのゴーレムの暴走事故のところに居ただろ。俺は見てたんだぜ」
「……いましたけど、それが何か?」
「ふん。あのゴーレムはずいぶん凄かったじゃないか」
「あの消えちゃったゴーレムですか? 不思議でしたね」
「そうかい。この町のパレルモ工房ってところの旦那が、あのゴーレムについて知りたがっているんだがな。お嬢ちゃん、何か知っていたら、教えてやって呉れねえかな」
「さあ、みんなが知っていることぐらいしか知りませんよ」
「とりあえず、その旦那ってのに会ってみないか。向こうはあの謎のゴーレムを探し回っていてな。どんな手がかりでも欲しがってるんだ」
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