第82話 追跡者
「おい、フロリア。終わったのなら、さっさと逃げるぞ。どうも嫌な感じがする。お前をさっきから見ている奴が居るぞ」
「うん。ちょっとやりすぎちゃったね」
フロリアは石柱の土台から降りると、すぐにその場所を立ち去る。まだ、建物の瓦礫から子どもは助け出されていないが、まあ、作業員達がいるので大丈夫であろう。黄色いドレスのお嬢様がどうなるかは、運次第だ。
走ると目立つので、早足で歩いていたが、探知魔法に反応がある。
あからさまにフロリアを付けているのは1人だが、石柱の土台に乗っているときには何人かがフロリアに興味を持って見ていた。
おそらくはその人々は、フロリアの特徴――銀髪の12歳ぐらいの少女を覚えているに違いない。
しかし、悩んでも仕方ない。
フロリアは、さっさとアルジェントビルを出ると、その日はアルティフェクスには戻らず、町の外の荒れた人気の無い場所を目指す。
***
「なんでこんなところにくるんだ、あの娘は?」
ペッピーノは、普段の運動不足と暴飲で体力が落ちていることもあって、少女の足についていくのにも一苦労。
だが、この少女が只者ではないことは、先程の建物の倒壊騒ぎを見ていても分かった。あの謎のゴーレムはどうやらあの少女が関連しているとみて間違いはない。
ペッピーノは、ごく僅かな魔力のある魔力持ちである。
大体、100人に1人程度の割合で魔力のある人間が生まれてくるが、その内の大部分が魔法使いに満たない魔力持ちと呼ばれる人々である。
その魔力持ちも、ゴーレムの操作が出来るゴーレム使いや、薬師のようにポーションを作れずとも、薬草の薬効成分を一般人よりもずっと多く引き出した薬を作れる準薬師のような才能があれば、(このアリステア神聖帝国以外の国では)結構な現金収入が期待出来る。
しかし、そうした才能もなく、乏しい魔力の使い道も無い魔力持ちはもはや一般人と何ら変わることは無かったのである。
ペッピーノは、子どもの頃から祖母に自分が魔力持ちであることは絶対に秘密にしろ、という教育を受けていて、現在のように両親や家族の期待を裏切るような生業の人間に成り果てて居ても、その教えだけは守っている。
この国では、魔法使いはもちろん、それに類する人間はすべて、人間扱いされない。神の奴隷、すなわち神隷と呼ばれて、そのちっぽけな魔力すら搾取される人生を送ることになるのだ。
しかし、ペッピーノは唯一の特技として、比較的他者の魔力の流れを感知することが得意であった。大抵の魔力持ち以上は、他の魔法使いをなんとなく感知することが出来るものだが、ペッピーノはその部分が若干だけだが秀でていたのだ。
見やすいところで事故見物をしているだけのように見える少女だが、ペッピーノには確かにあの娘が魔力を使っていたのが分かった。。魔法で、ゴーレムの操作をしていたのだろう。
あのゴーレムは力が強いのはもちろん、非常に微妙で繊細な動作が可能だった。あれに比べると、パレルモ工房のゴーレムなどおもちゃに見える。
あれはヴェスターランド王国の新製品なのだろうか。それとも、あの娘のみが使う特製のゴーレム?
人混みの中でいきなり蒸発するように消えたのは、おそらく収納スキルなのだろう。普通、収納スキルといえば、術者の手元に物品を出し入れするものだが、あの時、少女とゴーレムの間は20メートル近くも離れていた。
それだけの距離がありながら、あれだけ大きなモノをあっさりと出し入れ出来るとはにわかには信じがたい。
だが、収納スキル以外にあんなふうに大きなモノを出現させたり消滅させる方法など、ペッピーノには思いもつかないのであった。
ペッピーノが誤解していたのは、ゴーレムの操作のために必要な魔力はごくわずかで、少女は主に建物の瓦礫が崩れないように抑えるためにその魔力を使っていたということぐらいであった。
ともあれ、こうして少女の跡をつけていたのだが、ちょっと大きめの岩を回り込んで、少女の姿が消えたので、ちょっと距離を詰めてペッピーノも続けて岩を回り込んだのだが、誰もいない。
「え?」
こんなところで、姿を消せる訳がない。ペッピーノは自分が発見されるリスクを忘れて、あたりを探し回ったのだが、フロリアの手がかりすら発見出来なかった。
まるで、この岩に飲み込まれて消えてしまったかのように思えるのであった。
「いったい、どうなってやがるんだ」
***
さすがにやり過ぎを反省したフロリアはその日はもう亜空間から出る事無く過ごした。 安全な亜空間で、作業に使ったリキシくん1号を手入れするが、多少汚れが付着した程度で、特に傷んだところなどは無い。
「ま、あの程度の作業ならね」
「あそこにあった木偶人形どもは、アシュレイが昔に作ったものなのか?」
「違うよ。もっと新しかったから。お師匠様の残した個体をモデルにしたんだと思うけど、性能低かったね。操作も悪いし……。せっかく、ここまで旅して来たのに、あれだけだったらがっかり」
「では、そろそろこの町も出るか?」
「うーん。もうちょっとだけ見たいかな。工房の中が見られたら嬉しいんだけど。だれかお師匠様のことを覚えている人、居ないかなあ。」
***
ペッピーノの予想どおり、パレルモ工房では謎のゴーレムの行方を必死に探している。自分たちの工房の製品が起こした事故をあっさりと片付けるほどの性能。
パレルモ工房の名声は、飛び抜けた性能のゴーレムを作れることにあったのだから、それを超えられると困るのだ。
ゴーレムが事故を引き起こしたことは、パレルモ工房のバックについている有力貴族のマルケルス公爵の力で、ゴーレム使いの未熟な腕が原因であった、ということに片付ける。いつもと同じように。
だが、ゴーレムの性能が、20数年前にサンドルが作っていたモノから少しずつ低下し続け、最近ではまったくの素人でもその性能の低下は隠しきれなくなっていた。
今回の事故では厄介なことに聖都の大貴族の令嬢が巻き込まれていた。幸い、命には別状がなかったが、かなり深刻な怪我をしていて、現在、聖都から大急ぎで治癒魔法使いを呼び寄せているそうだが、果たして完治するのか。
忌々しいことに、どうでも良い近所のガキは同じ瓦礫の下敷きになりながら、擦り傷が少し出来た程度だという。これが逆なら良かったのに。
パレルモ工房の工房主のドン・パレルモは、お嬢様のお見舞いに行っている。
もちろん、自工房の製品の不備を認めるようなヘマをするドンではない。如何に、現場に責めを押し付けるか、ドンの腕の見せ所である。
ドン・パレルモは腕利きの錬金術師で、魔法の腕もさりながら、魔法使いが蔑視されるこの国において、頼りになる大貴族の後ろ盾を得て、見込みのある工房をほとんどだまし討ちのように乗っ取る、という政治的センスもある人物で、
そして、元のコッポラ工房が持っていた、画期的なゴーレムを適度にコストを押さえながら、ほぼ再現するのに成功。多くの錬金術師を手足のように使いながら、廉価版(それでも他を圧する高性能で高価であった)を世に出し続け、現在の地位を確立したのだ。
しかし、徐々に良い腕の錬金術師が居なくなり、ドン自身もかつては腕の良い職人であったのだが、今ではすっかり政治にばかり熱心な俗物になってしまっている。
ドンの長子のロドリゴ・パレルモはどうしても、謎のゴーレムを探し出さなくてはならないと決心していた。ロドリゴは、「魔法は遺伝しない」の法則通り、ただの一般人である。しかし、だからといって、現代日本における一部上場企業のような値打ちを持つ工房を他人に渡すことなどあり得ない。
ロドリゴは、「経営の腕で工房をもり立てるのだ」と称して、属している錬金術師達をこき使っている。ところが最近、ロドリゴの妹のルチアとの間に後継ぎ問題が発生したのだ。ルチアも非魔法使いだが、その夫でドンの入婿のラウロ・パレルモは魔法使いのゴーレム職人。
そのラウロも職人の実力は大したことなく、口のうまさや政治的な立ち回りでルチアを口説き落として、入婿になったという人物である。その程度の人物であっても、非魔法使いのロドリゴと比べれば一歩も二歩も有利なのだ。
せめて、腹心に腕利きの職人がいれば話が違うのだが……。そこに謎の超高性能ゴーレムが登場したのである。
「そのペッピーノとか言うチンピラが、謎のゴーレムについて、耳寄りな話があるというのだな」
ロドリゴは警戒しつつも、無視できない情報を持ってきた男に会うことにしたのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。




