第80話 瓦礫
倒壊した櫓は道を塞ぐ格好になり、見物していた子どもたちの上にも破片が降る。
「キャー」という悲鳴が上がり、子どもたちが蜘蛛の子を散らすように逃げる。
それだけに留まらず、他のゴーレムの上にも櫓の部材が降って、数台のゴーレムが倒れる。
その倒れたゴーレムに後ろから押されるようになった別の数台のゴーレムが暴走して、家屋に突っ込む。
フロリアは幸い離れた場所で見ていたので、巻き込まれて怪我をするようなことは無かったが、逃げてくる人に押されて、自分も見物していた場所から離れなければならなかった。
それでもある程度、逃げたところで余裕が出来たので、立ち止まることが出来た。見物人が多かったとは言え、仕事を終えたゴーレムが倉庫に帰るための行進などはこの町の住民にとっては比較的ありふれた光景であったので、祭りのときのようにごった返すということは無かったのだった。
フロリアは、その事故に気を取られて、自分に注目している視線の存在が頭から抜け落ちてしまっていた。
ペッピーノが自分を遠くから見ていることには、少しは上達してきた探知魔法のお陰で気がついていたのだったが、フロリアに対して害意や敵意を抱いているような気配ではなかったので、さほど気にしてはいなかったのだ。
そもそも、フロリアが顔を晒して、人混みの中を歩けば、それなりの数の男から注目され、観察されるので、悪い意味で慣れっこになっていたのだ。
年齢の割りには幼い雰囲気が残っていても、整った顔立ちの為にこうなるのだから、あと数年経って、年相応の雰囲気になれば、顔を晒して町を歩けなくなるかも知れない。
「なに、あのゴーレム。何であんな風にちょっと押されただけで倒れたり、暴走したりするの?
確かに、お師匠様のゴーレムの"血"を引いているみたいだけど、あんなに低性能が低いなんて……」
そもそも行進しているときから、遠目からでも判る粗雑な動き、異音混じりの駆動音、改悪としか言いようのない、お師匠様のゴーレムからの変更点(劣化具合)などに呆れていたフロリアであったが、この事故でその感はますます強くなった。
"ここも廉価版を使っているのだろうけど、幾ら安くても、もう少しちゃんと作らなきゃ。動かす人ももっと訓練しないと"
実際には、この炭鉱は、アリステア神聖帝国の要とも言えるアルジェントビルの表看板みたいなもので、現在製造出来る最高レベルのゴーレムを配置しているのだったのだが。
それでも、まあゴーレムが何台か故障した程度で、あまり怪我人もいないみたいだし、すぐに鉱夫達も集まってきているし、事態は収拾するだろう。
この程度のゴーレムを見ても、あまり得るものはないし、パレルモ工房への足がかりを掴むこともできそうにない。
もう帰ろうかな、あ、でも事故の収拾作業は何かの参考になるかも。もうちょっと見ていこうかな。
そんなことをフロリアが考えている間に、作業員や衛士が大勢集まってきた。
衛士は「お前ら、どけどけ! 邪魔だ」と乱暴に見物人たちの排除を始め、作業員達はまだ動作を止めないゴーレムに近寄ることができない。
「さっさとゴーレムを止めろ!」
作業監督らしき人物がゴーレム使いを殴りつけて、怒鳴っている。
いや、集中が必要な時に脇から殴ったり怒鳴ったりしていては逆効果だろう、とフロリアは突っ込みたくなる。
「これだから、神隷ってのは当てにならねえ」
作業監督は吐き捨てるように言いながら、ゴーレム使い達を殴るのを止めない。
アリステア神聖帝国では、魔法使いや魔力持ちはそれだけで冷遇されるとは聞いていたが、こうした光景を見ると、自分の魔力を他人に知られないようにしないと、とフロリアは改めて思うのであった。
「ああ、子どもが挟まれている。おーい、大丈夫か?」
最後に暴走したゴーレムが壊した家屋を覗き込んでいた作業員が怒鳴る。
どうやら下敷きになっている子どもがいるらしい。
作業員の呼びかけに、瓦礫の下から返答がある。しっかりとした声で、意識も混乱していないようだ。
「出血もなさそうだな。それなら大丈夫だぞ。坊主、すぐに助けてやるからな」
作業員が励ます。
作業監督はゴーレム使いを殴るのを一時中断して、その作業員のところに飛んでいって、家屋の下を覗き込むと、「なんだ、巡礼か何かの子どもじゃねえか。くだらねえこと言ってねえで、ゴーレムを回収するのを急ぐぞ」と、作業員に指示する。
「待って下さい、監督。大した怪我もしてないし、すぐに助ければ大丈夫ですからお願いします」
「うるせえ! てめえらもとっとと仕事しろ!」
ゴーレム使い達もやっと落ち着いてきたらしく、無駄に手足を空転させているゴーレムを止めたりしている。
どうやら作業監督は子どもを助ける気がないか、後回しにするつもりらしい。いっそ、自分がリキシくんを出して、助けてしまおうか、と思う。
リキシくんはすぐに稼働できる状態で収納に仕舞ってあり、少し離れた位置に出せば誰が出したのか判らないだろうし……。
だけど、声を聞く限りじゃ、下敷きになった子どもは酷いことにはなっていないっぽいし、自分の魔法がばれる危険は出来るだけ避けたほうが利口だしなあ。
そんなことを考えていたら、作業監督に怒鳴られても瓦礫を気にしていた作業員が、「あ、もう一人居るぞ。黄色い服を着ている。女っぽいな」と叫ぶ。
「おい、貴様!! 何を下らねえことをしているんだ。さっさと作業にもどれ。懲罰を受けたいのか!!」
作業監督がいよいよ頭に血が登ってきた様子で、怒鳴る。
と、そこに数名の衛士に囲まれた、とても身なりがよい小太りの男が息を切らしながらやってきた。すぐに現場監督を大声で呼ぶ。
その男の顔を見た瞬間、現場監督は走って来ると、男の目の前に直立不動になる。
「お嬢様はどこだ。どこに居られる?」
「え、ここに来ておられたのですか?」
「何をしている。さっさと探せ、お前らも探せ!」
男は現場監督だけではなく、見物人たちを整理している(追い払っている)衛士にも命じた。
「はっ!!」
衛士隊長らしき人が男に敬礼すると、すぐに部下に「お嬢様を探せ」と怒鳴る。
お嬢様なんて居たっけ?
小太りの男が「お転婆め、何だって、お忍びでこんなところに来るんだ?」とつぶやいているのが探知魔法で拾えた。
どうやら、お偉いさんの娘が屋敷かなにかを抜け出して、遊びに来ていたらしい。
と、またさっきから瓦礫を気にしていた作業員が「もしかして瓦礫の下に居るのでは?」と言い出し、現場監督がみるみる青ざめたのだった。
「どういうことだ?!」
小太りの男の詰問に現場監督が説明すると、すぐに小太りの男は建物の崩れた場所に行って、下を覗き込む。
「ここか。うむ、よく見えん……、いや、見えた。あれはお嬢様の着て居られたドレスと同じ色だ!! これはマズイ。おい、すぐにゴーレムをどかして、救い出せ!!」
「はっ!」
現場監督はゴーレム使い達のところにすっ飛んでいって、「あのゴーレムをどかせろ! 他の作業は後回しで良い!」と怒鳴る。
ところが、家屋に突っ込んだゴーレムは完全に壊れたのか、ピクリとも動かない。
「くそ。それじゃあ、別のゴーレムで引っ張り出せ!」
と現場監督が命じる。
そんな荒っぽいことをして、唯でさえ半壊している建物が本格的に崩れたらもっとまずいことになりそうである。




