第8話 レソト村にて3
前の村長さんはこんなふうに人を詮索してきたことなど無かったのに、とフロリアは思った。
「ポーションと同じぐらいには治せますが。――あの、ここにいても私ができることは無いですから、村を廻りたいんですが」
「もう、そんなお金にならないことを一生懸命やる必要は無いんですよ。それよりもあなたはこれからどうするのですか? 家も焼けてしまって」
「お師匠様から聞いた、お師匠様が昔、住んでいたという場所に行ってみる積りです」
この先、どうするか全然考えていなかったが、思わず口をついてでた言葉に、"ああ、それも良いなあ"と思った。
「まだ子供なのに、そんな危ないことをするものではないですよ。ま、とりあえずは帰る家も焼けてしまったことですし、しばらくはこの村に居ると良いですよ。村の皆もそれが良いと言っています。
この家は村長用に作られていて、大きいですから空いている部屋もあります。当分、ここに寝泊まりして、ゆっくりと今後のことを考えれば良いですよ」
とんでもない、とフロリアは思った。
流石に人生経験の薄いフロリアにも、こんなところに居たら、ろくなことにならないのは分かった。
しかし、新村長達以外は別に村人達と喧嘩した訳でもないのも事実である。
ここでいつまでも言い合いをしていても仕方ない。
「それでは、お世話になります」
と言って、ペコリを頭を下げた。もちろん、本当に村長宅に泊まる積りはない。
さっさと村人の間を巡回し終えたら、さっさと村を退去しよう。自分が本気を出せば、誰にも捕まることなど無いのだから、とフロリアは思った。とりあえず、この家から早く出たかった。
この一言で、ベンも納得したらしく、ようやくフロリアが村内を回るのを了承した。ただ、「どうせですから、新しい人にもフロリアさんの実力を見せてもらいましょうか」と猟師の男と一緒に回るように言った。
昨日、他の男と一緒に怪しげな会話をしながら、村の近くの道を歩いていた男だ。
村人たちは、これまでのように気安い感じでフロリアに応対しなかった。猟師が後ろで見ているということもあるのだろうが、なにかフロリアに後ろ暗いところでもあるのか、まともに目を見て話す人も少なかった。
アシュレイのことを特に敬愛していたような人でも、お悔やみすら口にすることを避けているような感じであった。アシュレイが亡くなったという事自体は知っているのだから、これもフロリアに異様な感じを与えた。
それでも何人かの村人の治療をする。
年齢が原因の大部分であるようなお年寄りの病気や怪我はさすがにもはや治せないのだが、フロリアが治癒魔法を掛けるとしばらくは症状が好転する。
若い人でも、木の実を取ろうとして高いところから落ちて、骨折をしていた青年が居たのだが、こちらは単純な骨折であるし、一発で完治した。
後は風邪気味の村人が何人かいたが、これも自然治癒力を高めるように魔法を掛けると、すぐに元気が出たと言っている。
これは簡単なことのようだが、病気の場合は下手な魔法を掛けると逆効果のことがある。すぐに治療出来るのは、鑑定スキルの更に上位の解析スキル持ちのフロリアならでは、のことなのだった。
ただ、これまではそれぞれ治癒魔法を使った家で、穀物などを少しずつ貰うのだが、今回からは村長がまとめて渡すと言っていて、村長にあずけてあるので、そちらで貰ってくれ、と村人たちが言い出したのが気に入らない。
巡回が終わったら、村長宅に戻らずにそのまま猟師を振り切って帰ってしまおうと思ったのだが、最後にあそこにまた戻るのか……。
最後に村に入ってすぐに声を掛けたおばあさんのところに行くと、「ああ、よく来たねえ。久しぶりだねえ、アシュレイさんは元気かねえ」とニコニコしている。
認知症以外は特に体が悪いところはないので、治癒魔法の出番はないのだが(治癒魔法は認知症には効果は無い)、いつの間にかこうして訪れるたびと話をするようになっていたのだ。
「お師匠様は亡くなりました」
「そうかい。ああ、そういえばさっき、あんたをお嫁にする話をしていたねえ」
「お嫁?」
「か、母さん、何を言っているんだ」
このおばあさんの息子が珍しく、畑に出ておらず、近くに居たのだが、慌てて止めに入ってきた。
「隣に嫁にきた娘と勘違いしているんだ。最近、すっかりボケちまったもんでな」
とフロリアに言い訳じみたことことを言いながら、おばあさんを家の奥に引っ込ませる。
「おい、もう良いだろ。さっさと戻るぞ」
猟師は不機嫌そうに言った。
「そうですね。それじゃあ、戻ります」
嫌々ながら村長宅に戻ると、他の男たちの姿は見えなくなっていた。
ただ、帰した訳ではなく、奥の部屋にたむろしているのは探知魔法が使えるフロリアにはバレバレだ。こんなことで、油断させられると思っているのだろうか、とフロリアは思う。
相変わらず胡散臭い笑顔を貼り付けたベンに「一通り、廻ってきましたので、代金代わりの食糧をください」と言う。
「ああ、ご苦労さま。これからもお願いしますね。食糧よりも、ここで食事や寝泊まりをする代金ということにしましょう」
「それですが、気が変わりました。このまま帰りますので、食糧をください」
「はぁ?」
やっとベンの口調が変わってきた。
「ご冗談でしょ。もう部屋も用意させてますよ。どうせ、村の連中になにか言われたんでしょうけど、そんなの本気にすることは無いんです。わがままを言ってもらっちゃ困りますね」
「わがままを言っている積りはありません。そちらこそ勝手に決めないでください」
「何言っているんだ? お前はこの村でこのまま暮らすんだよ。ちっとばかり魔法が使えるからって、小娘が外の世界に出て、何ができるっていうんだ。こっちはお前の幸せを考えてやっているんだから、大人しく言う事聞いてりゃ良いんだよ」
ベンが凄むほど、フロリアは胸の奥がスッと冷たくなっていくのを感じた。
奥の部屋から、先程の男たちがでてきて、猟師の男もそれに混ざる。
「だから、優しく言ってたんじゃ駄目なんだよ。とにかくてめえの立場を分からせるのが先だ」
そしてフロリアの手を掴もうとしてきた。ねじりあげる積りだろうか。フロリアは男の手が触れた瞬間、電撃魔法を放つ。
離れた相手を狙って魔法を撃つ、いわゆる攻撃魔法は使えないフロリアであったが、その代わり、多彩なと言っても過言ではない様々な魔法が使え、その使い方次第では下手な攻撃魔法よりもよほど"エグい"効果を発揮するものもある。
この電撃魔法は、現代日本でいうところのスタンガンから発想したもので、男はギャッと一声上げて、床に昏倒した。
「何しやがる!!」
他の男たちが、一斉に血相を変えて取り囲もうとする。
しかし、それを果たすことはできなかった。
いきなり、フロリアと男たちの間に出現した女性が「やるか、相手になるぞ」と怒鳴る。その声には凄まじい威圧感が込められていて、せいぜい町のチンピラレベルであった男たちは、ベン村長も含めて一斉に腰を抜かす。
「ア、ア、……アシュレイ、…さん」
ベンが恐怖でガタガタ震えながら、つぶやく。
いや、アシュレイの姿をしているけど、トパーズの気配だ、とフロリアは思った。
トパーズが霊獣の恐るべき存在感を全開にして、それが男たちを威圧し、立っていられなくしたのだ。
でも、なんでアシュレイの格好を?
トパーズとしては、もはや黙っていられなくなったので、少し介入する積りで出てきたのだが、この村では黒豹の姿で出ないでくれ、とフロリアがしつこく言っているので、それなら変化して出ればよかろう、という理屈である。
ともあれ、死んだと思っていた人間がいきなり虚空から湧き出るように現れ、尋常ならざる気配を出したとなると、迷信深い人間ではなくとも、死霊が出たとでも勘違いすることになる。
この世界では実際にアンデッド系の魔物が居るし、人間でも時折、アンデッド化してしまう者もいる。
ベン達が、このアシュレイを見て、そう勘違いしてもさして不思議はない。
この後、フロリアの手助けになるように、トパーズはトパーズなりに、色々と考え、配慮しながら行動することになる。ところが、霊獣の思考パターンによる配慮なので、人間社会ではピント外れのことも多いのだが、この場合は正解であったと言っても良いだろう。
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