第79話 事故
「うーん。近づく手段を思いつけないよ、トパーズ」
フロリアは、弱音をはくのであった。
アルティフェクスに到着してから4日目。
何度か、パレルモ工房の前まで行ったのだが、日本で言えばメーカーの工場のような体裁の工房に、何の関係もない少女が入り込む余地など無い。
最初はパレルモ工房って何? といった感じだったが、少し調べたら、元々アシュレイが所属していたコッポラ工房が親方が変わってパレルモ工房という名前になったのだと分かった。
この工房都市アルティフェクスで一番の有名工房として君臨しているだけに、町の市場で買い物をしていて、屋台のおじさん、おばさんにちょっと聞けばすぐに教えてくれた。 ゴーレムに興味があるなんて、かわいい顔してるのに、男の子みたいな趣味だねえ、などと言いながら……。
「どちらにしても、工房の中なんか秘密の固まりだからよそ者は入れないよ。ゴーレム見たけりゃ、隣のアルジェントビルの鉱山に行ってみな。ま、鉱山も危険だからあまり近づけないんだけど、鉱山への行き帰りに動いているゴーレムを見られるよ」
「そうですか、ちょっと行ってみます」
***
そのパレルモ工房のすぐ近くに、カルロは宿屋「緑亭」を経営していた。
カルロはヴェスターランド王国の暗部に所属し、いわゆる"根付き"として、このアルティフェクスに宿屋を構えて、2代目であった。
元は父親が暗部であったのだが、その後を引き継いだ形になる。彼自身はヴェスターランド王国に足を踏み入れたことはなく、まだ宿屋を引き継ぐ前に聖都に行ったことがある程度であった。
この宿を受け継いだ当初は、カルロの仕事はこの工房都市を訪れた"渡り"を泊めることぐらい。"渡り"がスパイ狩りを"比較的"気にせずに休める場所を提供するといった程度のことだけを要求されていた。
まともな宿屋なら宿泊客の安全な滞在や客のプライバシーの保護といった、当然為すべきことと同程度の配慮のみ。本国の"暗部"からもそれ以上のことは求められなかった。
これは、万が一にでも当局の捜査を受けた時に、せっかく苦労して設置した宿屋という拠点までもが失われることを避けるためである。
「まさか、あのお客が他の国の密偵だなんて気が付きませんでしたよ、旦那」
と言い逃れをするためであり、当時はそのため、宿屋の中には一切、暗部に関する物品は置かれず、前もって"渡り"が来るという連絡も無いので、部屋を頼まれた時に合言葉を言われて始めて、その客が"渡り"だと気がつくほどであったのだ。
このアルティフェクスの工房で作られる魔道具、特にゴーレムはそのぐらい重要な兵器でもあり、国力増強のための生産道具でもあり、それを作るアルティフェクスは重要な拠点であったのだ。
しかし、ゴーレムの構造の秘密は現在となっては、さほど重視されていない。
ゴーレムは構造それ自体よりも、素材の品質や、工作精度や、魔晶石の出来、人工人格の作り込みの精度などが性能を左右するというのが、近年の一般認識になりつつある。
それに伴い、アルティフェクスの重要度は下がり、この工房都市を訪れる"渡り"も減っている。
そうなると、本当に宿屋だけやらせておくのももったいない、ということで、他の"根付き"と同じように、情報を本国に知らせるという仕事も近年になって増えてきている。
情報といっても、"根付き"が送る情報は、どこかに忍び込んで得るような機密ではなく、普通に町で暮らしていれば自然に耳にするような噂、ニュースなど。
これを送って、どこが役に立つのか不思議に思う"根付き"は多いが、他国にあっては知り得ないことも少なくは無い。
それに、多くの地区のニュースを集積させて、分析すると、驚くほど細かく、その国が向かっている方向性、直面している困難などが浮かび上がってくるのであった。
最近の緑亭の大きな仕事といえば、男女2人組の若手の"渡り"が来てしばらく熱心に動いていたが、情報収集でヘマをしたらしく、半月も経たないで退去。
代わりに割りとベテランで何度か顔を合わせたことのある"渡り"がやってきて、やはりしばらく滞在して毎日出かけていたが、冬の間に次の町に行ってしまった。
その動きを見ていて、カルロは「ああ、人探しか」と考えていた。
さすがに"渡り"を長く見ているので、この動きは人を探していると看破する程度の眼力は備わっているつもりだ。
ベテランの"渡り"が去ってから、しばらくして「銀色の髪の少女を見かけたら報告せよ」という指令がきた。
カルロは、「ここんところ、この町に来ていた"渡り"が探していたのはこれか」と、ようやく納得したのだった。
"しかし、指令をよく読むと、12歳前後に見える少女って、まだ子どもじゃないか。この子どもが一人旅をしているのか? こんな子どもが重要人物ってことは、年齢に関係のない魔法使いか、上級貴族の子弟か、もしかしたら王族の血筋なのか……。"
判らないことが多い。多いが、自分から積極的に動いて、この少女の捜索をすることまでは求められていない。
そのカルロが食事の仕入れに市場に出かけた際に、条件に合致する少女を見かけた。
巡礼の格好をしていて、旅をしてきたのは一目瞭然である。
「居た」
静かな興奮を覚えたカルロが素知らぬ顔で観察していると、同じデザインのコートを来た大人の男性と連れ立って、市場を出ていった。
「なんだ、父娘連れか。一人旅では無いのなら、指令の子どもでは無いのか? まあ、報告だけはしておくか」
カルロはそれ以上、父娘連れを尾行したり、周囲に聞き込みをしたり、といった事はしないで、宿の仕入れに戻っていった。これも"根付き"の心得で、密偵じみた動きをできる限り避けろという、父からの教えにしたがったのだった。
***
また、あの娘を見かけたのは、アルジェントビルの鉱山の入り口近くだった。
ペッピーノはちょうど、仕事が無くてぶらぶらしている最中であったので、距離を開けて尾行することにした。
今日は父親らしき男も居ない。そろそろ暖かくなってきたからか、魔狼の毛皮で作ったらしきコートではなく、布のハーフコートのようなものを着ている。
「巡礼者がそんなに着替えを持ち歩けるものかね?」
町に入る時の姿を見ていたが、さほどの大荷物でもなかったし、父親の方は獲物の鳥やウサギをかなりの数、肩からぶら下げていて、その他には大した荷物も無かったのを、ペッピーノは覚えている。
「魔法の袋か? だが、あんな金の無さそうな巡礼者がそんなもん持っているもんかね」
となると、収納スキル?
この神聖帝国では魔力持ち、スキル持ちは神隷として問答無用で教会の管理下に置かれる。
隣のアルティフェクスも工房都市なんて御大層な呼ばれ方をしているが、本来はその中心にいる筈の錬金術師たちは、工房の主の持ち物かそれこそ奴隷のような扱いを受けていて、ペッピーノのような底辺の男から見ても、惨めの限りである。
「スキル持ちだとしても、教会なんぞに渡すには惜しい娘っ子だな。父親も居ないことだし、人気の無いところに来たら拐うか? いや、俺には置いておける場所もねえし、拐っても結局はデブのオラツィオあたりの娼館に取られちまうな。
だが、やっぱり惜しい。どうすりゃあ、一番ゼニになるか、ちょいと頭を働かせる必要があるぜ」
そんなことを考えながら、鉱山の入り口から、今日の仕事を終えて出てくるゴーレムの列を見ている少女を観察していた。他にも、身近な憧れの的であるゴーレムを見物している近所の子どもたちや町を訪れた商人や巡礼者の姿も少なくはない。
すると、1台のゴーレムが脚部の動作が不完全であったのか、道を歩いていて、大きくよろめき、頭から櫓に突っ込んでしまった。
この鉱山用のゴーレムは3メートルほどであったが、櫓は10メートル以上もあり、一番上に人が居るスペースがあるが、その下はずっと木材の骨組みであった。
その骨組みの隙間にゴーレムが突っ込んだような形になった。
「きゃー」という周りの人々の声。
ゴーレムは動作を停止せずに頭を櫓の骨組みに突っ込んだまま、前進しようとする。
「おい、早く止めろ」
魔力持ちらしきゴーレム使いの青年は慌てて止めようとするのだが、ゴーレムは止まらない。
それどころか、ゴーレムは迂闊に近寄りすぎた青年を足で蹴ってしまい、青年は数メートルも飛ばされて、地面に倒れてしまったのだった。
木材の骨組みはギシギシと音をたてながら、倒壊していった……。




