第78話 アルティフェクスへ
誘拐団がどのような結末を迎えたのかは判らないまま、町を出てきてしまったが、それほど悪い結果にはならなかったと信じたい。
次の町、その次の町と、町がある度にフロリアは同じような方法でトパーズに怪我をした猟師を演じさせて、獲物を買い取らせ、その代金で2人の服装をリニューアルした。
トパーズは毛皮のコートはともかく、その下の服は下町のチンピラから取り上げたものだったので、やはりあまり猟師らしくも巡礼者らしくも見えないものだった。フロリアの服は巡礼者としてさほど不自然ではないようにできていたのだが、春服は昨年のものが小さくなっていたのだ。
背丈が伸びたため、足が出すぎている気がするし、それよりも重要なことは、胸のあたりがきつくなっていることであった!
その衣服関係も古着屋巡りをして、整えることが出来たので、いよいよ、アルティフェクスの方角に伸びる街道に向かうことにする。
そこは教会が定める巡礼者ルートから外れるのだが、利用者は商人が多いとはいえ、巡礼者もまったく居ない訳ではない。
その理由は、アルティフェクスには昔、「死んでなきゃ治る」とまで言われたほどの伝説的なポーションを探しているから、なのである。
そのポーションは、一時は相当数が軍を中心に広まったのだが、ある時から急に供給停止になり、在庫分が教皇皇帝一族や貴族の間で分配されたのだが、その後も闇市場でとんでもない高値で売買されたとか、賄賂の代わりに使われたとか、様々な噂が流れた。
今でも、時々どこだかの倉庫からデッドストックが1ケース出てきて、密かに国外に持ち出されたなどという噂が流れる事があり、怪我で苦しんでいる人は藁にもすがる思いで、「死んでなきゃ治る」ポーションを探しているのだという。
だから、巡礼者ルートからは外れているとは言っても、この街道を辿る巡礼者がぼちぼち居るのだ。
フロリア達も、父親がひどい怪我を顔に負っているという設定なので、アルティフェクスに行くのにさほど理由づけを考える必要は無かった。
「でも、アルティフェクスって、工房都市で錬金術師が盛んだとは言っても、金属工業中心で薬師関連の工房は少ないのに……。なんで、そんなところから凄いポーションが出てきたんだろう?」
「さてな。私に人間社会のことを聞かれても知らぬ。アシュレイも、その町に居た時のことはほとんど話さなかったしな。むしろ、お主の方が詳しいぐらいだと思うぞ、フロリア」
「うん。……まあ行ってみれば判るかな」
フロリアが不審に思った理由は、同じ錬金術とは言え、薬師とはあまり関わりのないゴーレム職人や魔道具師の町に、それほどのポーションが生まれた点に関してである。
薬師とは薬草を煎じて、それに自身が持つ治癒魔法などの魔力を付与してポーションを作るという存在である。
体力回復用、魔力回復用、怪我・病気の治療用など様々な用途があり、治療系のポーションで効果が優れたものは驚くほどの高値で取引される。いわゆる「命の値段」という訳である。
「死んでなきゃ治る」ポーションは、怪我回復用であったのだろうが、こんな二つ名がつくほどのポーションがまとまった数が流通したというのだから、驚くべき事であった。なんでも突然現れて、僅かな期間しか流通しなかったそうだが、今でも人々の心に強烈に刻まれている所以である。
そもそもアルティフェクスは、アルジェントビルで採掘された魔法金属を使用して、一種の工業製品とも言える魔道具、ゴーレムを作る町である。
薬師の工房は皆無とも言える町で、この奇跡的なポーションが登場したことで、帝国の薬師は多いに面目を失したことであろう。
薬師もゴーレム職人も同じ錬金術師の範疇にはいり、両者とも(神聖帝国以外では)社会的な地位も重要度も低いわけではない。
そして、優れた薬師は巨大な薬草園を運営し、希少な薬草を独自に育てるような工房を開くことすらあるのだった。
しかし、そうして生まれた魔法薬や、治癒魔法使いによる治療は難しいものになると、庶民にはとても手が出ないほど高価になる。そこに目をつけた帝国が、時々教会が抱えた治癒魔法使いが恩恵を庶民に与えると銘打って、無料で怪我や病気の治療を行い、他国から巡礼者を集め、布教の尖兵に仕立て上げていくのだ。
こんなものは帝国の人気取りの1つで、皮肉屋の冒険者などは「けが人千人あたり2~3人しか治してないってのに、見え透いた手に引っかかりやがって」と鼻白んでいる。
だが、実際にこのけが人治療で、正統アリステア教の信者が他の国にもバカに出来ないぐらいには広がっているのだから、侮れない。
フロリアも、アリステア神聖帝国に足を踏み入れてから、そうしたけが人の姿は多く見ている。
その気になれば彼らを片っ端から治すことだって難しくは無いのだが、トパーズに注意されるまでもなく、そんなことをすれば災いの元にしかならない。
そこでずっと巡礼者のことは見て見ぬふりをしていたのだが、そればかりではなく、今では怪我人が多いことを、自分たちが安全に町に入るための隠れ蓑にしている。
フロリアとしては少々居心地が悪い気分ではある。
こうしてゴーレム製造工房が花形である町に、伝説上の古代のゴレームを思わせるほどの超高性能なゴーレムの製造が可能な、それもたったひとりで可能な少女が訪れたのであった。
***
ペッピーノは、フロリアをアルジェントビルまたはアルティフェクスで見つけたら、ジュリアーニ商会のオズヴァルドに知らせるようにとの依頼を気安く請け負ったは良いが、それをすっかり忘れかかっていた。
オズヴァルドはこの国の生まれではなく、隣国のヴェスターランド王国から移住してきた男であった。ジュリアーニ商会という魔法金属を主に扱う商家に間借りをするような形で、ヴェスターランド王国の王都ヴァルターブルクのクラウス工房という単純な荷役用ゴーレムや各種の魔道具を作る工房の代理人として、魔法金属の仕入れを担当している。
アルジェントビル、そしてアルティフェクスは自国はもとより、他国から買付に来る商人が多いし、オズヴァルドのように他国の商会や大工房が専門の買付係を常駐させているケースもある。
そして、炭鉱で働く出稼ぎの労働者はもちろん、事故の多い坑道は奴隷が使われていることも少なく無い。
さらにこの町でだけ特に魔法使いが多く生まれるという訳でもないので、国中から魔法使い(特に金属加工をメインにした錬金術師系の)が集められるので、寄せ集めの町といった印象が強い。
そして、錬金術師は男女の比率は半々に近いが、それ以外の労働者として集められるのは基本的に男ばかりで、男女比がかなりいびつになっている。
それで割合に懐具合が暖かい連中が多いのだから、必然的に悪所が栄えるのだ。
ペッピーノはそうした悪所にへばりついて生きているような人間で、数ヶ月も前に頼まれたことを律儀に覚えているほど、生真面目ではないのだ。
普段からアルジェントビルの裏稼業の大物の1人である"デブのオラツィオ"というあだ名で呼ばれる娼館主の男に顎で使われ、小銭を稼いで居る男だった。
そうした男だから、そもそもフロリアがこの2つの町を訪れたとしても、恐らくは巡礼者か何かを装うと当たりがついていれば、ペッピーノに頼むこと自体、依頼したオズヴァルドのミスだったのだと言って良い。
にも関わらず、ペッピーノがフロリアを見かけたのは、かなりの偶然が重なった結果であった。
他の町から、娼館で働く女性を何名か連れて町を訪れる女衒を迎えに行ったペッピーノは、たまたま大門のところで、入城してきた父娘連れを見かけたのだった。
父親は背が高く頑強そうであったが目深にフードを被っていて、顔を隠している。娘は父親と同じコートをお揃いで着ていて、ひと目で巡礼者だと判る。
何時までも、アリもしないポーションなんぞを探してやってくる連中が居るものだ。
それにしても、娘の方はえらく上玉だな。まだ熟れてないが、あと数年も経てば、娼館の花形になれるぞ。
いや、今でももうその手の娘が好きな連中なら高値を出すやも知れねえ。
どうせ金の無い巡礼者だ。
父親に娘を売らないか、持ちかけてみても……、おっと、今は目の前の女どもをオラツィオんところに無事に連れて行くのが先だ。
ココまできて、大事な商売道具の女たちにになんかあったら、目も当てられねえ。
ペッピーノはひとまずフロリアのことを忘れる。
しかし、"銀色の髪の12歳ぐらいの少女"という情報が頭の片隅に残っていて、その夜になって、"あ、そう言えばオズヴァルドが探しているという小娘の特徴と一致するなあ"と思い出したのだった。
"だが、父親と一緒ってことはやっぱり別人か、それともどこかであの男に拾われたのか? どちらにしても、近頃ひまだし、ちょいと探りを入れても良いかもな。ホントに父娘だったとしても、娘を売らねえか持ちかけてる手もあるしな。かなり儲かりそうだ"
そして、とりあえずはオズヴァルドには報告しないことにした。
今の状況で報告しても小銭にしかならない。
オズヴァルドはフロリアをそれなりに真剣に探しているようであったので、うまくやれば、もっと大金になるようなネタなのかも知れない、とペッピーノは思ったのだった。
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