第76話 暗部の2人
3月を迎え、フロリアがようやく森を出て町に向かう気持ちになった頃、暗部の2人組、カルロとデリダは再びアリステア神聖帝国へと足を踏み入れていた。
他の"渡り"の工作員がアルティフェクスで慎重に聞き込みをしていたのだが、どうやらペッピーノは別に何も警戒されていないと確定できたのだった。
それで、フロリアの足取りを探索する役目が再び回ってきたのだった。
暗部の幹部は、「他に回せる工作員も居ないし、現在アルティフェクスで働かせている工作員はベテランだ。幾ら国王陛下の直接のご下知とはいえ、あやふやでいつまで掛かるか判らない案件に貼り付けておくのはもったいない」と判断し、ちょうど手の空いていた2人に再び同じ内容の指令が下ったのだった。
フロリアの価値を暗部の幹部が正確に把握していたら、エース格の"渡り"を大量投入してただろうが、このあたりは暗部のチグハグな部分が露呈している。
しかし、そんなことは関係ない2人は「今度こそ、立派に指令を達成して見せる」とおおいに張り切って、前回同様に商人の夫婦に扮することにして、国境を超えたのは3月20日のことであった。
この時点でもまだフロリアがアルティフェクスに到着していないことから、暗部では少女の一人旅だし、どこかで遭難したのか、災厄に巻き込まれたのか、それともそもそもアリステア神聖帝国には入国していないのか、という疑念が生まれていた。その事も本国がエース級を投入し続けることに消極的になった理由だった。
だがカルロとデリダにとっては、任務を果たすことだけが重要事項で本国の思惑まであれこれする余裕など無い。
「本国では色々考えてるみたいだけど、俺たちは遭難の可能性なんぞを思い悩んでも仕方ない。春になって雪が溶けて、死骸でも見つかったら、はっきりするけど、そうでないならフロリアは死んでいないという前提で動くしか無いんだ」
「それはそうだろうけど。だけど、どっか森の奥にでも彷徨い込んで遭難したんだったら、死体なんか出て来ないでしょ。
その場合、いつまでこの任務をすれば良いのさ?」
「そりゃあ、御頭がもう止めろ、と言うまでさ。
俺たちがやるのは、フロリアは生きているという前提で、全力で探し出すことだけだ」
こうして任務を再開したは良いが、聖都ホーリーアリストに着いて捜索をしてもさっぱり痕跡が掴めない。
フロリアが本当にアリステア神聖帝国に入国してアルティフェクスを目指すのなら、地理的にみて、この聖都に立ち寄っていない訳が無い。
とことん調べるだけだ。
そして、調査は思いも寄らぬところから進展を見せた。
3月20日になって、町に長逗留になりつつあるデリダが市場でパンを買っていて、その次いでに世間話をしていて、耳寄りな情報を掴んできたのだ。
最近、大門の広場からその近くのスラム街まではいかないものの低所得者層が集まって暮らしている下町で、顔役を気取っていたお兄さん達が手下たちの支持を失って、焦っているのだという。
「お姉さんも気をつけなよ。それで焦った連中が、手っ取り早く金になりそうな巡礼者を狙って悪さしているんだ。お姉さんなら高く売れそうだから油断していると攫われるよ」
「町の衛士は何をしているんですか?」
「その連中は、近くの教会の息がかかっているからねえ。腰が引けてるんだ。でも、やりすぎてるから、そろそろだと思うよ」
「そうなの。でも、何で手下が離反しているのかしら。その手の連中って上から見捨てられない限り、簡単に失脚なんかしないのに」
「大恥をかいたのさ。なんでも、可愛らしい女の子一人きりの巡礼者に3人がかりでちょっかい出したら、逆襲されて、森ん中で真っ裸で縛り上げられてたんだってさ」
「一人きりの女の子ですか?」
デリダの瞳がきらりと光ったが、市場のおばさんは気が付かなかった。
「ああ、そうだ。手下の悪ガキ共がそのちょっと前に、この市場でその女の子に絡んだら、逆にやられちゃってさ。私も近くに店を出してたんだけど、どうやって悪ガキ共をとっちめたのかさっぱりわからなかったねえ。
魔法かも、って言う連中も居たけど、くしゃみが止まらなくなる魔法って、お姉さんは知ってるかい?」
「さあ、聞いたことないわねえ」
「ともかく、それで悪ガキ共の兄貴分のお兄哥さんたちが出張って、その女の子を探し回っていたんだけど、見つからなくてさ。
もうこの聖都には居ないんじゃないか、って話になった頃に、ようやく女の子がまた大門から出ていくのが見つかってね。
すぐにチンピラっぽいのが3人、後を追って出ていったんだ」
「まあ。でも、誰もそれを衛士に伝えたりしなかったんですか?」
「誰だって、厄介事にゃあ巻き込まれたくないからね。その時点じゃあ、お兄哥さんたちは教会とも繋がっているって噂だし、女の子はなんだかんだ言ったって、この町のモンじゃ無いからねえ」
わかりきっていた返事だが、デリダは少々鼻白んだ。だが、それを相手に悟られるようでは暗部失格である。
「そして、お兄哥さんたちは使いっ走り代わりの悪ガキを1人連れてったんだけど、この悪ガキだけ帰ってきたんだ。
で、今度は数人でなんか荷物みたいのを抱えて、大門から出ていって、しばらくしたら、そのチンピラ3人が手ぶらで帰ってきたのさ。
どうしたんだろうねえ、って大門前の広場に屋台やら出している連中が噂していたら、しばらくしてから、そいつらは素っ裸にひん剥かれて、森ん中で転がされていたっていうことになったのさ」
「面白いですね。その女の子ってそんなに強かったんだ」
「ああ。やっぱり魔法使いだったのかもね。でも、何人もの大人をかすり傷1つ負わせずにやっつける魔法なんて聞いたことないしね」
「魔法使いなら、追いかけないんですか? アリステア様の神隷が自由に動いているって、この国では……」
「あのチンピラ共が衛士隊なりに訴え出れば、捜索もされるだろうねえ。でも、今言ったことは全部うさわ話だし、アイツラは絶対に認めないだろうしねえ」
「そういうことですか。で、それっていつぐらいの話なんですか?」
「本格的に寒くなる前だったから、11月の下旬に入った頃だったかねえ」
「分かりました。ありがとう、おばさん」
「あいよ、商売しに行くんなら、気をつけてお行きよ」
***
「11月下旬って、俺たちがアルティフェクスに居た頃じゃないか。道理であっちでは足取りが無い筈だ」
「まだ、その娘がフロリアだって決まった訳じゃないけどね」
「ああ、確認は必要だな」
カルロは、デリダの情報を確認するため、聖都の"根付き"に頼んでひと目につかない場所を確保して貰うと、下町の酒場に出没して、そのお兄哥さんたちというののボス格がルカという青年なのを突き止めた。
肩で風を切って歩いていたルカが、人気の無い場所で拉致されたのはそれからすぐのことだった。
暗部に古くから伝わる"お薬"で、すっかり素直になったルカは、カルロの質問に全て答えたのだった。
ルカは翌朝、市場の隅っこの路地で酔いつぶれていたのを発見されたが、前夜のことはすっぽり記憶が抜け落ちて居たのだった。
それだけなら良いが、その後、ルカはよく大事なことを思い出せなくなったり、時折めまいがして立っていられなくなったりといったことが続いて、チンピラたちの兄貴分という地位を失ってしまうのであった。
しかし、そんなことはカルロとデリダには関係ない。
「証言を聞く限りは、フロリアで間違いなさそうだ。従魔の黒豹が見当たらないのが気になるが、ビルネンベルクでもほとんどの市民は彼女に従魔が居たって気が付かなかったぐらいだというからな」
「それにしても、このことがおこったのがそろそろ丸4ヶ月も前よ。この後、フロリアはどうしているの? アルティフェクスに行ったのなら、とっくに向こうで見つかっているはずなのに」
カルロはそのことに答えず、聖都を出たのは確かなのだから、足取りを追って次の町に行こうというのみであった。
2人の頭には、少女が他国を一人旅していて、冬の寒さの中、遭難した可能性が浮かんでいたのだった。
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