第75話 モンブラン
そのシロフクロウは「ホウ」と一声鳴いて、フロリアの元に一歩近寄る。
トパーズは少し離れた場所で静かに見ている。
数分だったような気もするし、数十分かも知れないが、シロフクロウは少しずつフロリアの手が触れるぐらいに近寄ると、バタバタを羽ばたいて、少しだけ飛んで、フロリアの肩に止る。
器用に向きを変えると、その頭をフロリアの頬に近づけて、また「ホウ」と鳴く。
「従魔契約完了だな。良かったな、フロリア」
「トパーズ、なんでこの子を従魔に勧めたの?」
「自分で調べてみろ」
フロリアが、新しい従魔を鑑定に掛けようとするが、鑑定スキルを弾く。その上位スキルの解析も使ってみるがやはり弾かれる。
内心、驚いていると、トパーズから「そんなものを使わずとも、従魔なのだから自然と判るだろ。心を通じてみろ」と言われる。
「うん」
フロリアはシロフクロウに、あなたのことを教えて、と心の中で呟くと、自然とその情報が流れ込んできた。
「え、聖獣。この子が?」
「そうだ。まだこの世界に出現して間もないな。せいぜい100年程度か。だが、紛れもなく鳥の王だ。お主らが猛禽と呼ぶ種類の鳥なら、この白い奴の眷属みたいなものだ。猛禽の魔物も含めてな」
「……凄い!」
フロリアの驚きをよそにシロフクロウはまた「ホウ」と鳴くのみであった。
***
亜空間に戻ったフロリアは、トパーズからまずは名前をつけよ、と言われて頭を悩ますことになった。
「白……、白いふくろう、ホワイト、オウル……。なんか可愛くないなあ」
以前に、アシュレイが、フロリアにゴーレムの名前を付けさせたところ、リキシくんにトッシンと名付けて、アシュレイがとても悲しそうな顔をしたことがあった。
かわいいと思って付けたのだが、今にして思えば、ちょっとカッコ悪かったような気もする。
そう言えば、チカモリを離れて旅立ってからはなかなか登場の機会が無いが、ケンタウロス型ゴーレムを3頭作って、ケンタ、ケンジ、ケンゾウと名付けたときにもアシュレイは困ったような悲しいような顔をしていた。
とりあえず自分がネーミングセンスが良くないことをやっと自覚しつつあるフロリアは、この新しい従魔には師匠のセンスを借りることにしたのだった。
「トパーズは、瞳の色から宝石の名前を付けたのよね。だったら、この子は白いから白い宝石の名をつければ良いのか」
フロリアはトパーズから餌を分けて貰って、くつろいだ様子でついばんでいるシロフクロウを眺める。
白い宝石か。
真珠……。パールって感じじゃないなあ。
ホワイトトパーズ。ダメだ、トパーズと被ってる。
ムーンストーン。月長石だっけ。でも、この子のほうがもっとずっと白いなあ。
白い宝石って白というよりも、乳白色だから、雪のように純白なこのシロフクロウには似つかわしくない。
そこで宝石を離れて、白を意味する言葉を考えた。
「あ、そうだ。フランス語で白はブランだっけ。うん、ブランって感じ。ブランにしようかな」
ただ、何か素っ気ない気もする。名前は単純な方が良いが、あまりに素っ気ないのも可愛くない。何かもう少し継ぎ足せる言葉があれば……。
「決めた!! あなたの名前はモンブランね」
きっと、アシュレイが聞いたら、また悲しそうな顔をしたことだろうが、トパーズやシロフクロウには何も判らないので、特にリアクションもない。
モンブランはまた「ホウ」と鳴いて、それでこの名前に決まったのだった。
モンブランはまだ雛の時期を脱したぐらいの小鳥であって、残念ながらトパーズのように人の言葉を話すに至らないのだった。
「もう少し育てば、私のように話せるのだろうがな」
「もう少しってどれ位?」
「あと200年ぐらいといったところだ」
「……それじゃあ、私には間に合わないね。おしゃべり出来ないのか」
「ふむ。お前はすぐに死んでしまうのだったな。まあ、言葉が話せぬだけで、意志は通じるのだから問題あるまい」
「うん。でも、そんなに幼いのなら、お父さんやお母さんから引き離しても良いのかな?」
「お主がどこに居ようと、必要に応じて召喚すれば良いだけの話しだ。このフクロウは、ここから離れる必要は無かろう。それに、聖獣は親は居ないから、気にする必要はないぞ。私も親の記憶などない」
「それじゃあ、どうやって生まれてきたの?」
「そんなこと知るか。気がついたら、そこに居たのだ。我ら聖獣は、各々その種族の王なのだから一匹限りの存在だ。同属も居ない」
「そういえば、前にそんなこと言ってたっけ」
「うむ。だが、心配するな。眷属がどんな生き方をしているか見ているので、繁殖とは何かは知っている。ほれ、この前もお前を繁殖の対象に見て、性欲を抱いていた若いオスの人間のことを指摘したであろう」
「……その指摘はもう二度としなくても良いよ」
従魔契約を結んだ相手とは、相手が離れた場所、例えば生まれ育った森の中に居ても、遠くで召喚をすればそこに呼び出される。そして、仕事を終えれば、元の場所に送還されるのだ。
例えば、精霊たちはフロリアの召喚に応じて、精霊の里とも言うべき場所から来るのであるが、その精霊の里がどこなのか、魔法の研究者たちにとっては長年の謎である。
フロリアにとっては、その場所が判ることによって精霊の穏やかな暮らしが損なわれるかも知れないので、判らない方が良いと思っているし、そもそも人間の行ける場所なのだろうか、という気持ちもある。
モンブランも、精霊たちと同じく、普段はこの森で暮らして貰い、必要が有るときに呼び出すことにすればよいのだと言う。まだ小鳥の段階だと聞くと、生まれ故郷から引き剥がして、連れ歩くのが可哀想だ。
そう言えば、トパーズは常に自分と一緒で、生まれ故郷が恋しくないのだろうか?
フロリアが不思議に思って聞いてみると、トパーズは鼻にシワを寄せて「なんだ、私を帰らせたいのか?」と返される。
「そうじゃないけど、トパーズは寂しくないの?」
「別に。そもそも、アシュレイと会った時も、はるか昔に生まれた場所を離れて、あちこちを旅した挙げ句、たまたまあそこにちょっと長くいた時であった
まあ、私にとって時間というのはあまり意味は無いからな。お前たちに付き合うようになってから、そちらに合わせて「年」という単位を使うようになったが、その前は冬が何度ぐらい来たか、ぐらいしか把握して居らなかったわ」
「トパーズは生まれてから、何度ぐらい冬を過ごしたの?」
「さてな。まあ、お前が年取って死ぬぐらいの間なら付き合ってやるさ。大した長さじゃないしな」
「そう」
その夜、フロリアはいつものテントの中のベッドではなく、トパーズにしがみついて寝たので、トパーズは鬱陶しそうに何度も逃げようとしたのだった。
主のそうした姿をモンブランは、早速作ってもらった止まり木の上から、不思議そうな顔で見ていた。




