第72話 巡礼の父娘
まず、ルカから拘束を解いて服を脱ぐように命じると、
「こ、この、クソガキがああ」
ルカは殴りかかろうとしてきたので、やむを得ずもう一度縛り上げる。
フロリアは少し考えてから、精霊のザントマンをまた呼び出して、この人たちを眠らせて、あ、そこの子どもだけは眠らせなくてもいいや、と命じる。
そして、眠りこけたルカの拘束を解いて、少年にルカの服を脱がせろ、と命じる。
「さっきから何を言っているんだ、お前は? 俺が言うことを聞くとでも……、はい、脱がせます」
イキっていた少年だが、フロリアが収納から剣を出して、少年の周りに数本浮かべ、背中を突っついたら大人しく言うことを聞くようになった。ルカを裸に剥くと、また蔓草で拘束し直す(もちろん股間部からは目をそらしている)。
残り2人も1人ずつ、拘束を解いて裸にして拘束し直すという作業をして、最後に少年も自分で全裸にさせてから、蔓草で縛り上げる。
フロリアは、目当ての服を全部収納に仕舞う。下着は回収しないが、彼らに返すつもりも無い。穴を掘ると中に投げ捨てて、上から火をつける。数分燃やしてから土をかけて消火する。
少年は地面に転がされたまま、悔しそうな表情でフロリアを見上げる。
「お前、神隷だな。教会に言って、捕まえさせてやる。魔法使いは放っておくと碌なことをしねえって本当だな」
「勝手にすれば。俺とルカさん達は小娘に絡んだら負けて、森の中に裸で縛り上げられました、って言いたければ言えばいいわ。
あ、この蔓草はだいたい30分ぐらいで勝手に解けるし、眠っている人達もそのぐらいで目覚めるから、心配しなくても大丈夫よ。
今のところ、近くに魔物も野生動物も居ないし。でも、もし何かに襲われたら、不運だったと思ってね」
そう言い残すと、フロリアは街道に戻る道を去っていったのだった。
その夜。フロリアは、亜空間の中で回収した服を何度も洗って、どうにか我慢出来るレベルになると、魔法で十分に乾かす。
「そんなもの、どうするのだ?」
「トパーズの服だよ」
「何?」
「トパーズって大人の男の人に変化出来る?」
どうやら、あの東門の神父のような人は例外的で、きっとこの先も自分が1人で旅をしていると、狙われたり、絡まれたりすることが多そう。
そう思ったフロリアは、保護者を作ることにしたのだ。
「トパーズが大人の男の人に変化して、私はその子どもで、父娘で巡礼していることにしたいの」
「私はなんとかの谷がどうとかで、普通の人間から見ると恐ろしいのだろ」
「うん。不気味の谷は眼が原因だと思うの。眼さえ見られなきゃ、……そしてあまり話さなければきっと大丈夫だと思うわ」
「変なことを考えるものだな。化けるだけなら簡単だぞ」
そう言うと、トパーズは不定形になったとおもったら、青年の姿に変化した。かなりのイケメンで、堂々としている。
全裸で前を隠そうともしない姿に頬を赤らめつつも、フロリアは「お父さんというにはちょっと若いなあ。誰なの?」と聞く。
「アドだ。今頃はもっと年を取っているだろうが、私が知っているのはこのぐらいの年齢のときであったのだ」
「ふうん(アドって誰だっけ?)。ギルドマスターのガリオンさんになれる?」
「こんな感じか」
一瞬で見分けがつかないほどガリオンそっくりに変化する。
「うん。そんな感じ」
ただ、体格が良すぎて、服が合わないので、体格だけエッカルトも合わせ貰い、服を着せる。
そして、フロリアは布切れを出してきて、トパーズの顔面のうち右側の眼から右側頭部を覆うように包む。さらにマントのフードをかぶせて、左目も見えにくいようにした。
「猟師だったけど、獲物に逆襲されて大怪我。治して欲しくて、娘と一緒に巡礼している、という設定にするの?」
「鬱陶しいな、この布は」
「化けているときはとっちゃ駄目だよ。慣れて欲しいの」
「ったく。いろいろなことをやらされるものだ」
トパーズは嘆息した。
次の町に着いたときに、実験してみた。
町に入城する時にはこの神聖帝国でも鑑定水晶に手をかざすので、トパーズにはやらせられない。
ただ、ヴェスターランド王国と違い、身分証の提示はない。庶民が身分証明書を手に入れるには、商業ギルド、冒険者ギルド、錬金術ギルドの会員になるのがこの大陸では一般的だが、そのいずれもこの国では存在を認められていない。
他に教会が神父に発行する身分証ぐらいしかない。したがって、ほとんどの人間が身分証を所有しないし、提示義務も発生しないのだ。
だから、入城の際に必要になるのは、鑑定水晶に手をかざし、犯罪や治安の維持に係る重大な隠し事をしていないことを宣誓し、入城税を支払うことである。
この部分はヴェスターランド王国でも、このアリステア神聖帝国でも同じで、聖都ホーリーアリストでも同様な手順を踏んでいた。
ビルネンベルクを退去することになった"あれ"はフロリア自身は冤罪を被せられただけだと思っているので、特に良心に恥じることはない。なので、水晶に反応することはなかった。そもそも、町の大門に設置された水晶に付与された魔法程度なら、フロリアの隠蔽魔法と虚偽魔法で十分にごまかすことが可能である。
"トパーズだってかなりの隠蔽魔法は使うんだけど、獲物に忍び寄る時専用だからなあ……"
うっかりトパーズが水晶に手(前足)をかざしたら、どんな結果が出るか分かったものではない。
大門から離れて、路地に入り、他の人の視線の無いところに来ると、トパーズに出てもらう。もちろん、成人男性の格好だ。
「それじゃあ、お父さん。行こうか」
フロリアとトパーズは、魔物や野生動物の買い取り業者のところに行く。薬草は、その薬草を使う薬師や準薬師はすべて、帝国(教会)の傘下に強制的に組み入れられているので、教会が独占的に確保する。僅かに煎じてハーブ茶などにする野草が庶民の"取り分"である。
そして、魔物が持つ魔石も同様に教会のみが買い取りも流通も独占している。
しかし、魔物の素材のうち魔道具に使わないモノや野生動物の肉などは、一般の業者が扱っているのだ。
フロリアとトパーズはウサギ、あなぐま、地鳥などを買い取ってもらう。もちろん、収納スキルや魔道具の収納袋を使わないで、トパーズが肩から提げて持ってきたという体にしている。
「ふむ。新鮮だね。血抜きも良いし、きれいに倒しているから傷んでもいない。割りと高く買ってあげるよ」
商人はそう言うと、フロリアが薬草を教会に卸して入手していた金額の数倍ぐらいの買取金額を渡してくれた。
「巡礼かい?」
「はい。お父さんが、猟をしていて、魔物にやられたんです」
「そうか。怪我を治してもらえると良いな。アリステア様のご加護を」
「アリステア様のご加護を」
商人はトパーズの顔の半分を布で覆い、残り半分もフードを目深に被って隠しているという格好にも、別に不審を抱くことは無かった。
怪我をした巡礼者など珍しくもない存在だった。
……。
「フロリア。何故、先程町中で治癒魔法を使ったのだ?」
トパーズが不思議そうに聞いた。フロリアは町から出る前に、巡礼者が溜まっているところに行って、無言で薄い治癒魔法を周囲に無差別ににじませながら、しばらく歩き回ったのだった。
「うーん。良心の咎めかなあ。傷ついた人たちのお陰で、私達は安全に猟師に化けられたのだから、何かお返ししようかな、とって思ったの。
もちろん、あれぐらいじゃ巡礼者になるような酷い怪我が治る訳じゃないし、治るほどの治癒魔法を使ったら目を付けられかねないから、自分の気休め程度の偽善だって言われちゃったらそれっきりなんだけど……」
聖獣のトパーズには、善行という概念はぼんやりと判らないではなかったが、偽善という概念は皆無で、フロリアが何を言っているのか、よく判らなかった。
「アシュレイと同じく、人間のやることは時々、意味が分からぬ。ともあれ、それでフロリアの身に危険が迫るようなら、私は遠慮せぬぞ」
いつも読んでくださってありがとうございます。




