第7話 レソト村にて2
フロリアがレソト村に到着したのは、そんな会話があってから、少し経ってからであった。村人が怖がるので、トパーズはいつも通り影に潜んでいる。
旧来の村人たちと村長との話し合い(?)の後で、村人たちはうまく言いくるめられたような気持ちながら、それぞれ農作業や家事に散っていった。そのすぐ後にフロリアがやってきたのだ。
丸太を並べた村の柵の外に畑があって、そこで農作業をしていた村人をフロリアは見つけて、「こんにちは」と声を掛ける。
「あ、……ああ、こんにちは、お嬢ちゃん」
知り合いの村人のおじさんがなんだか奥歯に物が挟まったような口調で挨拶を返す。
「おい、フロリア。何か嫌な気配があるな」
珍しく影からトパーズがささやく。確かにフロリアもおじさんの態度にいつもと違う、変な感じがしていた。
ただ、村人がアシュレイの死について何も言わなかったのは幸いだった。彼らはフロリアに何と言えばよいか分からないので、何も言わなかっただけなのだが、もしこの時点で下手なことを言っていたら、トパーズにこの村はアシュレイの死に関して何らかの責任があると判断されていた可能性が高い。そうなれば……。
村人も釈然としないものを感じつつも、村長の意見通りにする方向に傾いていた。あの若造の言い分には胡散臭さは感じているのだが、アシュレイ様がいなくなったばかりか、フロリアのありがたい魔法まで失うことを惜しんでしまったのだ。
あまり他人が訪れることすらない僻村に住み、慎ましい人生を送っている人々であっても、世間では治癒魔法が如何に貴重で、"金になる"代物であるがという知識はあったし、それを自分たちで格安で独占したいという気持ちもあったのだ。
"なに、新村長だって胡散臭く見えると言っても、なにかしでかしたわけじゃあるまいし、何と言っても前のカール村長が連れてきたんだし"
村人たちは互いにそう言い聞かせていた。
村を訪れた時にはいつも、まず村長に挨拶をしてポーションを幾つか渡してから、怪我や病気をしている村人のところを廻って治癒魔法を掛けて、代わりに穀物や日用品などを貰う、というものだった。
今回もまずはそれに従い、フロリアはまずは村長宅へ。
この規模の村では柵の入り口を守り門番を置く余裕はない。昼間は農作業に出る村人たちの為に開けっ放しで、日没とともに門を閉じる。不用心なようだが、割りと一日中、門の近くで子どもたちが遊んでいたり、おかみさんたちが門の近くの井戸の周辺に居たりして、意外と人の目が途切れないので、そこまで危険はない。
村に入ると、いつもと同じように子どもたちが走り回っていて、村長宅に行く途中の家の前には顔見知りのおばあさんが日向ぼっこをしていて、フロリアは「後で顔をだしますね」と挨拶する。
おばあさんは「ああ、お嬢ちゃんかい、昨日も会ったねえ」とニコニコ笑っている。
前回よりも痴呆が進んでいる感じだと、フロリアは思った。
村長宅まで歩いて、中に向かって「こんにちは!」と声を掛ける。
おじいさんのカール村長は先日、亡くなったが、数ヶ月前から顔を見かけるようになったベンさんという人が顔を見せた。丁寧な口調で話す人だが、フロリアはどうもあまり好きになれない人である。
ベンはフロリアを見ると破顔して「やあやあ、探していたんですよ。よく来てくれました」と自宅に招きいれた。
中には、やはりしばらく前から見かけるようになった男が数人。いずれも雰囲気がちょっと怖くて、フロリアは躊躇する。
怖い男の人というなら、以前から村に居る農民のおじさんの中には碌に口も聞かないで、いつもムスッと不機嫌そうな顔をしている大男も居るのだけれど、そういう人は別に不快感を感じない。
そのフロリアの感情が伝染して、トパーズはちょっとイライラしてくる。
その気になればオーガでも瞬殺出来る戦闘力をもつフロリアが、こんな弱い奴らに怯えているのが、トパーズにはもどかしいし不可解でもあるのだ。
アシュレイはトパーズの姿をレソト村の村人達が怖がるから、という理由で極力見せないようにしていたし、フロリアもそれを踏襲していた。
「君のことを探していたんですよ。ええと、お名前はなんと言いましたっけ?」
「フロリアです、ベンさ……」
「村長と呼べ! たかが小娘が偉そうにしてんじゃねえ、てめえ!!」
フロリアの言葉を遮って、男の1人が怒鳴る。この男の流儀では子供とは怯えさせて言う事を聞かせるものであって、ベンの物腰の柔らかな態度は生ぬるい、と思っているのだ。
「まあまあ、そんなに最初から責めるものでもありませんよ。フロリアさんにはゆっくりと覚えて貰えば良いのですよ。
さ、とりあえず中に入って、こちらに腰掛けてくださいな」
と、もの慣れた様子で、広い玄関ホールの脇の方の応接スペースの椅子を示す。
ただ、その周囲にも人相や目つきの良くない男が数名いて、先程怒鳴った男も居るので、フロリアとしては近寄りたくない。
「ほらほら、あなたが脅かすから怖がってしまったじゃないですか。なに、みんな慣れれば、気の良い人ばかりなんですよ。
ところで、アシュレイさんは如何されましたか? 先日、この村の猟師が森の中で、アシュレイさんの家の方角に煙を見て、様子を見に行ったら、家が燃えてしまっていたということなのですよ」
「お師匠様は亡くなりました」
「ああ、やはりそうでしたか。おいたわしい。あなたはどこに居たのですか? もしかして、一緒に焼かれてしまったのでは無いかと心配して、火事の後を探したりしていたのですよ」
焼け跡を捜索したような跡も足跡も無かったな、とフロリアは思いながら、「何日か森の奥に行っていたのです。薬草を探しに」と答えた。
「おお、それはそれは。まだ小さいのにしっかりしていますね。で、薬草を探していた、ということはあなたもポーションが作れるのですか」
ニコニコしているベンの細い目がその時だけ、異様な光を帯びたのにフロリアは気付いた。
「いえ、私は造りません。お師匠様の使う分をとりに行ったのです」
「何だ、使えねえな」とまた男の1人がボソリと言う。
「そんな言い方をするものではないですよ。それでは、もうポーションは手に入らないのですか。でも、あなたは魔法が使えますよね。治癒魔法もそうですし、この前は土魔法や草木魔法で柵の修理を手伝ってくれたし。あ、そうそう、以前に村を訪れた時に手ぶらに見えたのに何処かからポーションを出して、食糧をしまってましたね。あれは、収納スキルですよね。それとも収納袋の魔道具をお持ちなんですか」
「それは、答えなきゃいけないんですか?」
「聞かれたことには素直に答えろ!!」と男が怒鳴る。
その怒鳴り声のたびに体が硬くなるが、どこか"ああ、昔、お兄ちゃんが言っていたこれは良い警官・悪い警官ってやつなのかな、役割分担しているんだろうな"などとも考える余裕もあった。
「お師匠様から、自分の魔法のことはできるだけ喋っちゃいけないと言われていますので」
「ああ、そうですか。でも、ここに居るのはあなたの家族みたいなものだから、あまり心配しなくても大丈夫ですよ。
ま、おいおい、教えてもらいましょうか。
さ、それよりもまずは楽にしてくださいな」
「村を廻って怪我をしている人を治療してきたいんですが」
「それなら後でも良いじゃないですか。それより、収納袋の中に予備のポーションはありませんか?」
自分がポーションを作れないと言った以上、自宅が燃えてしまったことをしっている村長達にポーションを出すと不自然であろう。
「ポーションは持っていません。自分が怪我した時には自分で治せますから」
「ほう。大きな怪我だとそれじゃあ厳しいでしょう。ポーションがあれば、万が一のときでも安心できるでしょうに。それとも、大きな怪我でも治せるぐらい、あなたは治癒魔法の腕が良いのですか?」
いつも読んでくださってありがとうございます。