第69話 聖都にて1
市場には何軒か古着屋があったが、フロリアの背丈にあう冬用の外出着は適当なものが無いし、そもそも相場が高すぎる。
他の素材を売るか、魔道具が売れれば問題ないのだが、魔法使いを搾取することが国是のこの国の首都でそんなことをするほど、さすがのフロリアも呑気では無かった。
「あ、そうか。自分で毛皮から防寒着を作れば良いんだ」
店頭に飾られた、暖かそうな毛皮のオーバーを見ていて、フロリアは気がついた。
魔狼ならけっこう良さそうな毛皮をしている。
いつもは肉も食べないので、魔石だけとって後は燃やすか埋めるかだったが、2~3頭捕まえて毛皮を剥ごう。
毛皮にするのに、どんな工程が必要なのかフロリアは良く分かっていないが、創造魔法が使えるので、効率は悪いが魔法のゴリ押しでなんとかなる筈である。
「うん。それが良いな。良し、郊外の森に行ったら、早速狩りをしよう」
そう決めると乏しい懐具合を気にしながら、町を散歩していても楽しく無い。
早速、町の外に出よう。
そう思ったところで、声をかけられる。
「おい、お前。ちょっとツラ貸せよ」
振り向くと、フロリアよりも2~3才ぐらい年上の少年が3名。ニヤニヤ笑いを浮かべて雰囲気が悪い。
「お前、さっき教会で薬草売ってただろ。薬草が良く採れる場所を教えてやるよ。俺らの仲間になれ」
リーダーらしい少年が笑いながら、そんなことを言い出す。乳歯が生え変わるという年齢は過ぎているだろうに、前歯が一本抜けている。
「私は巡礼の途中なんです。すぐに町を出ていきますから」
「巡礼? そんなもん止めちまえよ。ここで俺らと暮らせよ」
リーダーが話している間に残り2人の少年はフロリアの左右に回り、囲む体制になる。
フロリアは、この宗教国家の首都で巡礼という行為を鼻で笑うような少年の言動に興味を覚えたが、さすがに彼らについていくつもりは無い。
「あなたたちも薬草を教会に引き取って貰っていたみたいだけど、巡礼じゃ無いの?」
何がおかしいのか少年たちは爆笑する。
ひとしきり笑ってから、リーダーの少年が答える。
「巡礼だよ。だけど、ちょっとばかし長くこの聖都で過ごしているんだよ。――いいか、田舎者。せっかくだから教えてやる、お前みたいなガキが1人で薬草を持っていっても、あの神父はまともな値段で買い取る訳ねえんだよ。
俺らの兄貴のルカさんは、あの神父と話をつけているから、その息が掛かっている俺らだけはまともな値段で買い取って貰えるんだ。
それだけじゃあねえぞ。ちゃんと寝るところに飯までありつけるんだ。お前だって、俺らの仲間になればそうなる。その代わり、まあ色々とやってもらうことはあるけどな。
さあ、一緒に来な」
少年がフロリアの手首を掴もうとする。
「トパーズ、暴れちゃ駄目よ」
フロリアは小声でトパーズを抑えると、少年たちの顔を覆うような空気ボールを発生させる。その中には粉末にした唐辛子を混入させる。
以前にニアデスヴァルト町でやはり難癖を付けられたときに有効だった手段だ。
効果はてきめんで、少年たちはいきなり派手なくしゃみをしながら、地面に座り込んだり、のたうちまわったりし始める。
市場で買い物をしている市民たちは、フロリアが少年たちに絡まれているのを見ても別に助けに入ろうともしなかったが、その代わりにこうして少年たちが逆襲されても特にフロリアを咎めることもしない。
ただ、誰かがボソリと「あれ、なんかの魔法じゃねえのか」と言うのがフロリアの耳に入る。
まずい。
魔法使いだとバレるのは、この国ではとてもまずい(らしい)。
フロリアは早足でその場を離れ、大門まで一直線。途中から小走りになる。
幸いにも衛士などが追いかけて来る様子はない。
町の大門の門番は、あまり仕事熱心ではなく中途半端な時間に1人で町を出ていく少女に特に何も尋ねることは無かった。
「なんか、前もって聞いてたのと違ったね」
フロリアは森に向かって歩きながら感想を漏らす。
正統アリステア教の教皇でもあり、祭祀王でもある教皇皇帝を頂点にした強権的な社会で、生活するには息苦しいし、魔法使いには厳しい社会ではあるが、治安は良いのだとおもっていた。
しかし、この手のチンピラもどきが割りと大っぴらに首都(聖都)の市場で好き勝手なことしているとは……。しかも、市民たちの様子を見ると、どうやら割りとありふれた出来事のようだ。
「そんなに興味があるなら、ついて行って見れば良かったではないか。まあ、あの者たちはフロリアに対して、性欲しか感じさせなかったがな」
「せ…!。そんなこと、言わないで」
フロリアは頬を赤く染める。
もとより美しい少女であったが、この数ヶ月の間に背がまた伸びて、美しさがおおいに増していた。
銀色の髪に灰色の瞳。
肌は透き通るように白いが、病的な印象はない。紅を引かなくても、赤く濡れた唇が扇情的ですらある。
それでいながら、彼女が召喚する精霊たちの雰囲気にどこか似ていて、神秘的な雰囲気もある。
トパーズのような聖獣は、半ば自然発生的に生まれ、不老不死に近い上に基本的に同種が居ないので、繁殖のための性欲は持たない。
しかし性欲の存在そのものには、使役している多くの眷属が発情期になると、頭の中がそれで一杯になることは判っているし、理解もある。
「ま、人間の発情は年中だし、他の欲望と混ざってわかりくいことが多いのだが、あの若いオス達は若いだけあって、あからさまだったな。元気なのは良いことだ」
「……。トパーズ、あの人たち、私を兄貴分のええと、……ルカとか言ってたっけ。その人に差し出そうとしていたんだよ」
彼らの目的は親分への献上物で、自分のメスを狙うオスではなかったではないか。
「ときにフロリア、あの若いオスたちに教会からずっとつけられているのに、気づいていなかったな。また注意がおろそかになっているのではないのか?」
「ぐっ……あの町って、変な気配の人が多くて分かりにくいんだよ。魔法使いと思しき人も結構居たけど、なんか霞んでいるというか意識がしっかり定まっていないというか。それにあのビルネンベルクのお爺ちゃんの神父みたいに何だかまともに察知してるとこっちの頭がおかしくなりそうな気配も散らばっているし。
探知魔法は使ってはいたけど、あんなところじゃ、とても本気で使えないよ」
「ふむ。不要な感触は切り捨てれば良いだけなのだが。まだまだヒヨッコだな、フロリアは。
それに、お主の探知魔法がちゃんと働かなかったのは、心が乱れていたからだ。多くのけが人を見てな。目立ちたくないのだろ、余計なちょっかいは出すなよ」
「判ってるよ」
怪我や体の欠損を抱えて、それをなんとかするためにこの国を訪れた巡礼が、そこかしこで目につくし、そのたびに自分の治癒魔法なら、と思ってしまうのだ。もちろん、全て無視するとあらかじめ決めてあった。この国で魔法使いとして目立つ危険は冒せない。
トパーズと無駄話をしながら、フロリアは森の奥に歩く。人口の多い帝都だけあって、けっこう森の深いところまで潜っているのに、周囲にぼちぼち人の気配が漂っているので、トパーズは影に潜んだままだ。
従魔使いは魔法使い(ときに魔力持ちレベルでも従魔契約が出来るケースがあるが)の証拠みたいなものなので、トパーズの存在を知られるのもまずいのだった。
「それにしても、魔狼いないなあ……。やっぱり人が多いと出て来ないのかな。もしかして、森を出て街道に行ったほうがいるとか」
「日が落ちれば出てくるさ。せっかちだな、フロリアは」
「夜はぐっすり寝たいもん。誰かが狩っておいて呉れれば良いんだけど」
「精霊共は狩りなんぞやらぬのだから、それは私にやれという意味か? めんどくさいのでやらぬぞ」




