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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第5章 アリステア神聖帝国へ
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第68話 聖都到着

 ヴァルターランド王国の国王直属の密偵組織"暗部"では、任務を帯びて国内各地や他国を渡り歩く密偵を"渡り"、その土地に定住して場合に寄っては親子代々に渡り情報収集の任に就く密偵を"根付き"と呼んでいた。

 今回は、フロリア発見の任務を命じられた"渡り"は男性のジャン、女性のデリダの2人であった。2人ともまだ20歳を迎えていない若い渡りである。任務自体は危険を伴うものではないことと、フロリアから信頼を得るには年齢が近いほうが良いだろうという配慮から選ばれたのであった。

 彼らは駆け出しの商人夫婦という設定で、工房都市アルティフェクスを目指して、アリステア神聖帝国に潜入したのは9月3日のことであった。フロリアが帝国行きの街道沿いの町で足取りが確認されてから6日後のことで、その迅速な対応ぶりはさすがに国王直属の組織ならではの実力を感じさせるものであった。


 工房都市アルティフェクスは、アシュレイの遺書に記されたコッポラ工房(現在では親方が入れ替わり、パレルモ工房という名前に変わっている)がある町である。

アルティフェクスは、すぐ近くの鉱山都市アルジェントビルと兄弟のような関係にある。

 アルジェントビルの鉱山はゴンドワナ大陸で最も魔法金属の産出量が多く、特にオリハルコンは、ここが全産出量の98%以上を占めているのだった。

 そして、アルティフェクスは、その魔法金属を使用する魔道具やゴーレムを生産する工房が立ち並び、その中でもパレルモ工房(コッポラ工房)は特に土木作業や開墾などの重労働を行うゴーレムの生産で諸国一と言われる工房であった。

 今から25年以上前、それまで中堅工房であったコッポラ工房が突如として画期的な性能を持つゴーレムを生み出すことに成功し、帝国を代表する工房に飛躍したのであった。


 当初、市場に出たケタ外れの性能のゴーレムはほぼすべて帝国内部の王族や大貴族(どちらも教会組織と一体化している)、それから軍が独占し、いわゆる民生用や他国への輸出用はもっと性能を落したゴーレムが提供されたのだった。それでも他国の工房では、コッポラ工房の廉価品にすら到底及ばず、他国はアリステア神聖帝国の無茶な外交的要求を呑んでまで、その廉価品を入手するしか無かった。

 ヴァルターランド王国でも魔法金属とゴーレムを入手するために、仮想敵国であるアリステア神聖帝国の国教、正統アリステア教の教会を主要な町に設置することを認めざるを得ず、遂にはビルネンベルクのような田舎町まで教会が設置され、老神父が派遣されていたのだった。


 アリステア神聖帝国を訪れる他国人は大きく分けると、正統アリステア教教徒を信奉する(という触れ込みの)巡礼と、帝国産の魔道具や魔法金属などの素材を取引する商人になる。

 工房都市アルティフェクスは巡礼路から外れているし、工房が集まった都市であるので、ジャンとデリダは年若い商人夫婦に扮したのであった。

 この都市にも暗部の根付きの密偵がいる。

 他国人向けの宿屋「緑亭」を経営するカルロである。

 ジャンとデリダは、この緑亭を根城にパレルモ工房(コッポラ工房)を見張り、フロリアが工房を訪問したら、接触を図る予定である。


 アシュレイの遺書には彼女が当時のコッポラ工房で働いていた事を、その唯一の弟子に語っていないようにも読み取れるのだが、それでも6年もの間、2人で暮らしていたのだ。

 昔話としてアルティフェクスの思い出などが語られていたかもしれない。

 それに何と言っても、この2人は一緒にゴーレム研究を行っていたのだ。

 たとえアシュレイが何も言わなかったとしても、アリステア神聖帝国を訪問したからには、大陸一のゴーレムの生産地である町とその町の著名なゴーレム工房を目指すのは自然なことに思えた。

 暗部は、遺書をはじめ様々な条件を検討した結果、そのように判断して、ジャンとデリダを工房都市に送ったのだ。


 さて、肝心のフロリアとトパーズであるが、実のところアシュレイからアルティフェクスに関しても、コッポラ工房に関しても、何も聞いていなかった。それはアシュレイにとってアルティフェクスでの生活は思い出したくもない忌まわしいものであったからだった。

 だからフロリアは、ビルネンベルクに出てから、アリステア神聖帝国やゴーレムに関して多少の情報収集を行ったのだが、その情報源がクリフ爺さんあたりだったので、ゴーレムの名産地の話など出ることは無かったのだった。


 フロリアは「まあ、とりあえず首都に行ってみれば、なんか判るんじゃないかなあ」と単純に考えて、聖都ホーリーアリストを目指していた。

 クリフ爺さんから「巡礼で帝国の領内に入る人間向けに、巡礼路なら他の国のお金も使える」という噂を聞いていたのだが、残念ながらフロリアの財産のほぼすべては今となっては引き出すこともできない冒険者ギルドの口座の中に入っている。

 つまりは旅費を稼がなくてはならない、ということで、おなじみの薬草を採取して売却するという方法をとることになった。

 

 しかし、帝国内には冒険者ギルドの支部はない。ゴンドワナ大陸の数多くの国の中でも唯一、このアリステア神聖帝国のみはギルド支部を持たないのだ。

 冒険者ギルド、商業ギルドの本部が置かれた自由都市連合の盟主である町フライハイトブルクは、正統アリステア教が異端と断じてやまない西方アリステア教の本山があり、大陸中の多くの国々ではその西方アリステア教の方がよほど信者が多いし、社会的な影響力が大きい。

 西方アリステア教は帝国国教である正統アリステア教にとっては眼の上のたんこぶ的な存在で、互いに深く憎しみあっている。

 

 そういう訳で冒険者ギルド支部も排除されているのだが、それでは薬草採取をしても仕方ないのかというとそんなことも無く、教会が買い取り窓口も兼ねているそうだ。

 教会に薬草を買い取ってもらうのは、巡礼者にとって路銀を得るための最も一般的な手段でもあるのだ。

 ビルネンベルクの老神父に悩まされた後で、再び教会と関わりを持つというのは、フロリアにとっては心理的ハードルの高いものだったが、とりあえず現金が欲しい。

  

 フロリアはビルネンベルクでの経験から、収納スキルを付与した鞄という設定は捨てて、ごく一般的な量のみを売却することにした。

 多くはヴァルターランド王国で採取したものなのだが、もちろんこのあたりには無いような希少な品種を出すようなヘマはしない。


 ごく一般的な種類の薬草をごく一般的な量だけ。


 その結果、フロリアは普通に薬草採取で生活していくって大変なんだなあ……と、代金の小銭を握りしめながら実感することになったのだった。


 それでも彼らは着実に歩みをすすめ、フロリアとトパーズは11月10日にはアリステア神聖帝国の帝都である聖都ホーリアリストに着いたのだった。


 それよりも一ヶ月も前の10月1日には、アシュレイの遺書の精霊文字を翻訳したことで内容を把握しているクラウス工房の召喚術師ランベルトは、帝都から離れた鉱山都市のアルジェントビルに在住する工房の代理人オズヴァルドに、少女の錬金術師が訪れたら確保することを手紙で依頼していた。しかも、経過報告や結果についてはすべてランベルトにのみ行うようにという依頼内容で、もちろん根っからの商人であるオズヴァルドは、危ういが金の匂いのする案件だと看破していた。

 工房の親方であるクラウスに秘密にしたままでおこなっていることで、完全にランベルトの暴走なのであるが、これが国王側に知られると、クラウス工房自体の存続の危機になりかねないのであった。


 そして、暗部の渡りの2人がアルティフェクスの根付きのカルロの緑亭に投宿したのは11月15日。

 これですら、ずいぶんとゆっくりした旅程であるが、カルロにはすでにフロリアの特徴を知らせてあり、発見した場合にはすぐに本国に通報するように命じてある。

 それで、ジャンとデリダの2人は、主要な町を巡ってフロリアの痕跡が無いか探りながらの旅程であったのだ。

 

 フロリアが巡礼者を装うことは、暗部でも予測していた。したがって、アルティフェクスまで行き着かないうちに発見出来るのではないか、と楽観視する向きもあったのだが、その見込は完全にはずれていた。


 亜空間持ちというフロリアのスキルを知らない暗部では、彼女がそんなゆっくりとした旅程を取るとは思っていなかった。魔力は使えても、世間知らずの少女に過ぎないフロリアでは野宿を重ねて旅をすることは難しく、だから巡礼路の町の安宿をある程度、網羅的に調べれば足跡を見つけ出せる筈と計算していた。


 フロリアは、薬草の買い取りと、その代金で軽く食料を買う程度でしか町に滞在せず、もちろん宿に泊まることなど無かったので、宿を中心に探していた暗部では発見できなかったのだ。

 

 フロリアは自分が犯罪者扱いされているとは思っていたが、他国にまで追手が掛かるほどだとは思っていなかった。だから、こうしてやたらとのんびりした旅程を取り、町にも必要最小限しか立ち寄らかなったのは単なる偶然、特に身を隠す意図は無かったのだが……。

 

 ある程度の時間を費やしても足跡をつかむことが出来なかった暗部の2人はやはり当初の計画通りに工房都市アルティフェクスに向かうことを決定。

 聖都も一通りの探索を終了して立ち去ってから、入れ違いのようにフロリアが到着したのだった。


 聖都にももちろん、暗部の根付きは住み着いているので、彼らにフロリアの探索を命じておけば、発見したかも知れない。

 しかし、なるべくフロリアを探していることを多くの人間に知られたくはない、というこの2人を派遣した暗部の幹部の意向もあって、その情報は聖都の根付きにはもたらされることが無かったのだった。


 暗部内部の密偵の間のことなのだから、情報が拡散する心配をするのもおかしな話なのかも知れない。

 だが、暗部の中にも出世争いがあり、国王が大きな関心を寄せている案件で誰が手柄を立てるのか、というのは中々大きな問題なのである。

 万が一、根付きが敵に確保され尋問された際に知らないことは話すことが出来ない、という理由づけが出来るため、目的地と覚しきアルティフェクス以外の根付きには何も知らされていなかったことは糾弾出来ないのであるが……。


 ホーリーアリストはさすがに帝国の首都だけのことはあり、巡礼者の採取した薬草を買い取る教会も複数あった。

 フロリアは町の大門を入って少し歩いたところにある立派な教会の裏門で、行列についている巡礼者達の後ろに並んで、順番待ち。ようやく薬草を買い取ってもらったが、ビルネンベルクの相場の半額にも満たなかった。ただでさえ、納品量を減らしているのに、単価が半分以下となると……。

 僅かな硬貨を渡されて、フロリアは情けない表情でそれを握りしめることになるだけである。


 ヴァルターランド王国よりもさらに北よりのアリステア神聖帝国は冬の寒さが厳しい。 すでに11月ともなればかなり冷え込むのだ。

 フロリアは収納の中に前年までアオモリで着用していた防寒具はもちろん持っているが、この国の冬に耐えられるかちょっと不安であるし、そもそも少し小さくなっている。


「せめて布地でも買えれば自分で作るのに」


 壮麗な教会建築が立ち並ぶ古都に到着しながら、フロリアの頭に浮かぶのはそんなことばかりであった。


いつも読んでくださってありがとうございます。

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