第66話 ギルド証を無くす
きっとかわいいに違いないのに、顔を隠すようにしている娘は、ギルド証を窓口に出すと「5銀銭、出金してくれ」と言う。
声も可愛いのに、なんか偉そうだ。
窓口係の女性は、受け取ったギルド証を調べるための魔道具にかざす。
"え? ずいぶん遠くから来てる、子どもなのに。お金は問題無く出金できる。幾ら入っているかは窓口係の権限では見ることができないけど。
それに一度、何かの理由で資格と預金が凍結になっているのに、すぐに凍結解除になってる。何をしでかしたんだろう。
いや、ホントに何かしでかしたんなら、すぐに解除にならないか。
……ええと、メッセージがあるな。なになに……。え、驚いた。メッセージの発信主は王都支部のギルマスじゃない。この娘、何者?
他者に悟られないように十分に注意しつつ、ギルドマスターと面会させよ。ギルドマスターには別途、ギルドマスター権限で閲覧出来る情報を送付している、か。
窓口レベルでは知ることもできない秘密って……"
「あ、ちょっとまって。お金を出す前にギルドマスターが会って話があります」
窓口係は興味津々で、その娘のフードの下の顔を覗き込みながら話す。
やっぱりかわいい顔立ちをしていてあどけないぐらい。でも、眼が印象的な……、
その少女と目があった瞬間、窓口係の全身がゾワッと粟立つ。
そこに居るのは、間違いなく人の姿をしているのに、人では無かった。
人外の……何か。その異様な瞳がギラリと輝く。
「キャアアア!!」
窓口係は、叫びながら、窓口から逃げようとして椅子から転げ落ち尻餅をつき、その拍子に持っていたフロリアのギルド証は手から離れ、床を滑って、事務所の奥で止まる。
窓口係の悲鳴で、ギルド内にたむろしていた冒険者が数名立ち上がる。
「お前、何をしやがった?」
トパーズはフロリアから、たとえ出金出来なくてもギルド証は持ち帰って欲しいが、そのためにギルドの人を傷つけるぐらいなら放棄して、と言われていた。
窓口を乗り越えて、事務所内でギルド証を回収してからでも逃げられるが、その場合は冒険者たちが出入り口を塞ぐだろうから蹴散らさねばならないだろう。
一瞬で判断したトパーズはもはや窓口係にもギルド証にも目もくれずに、身を翻すと冒険者達の動きよりも早く、影のようにギルドの出入り口から脱出していた。
「追え、逃がすなあ」
冒険者達が後を追って、建物から道にでるが、その僅か2~3秒のタイムラグの間に娘の姿がかき消えていたのだった。
「馬鹿な。隠れるひまなんて無いはずなのに」
「遠くには行ってないぞ。探せ」
――シルフィードを出して、ギルドの建物の外まで偵察させていたので、出金に失敗したことは、すぐにフロリアに伝わった。
すぐに町から出なきゃ。
いま入ったばかりの大門から出ていこうとする少女に門番は奇妙な顔をしたが、「そとに忘れ物をしていたんです」と変な言い訳をして、フロリアはさっさと出ていったのだった。
その数分後、大門に駆けつけた冒険者は門番に、いま少女が出ていかなかったか尋ね、「ああ、今さっき、入ったとおもったら出ていった娘がいるよ。銀色の髪の娘だ。まだその辺に居るだろうよ」という返事を受け取った。
しかし、続いて大門を出た冒険者はフロリアを発見することができなかった。
トパーズはとりあえず建物の影に潜んでいて、ひと目が途切れた隙に城壁を飛び越えて、数時間後にはフロリアと打ち合わせた地点で合流したのだった。
***
その町のギルドマスターは、ビルネンベルクのガリオンのような冒険者上がりの肉体派ではなく、ギルド職員を数十年勤め上げて、事務処理能力を買われてギルドマスターになったのであった。書類仕事は得意なのだが、あらっぽい冒険者の対応は不得意。
痩せた小心者だが、交易隊の護衛の冒険者が立ち寄る程度の町なら問題なく運営できていた。
階下から聞こえてくる、窓口係の叫び声と冒険者達の怒鳴り声。
何事かと、そのギルドマスターが2階の執務室から出て階下に降りると、窓口係の女性が同僚に助け起こされているところだった。
話を聞くと、どうやら訳ありっぽい見習い冒険者が口座から出金しようとしたのだが、妖しい者で窓口係が騒ぐとすぐに逃げていったということらしい。
「あ、これがその見習い冒険者のギルド証ね」
職員が事務所の床に転がっていたギルド証を拾って、ギルドマスターに渡す。ギルドマスターは職員からも軽く見られていて、口調はぞんざいであった。
「そう言えば、そのギルド証にはギルマス権限で閲覧できるメッセージが紐付けされてたっけ」
そう聞いたギルドマスターは、窓口係の魔道具を借りて、ギルドマスターの権限で認証して機動させると、そのギルド証をかざした。
資格凍結になったと思うとすぐに凍結解除。それより、何だこの口座の入金額は?
AランクやSランクの凄腕冒険者じゃあるまいし、どうすれば未成年の見習いがこんなに稼げるんだ?
そして、王都ギルド支部のギルドマスターからのメッセージの内容は以下の通りであった。
"当該ギルド証を所持するフロリア嬢は見習い冒険者ではあるが、先日発生したビルネンベルクにおけるオーガキングのスタンピードを鎮めた、非常に優れた魔法使いである。
彼女に関し、ヴァルターランド王国アダルヘルム国王陛下より、特別に以下の依頼を受けているので、各ギルドマスターに周知する。
フロリア嬢に接触したギルドマスターは、「貴女は無法者の陰謀で故なき罪を被せられていたが、全て解決した。国王自ら、かつての貴女の師匠との交流に思いをはせ、貴女との面会を望んでおられる。王都より迎えの護衛と馬車を向かわせるのでそのまま、町に滞在されたい」と伝えられたし。
なお、滞在費その他の費用は国王が負担するので、町で最上の宿の最上の部屋を確保すること。
また町の王国側の代表者となる代官、領主には、国王の依頼でフロリア嬢を賓客として扱う旨を通告した上、彼ら自身も自ら王国政府に問い合わせ、国王の意向を十分に確認するように促すことを薦める。
特に領地貴族は、当主の性格によっては、一見すると弱々しい少女に見えるフロリア嬢を取り込むことによる目先の利益に目が眩む可能性があるが、それは国王の極めて強い怒りを買うことになるのだと忠告し、軽挙妄動を制止させなければならない。
彼女は、ある領地貴族の身勝手な陰謀のため、冤罪を着せられたばかりであり、王国並びに冒険者ギルドに対し不信感を持っている可能性を排除できない。これ以上、その不信感を募らせる事のないように十分に配慮されたい。
フロリア嬢の実力は現時点において、すでにSランク冒険者の魔法使いのそれに匹敵すると思われ、国王にとってはもちろん、我々冒険者ギルドにとっても得難い人材である。アダルヘルム王は若年の頃、冒険者を経験しており、我々に対して理解がある。フロリア嬢を王国だけで囲い込むのではなく、彼女の希望を入れてある程度の自由を認める公算は十分にあり、その時にフロリア嬢が冒険者を選択することを王都支部では強く期待していることを、特に付記する。"
読んでいるうちにギルドマスターの全身がブルブル震えだす。
「どうしたんですか? やっぱりやばい奴だったんですね。あの眼、只者じゃなかったですもん」
「確かにやばい奴だ……。で、どこに行ったのだ。その娘は?!」
「だから逃げたんですって。今、居合わせた連中が追ってますよ。いくらやばい奴だって、小娘1人ぐらい、ひっ捕らえて来ると思いますよ」
「ひ、ひっ捕らえるな。丁重に頼んで戻ってもらうんだ!!」
ギルドマスターは叫ぶ。
土下座でも何でもして、機嫌を直してもらわないと、自分の首が飛ぶ。
ところが、戻ってきた冒険者たちは、娘は煙のように何処かに消えてしまって、手がかりもない、と報告する。
「さ、探せ! 手の空いてる冒険者で町の中も周囲も全部探すんだ。緊急依頼だ!!」
しかし、その日の夜になってもフロリアの行方は杳として知ることができなかった。
ギルドマスターは呆然自失となっていたが、このまま放置している訳にもいかず、王都支部にどんな報告を書けば良いのか頭を悩ますことになった。
***
アダルヘルム王が知らせを受け取ったのは、翌日のことであった。昨日、オーギュストと話した時には、すぐに見つかるだろうと思っていたのが、まさかギルド証を捨てて逃亡するとは……。
しかも、目撃情報があった町は、アリステア神聖帝国へ続く街道の宿場町である。やはり行くつもりなのだろうな。
アダルヘルム王は、王直轄の諜報組織「暗部」の長ハンゾーを呼んだ。
今回で長かった第4章は終わりです。
続いて、フロリアとトパーズはお師匠様の生まれ故郷を目指しますが、そこでもどこか能天気に冒険を続けていきます。




