第65話 変化
フロリアが、ヴァルターランド王国とアリステア神聖帝国との国境近くの町に着いたのは、まさにアダルヘルムとオーギュストが、アシュレイの遺書を読んでいた、その日のことであった。
フロリアはこの日、自分が現在でも犯罪者として追われている、という"確証"を得てしまったのであった。
前日の夜。
アシュレイは次の目的地を暫定的にアリステア神聖帝国に置いて、その近くまで来ていたのだった。
あの老神父のような人物がたくさん居ると思うと気が重いが、聞いたところによるとゴーレムの本場なのだ、という。
師匠のアシュレイは昔の話をほとんどしてくれない人だったけれど、ビルネンベルクのガリオンによるとアリステア神聖帝国の出身なのだという。
師匠の出身地を見ておきたいという気持ちもある。
「きっと、魔法使いだってバレなきゃ大丈夫よね。バレても私なら亜空間を使って逃げれば、まず普通の魔法使いなんかに捕まらないし」
フロリアが知る、アシュレイ以外の魔法使いが、ビルネンベルクのカイだけだった、というのも、フロリアがアリステア神聖帝国を目指す理由の1つになっている。あの程度の魔法使いばかりなら、正直、負ける気はしない。
「それにこの国では私はお尋ね者だから、居場所なんか無いし。他の国に行かなきゃ定住出来る場所も探せない」
「すぐに無実だと判るということだったのでは無いのか」
とトパーズ。
「そうだけど、そもそも、私が今でも追われているのか、無実になったのかも調べる方法無いし……。あ! あった! 調べる方法」
「どうするのだ」
「たしかソフィーさんとエッカルトさんが話しているのをニャン丸が聞いて来たのだけど、私の口座は凍結されたけど、冤罪が晴れたら解除になって、またお金がおろせるんだって。
そうか。一度試しにどこかの町で出金をしてみれば良いんだ。すんなりお金が下ろせれば、私は自由だから、どこでも暮らせるよ」
それでアリステア神聖帝国にすぐに行く必然性がなくなる。
お師匠様の生まれ故郷だし、ゴーレムの本場である。
いつかは行かなきゃとは思っている。
だが、あの神父の信念に狂った目つきを思い出すと、できれば後回しにしたいという気持ちもあるのだった。少なくとも、もっと自分の魔法に自信がつき、この世界のことを良く知ってからでも遅くはない。
「なるほど。それでは、次の町で試すか。明日の朝には着くぞ」
「うん」
「どうした? また浮かない表情に戻って」
フロリアは、慣れない町でそうしたことを試すのが少々物憂いのだった。
怖いという程でもない。
しかし、碌に他人に接することなく育ったせいか、ビルネンベルクのソフィーさんでさえ、最初のうちは話すのが億劫だったものだ。
話し合いや交渉がとにかく苦手で、魔法合戦みたいな力比べなら自信がある、そんな風ではトパーズみたいな獣ならともかく、一人前の人間とはいえない。
そもそもギルドの受付嬢というのは、割りと怖い雰囲気の人が多い。
荒くれ者の冒険者を相手にするのが仕事だけに気の弱い人では務まらないのだ。
特に今回は、冤罪が晴れていれば何の支障もないが、そうでなかった場合、受付嬢はじめギルドの職員、その場に居合わせた他の冒険者あたりがフロリアを捕まえようとするだろう。
それを振り切って逃げなくてはならないのだ。
魔法で倒すのなら、おそらくは簡単だ。魔法合戦なら負ける気はしないが、それでは別の罪を重ねてしまうことになる。
他に良い方法は無いだろうか?
次の町で試さないと、後はもう国境まで町は無い。その町はアリステア神聖帝国へ続く街道沿いに作られた宿場町なのだ。
思い悩むフロリアにため息を着いたトパーズは「それなら私が試してやろうか」と提案した。
「フロリアの格好になって、ギルドの会員証を窓口の者に渡して、下ろす金額を言えば良いのであろう。いつも影から見ていたし、簡単だ」
フロリアはトパーズの提案に悩んだ。確かにトパーズが試してくれれば、自分は安全でいられる。トパーズ自身も、たかがギルドにいる職員などに捕まるようなヘマはしないだろう。
いざとなれば、不定形になって影に潜れば良いだ。潜るところは他人に見られたくないが、明日行く町は知り合いも誰もいないし、最悪見られても秘密があっという間に広がる、ということは無かろう。
でも、いつまでもトパーズ頼りで良いのだろうか。
自分だけでこうしたことにも対応出来てこそ、大人への第一歩というものでは?
悩んでいるフロリアに
「では止めておくか」
「……ううん。トパーズが行ってくれるのなら、その方が嬉しい」
結局、妥協してしまった。
フロリアに変化するのは久しぶりなので、試しに亜空間内で変化してみることになった。
黒豹が一瞬で不定形になり、肌色の少女に変わったかと思うと、2~3秒後に服を着込み終えた。
「……あの、トパーズ。いま、結構長い間、裸じゃなかった?」
「ふむ。アシュレイの服は慣れているからな。一瞬で着替えられるのだが、どうもこの服は勝手が違うな。まあ、何度も変化しているうちに慣れるであろう」
そんな読者サービスはいらない、これはお兄ちゃんがいつも見ていた変身魔法少女のアニメじゃないんだから、とフロリアは思った。
ともあれ、変化する時にはひと目につかない物陰などで行えば良かろう。
それよりも前回にも変化した時にフロリアが感じた違和感を出来るだけ消すように工夫することとなった。
深めにフードをかぶせて目があまり目立たないようにしたり、何重にも隠蔽魔法を掛けたり、認識阻害は得意では無いが、それも重ねがけしたり。
「うん。これなら長時間じゃなくて、窓口係の人がトパーズを強い興味を持って覗き込まなきゃ大丈夫。……だと思う。多分」
***
翌日。
フロリアは町の大門から入城する。入城自体は、鑑定水晶に触れる都合上、フロリア自身でないとまずいのだ。
そして大門では冒険者ギルドのギルド証は名前を確認する程度でしか使わない。
あくまで国家とギルドは別組織なので、ギルド証の現況を国家または領主が管轄する大門で調べることはしないのだ。そしてまともに姓を持つのが貴族程度しかいない世界で名前だけで犯罪者か否かを、名前で検索などしていては同名の別人が大量に居ることになる。だから鑑定水晶で犯罪歴の有無を問われて嘘を言っていないという結果が出ればそれで十分としていて、フロリアは大門にある鑑定水晶程度ならいくらでもごまかせる。
フロリアは大門近くの路地裏に入ると、すぐにトパーズを呼び出しギルド証を渡す。
「良し、任せておけ」
「くれぐれも無理しちゃ駄目だよ。まだ指名手配されていたら、絶対にギルドの人たちを傷つけないで逃げてね」
「判っている。しつこいぞ」
フロリアの格好をしたトパーズは堂々とした様子で、ギルドの建物に入り、窓口に直行する。
窓口係の女性は、若い娘が大好きでそうした子達と関わる生活がしたいのに、ようやく得た職はむさ苦しい男ばかりの冒険者ギルド。
それでも時折、若くてかわいい女性冒険者が来ることだってある。
この娘みたいに。
女性は、その娘に注目する。
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