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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第4章 スタンピードとその波紋
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第64話 アシュレイの遺書

フロリア


 いま、シルフィードに書かせているこの文章をあなたが読むときには、もう私はこの世にはいないと思います。

 本当ならば、あなたに直接お話をしたいのですが、どうやら間に合わないようです。

 私はある程度、時間系の魔法が使えるのは、あなたも知っている通りですが、それも近頃は錆びついてしまっていましたね。

 あなたを1人で採取旅行に出してから、もう自分の体があと幾ばくも保たないことに気がつくという体たらくです。


 だから、あなたに最後に伝えるべきことをこの遺書という形で残すことにしました。もう腕が思うように動かないので、シルフィードに精霊の言葉で書いてもらっています。本当なら、最後の言葉ぐらい自分の手で書きたかったのですが仕方ありません。


 これまでの6年間で、あなたには魔法やスキルの使い方はもちろん、今後の修練の方法や研究のやり方など教えてきました。あなたは私にとっては生涯で唯一人の弟子でしたが、最高の弟子でした。

 私は若い頃、アリステア神聖帝国のコッポラ工房というゴーレム職人の工房でサンドルという名前で働いていて、大勢の錬金術師を見てきました。このヴァルターランド王国に来てから、今のアオモリに引きこもるまでは、冒険者としてやはり大勢の魔力持ちや魔法使いを見る機会がありましたが、どれほど優秀と言われる魔法使いでも、あなたの足元にも及びません。

 私はサンドルと名乗っていた頃に画期的なゴーレムの開発に成功して、そのゴーレムの劣化版が今でも、各地で高級品として扱われています。その私の全盛期ですら、あなたの才能には遠く及びません。


 それほどの才能に溢れたあなたですが、はっきり言えば、経験が全く足りていません。

 

 あなたは自分ではよく判っていませんが、本気を出して、ゴーレムはもちろん、ポーションや魔道具を作ったとしたら、それは良くないことを招く可能性が高いのです。

 愚かな私も、かつて全力を尽くして、ゴーレムとポーションを作ったために、酷い不幸を招きました。私自身はもちろん、他の数え切れないほど多くの人々にも。


 起こったことをごく簡単にいうと、あの頃のアリステア神聖帝国は、外敵と戦っていた時期ではなく、軍の相手は強力な魔物だったのですが、私のポーションとゴーレムを使って、その魔物の討伐の成果が格段に上がりました。

 ……それだけで済めばよかったのですが、これだけの武器が揃えば、他国を侵略して人間同士の戦争になっても勝てるのだ、と将軍たちは気がついたのです。

 彼らの考えた戦法でのポーションの使い方はおぞましいものでした。


 そのことを知った私は、これ以上、アリステア神聖帝国にはいられない、私のためにどれだけの人が苦しむかわからない……そう感じて、亡命を決意したのです。

 その時、私には親友が1人と愛する人が1人いましたが、いずれとも別れの挨拶すらも満足にできませんでした。

 あの国は魔法使いに対しても、それ以外の国民に対しても、本当に残酷で無慈悲な国でした。初代の教皇皇帝陛下は女神アリステア様から直接、女神の代理人として人々を統治する権利を与えられたそうですが、だとするとアリステア様はきっと人間のこと、特に魔法使いのことがお嫌いだったのでしょう。あんな残酷な人たちに、統治権を与えるぐらいですから。


 フロリア。多かれ少なかれ、どこに行っても魔法使いは、非魔法使いから嫉妬の対象になり、少しの油断で搾取される立場に堕とされます。アリステア神聖帝国で特にその傾向が酷い国なのですが、それは他の国がそうではない、という意味ではありません。

 

 残念なことですが、あの忌まわしい国の人間以外にも魔法使いを見れば、利用してやろう、騙してやろう、という悪意をもつ人々はいくらでもいます。きっとトパーズはあなたに付いて守ってくれると思いますが、聖獣である彼は魔物に対しては無敵でも人間の悪意に対しては決して鈍感という訳ではないのですが、よく判っていない部分があります。

 あなたが自分で判断して付き合うべき人間を選び、付き合い方を学ばなければなりません。


 そんなことを書いてすぐに、正反対のことをお願いするのは矛盾していると自分でもおもいますが、それでも、もしかして、あなたが将来十分な経験を積んで、たくさんの信頼出来る仲間を得る機会があれば、そのときにはお願いしたいことがあります。


 いつの日か、アリステア神聖帝国に行って、調べて欲しいことがあるのです。


 私はある仕事に手を付けたところで、例のポーションのために放置したまま亡命せざるを得なくなり、ずっと心残りのままになっているのです。その仕事は、ゴーレム作成ともポーション作成とも違うのですが、私のライフワークになりうるものだ、という予感がありました。

 ただ、万が一にも他人に知られたくないので、この遺書にも内容は書きません。

 その仕事の内容は、私のシルフィードを呼び出して聞けば、わかります。研究ノートをシルフィードに書いて貰っていたので、彼女は一言一句間違いなく記憶しています。そして、これから先、私のシルフィードをもう一度呼び出せるのはあなただけしかいませんので、これが一番秘密を守れると思います。

 

 但し、その仕事は慌てて行うような性格のものではありません。どちらにしても、もう20年以上も放置してあるのですから。

 あなたがどんな悪意や危険に対しても的確な対処が出来るだけの経験と知恵を得たと確信できるまでは、そのまま放置し続けて構いません。

 さらに言えば、私の研究の先を続ける過程で、もしほんの少しでも危ないとおもったら、この仕事は忘れてしまってください。私にとっては、あなたの身の安全の方がずっと大切なのですから。


 また、アリステア神聖帝国はゴーレム製造の本場とも言える場所です。私はヴァルターランド王国で暮らすようになってからでも、時々ゴーレムについては情報を得ようとしていましたが、一介の冒険者では最新の知識は判らなくなりました。まして、森の中で暮らすようになってからでは。

 あなたと私が作ったゴーレム達は、生まれ故郷の工房都市が作るどんなゴーレムにも負けないと自負してはいますが、それをあなたが確認してくれる日がきたら……。

 そんなことも私は考えています。


 もう一つ。

 この遺書と一緒に割符をあしらったペンダントを置いて置きます。

 私がこの国に流れてきて、5年ほどの間、ある冒険者パーティに加わって活動していた時期があります。

 私はあの忌まわしいアリステア神聖帝国で、1人の友人と1人の恋人を得ましたが、「仲間」と呼べる人間は彼らだけだったのかも知れません。

 パーティは、リーダーが実家の都合で帰らなければならなくなり、解散となりました。そのリーダーと言うのは現在のヴァルターランド国王のアダルヘルム王です。もちろん実家と言うのは、王家のことです。その事実を明かされてずいぶんと驚いたものですが、彼もなかなか人に言いにくい事情があって、冒険者に身をやつしていたそうです。私達は彼のことはアドという愛称で呼んでいたので、この遺書でもアドと書かせて貰います。

 このパーティ解散にあたり、アドはメンバー全員にこの割符を配ったのです。もし、困ったことがあれば、割符を持って王都に自分を訪ねてきたら助ける。割符は遺産として、私たちから誰かに引き継いでも構わない、ということでした。

 私はその時には1人で生きていく覚悟を決めていましたから、割符を使うことは無い、と思いましたが、今になればありがたい限りです。


 フロリア。

 この割符を持って、王都に行きなさい。そして、アドの庇護の元で成人して、経験を積んで一人前の魔法使いになるまで助けて貰いなさい。あなたの能力を知れば、有象無象が近寄ってくることでしょう。一番良いのは、あなたが能力を上手に隠し通すことですが、私の頼りない予知能力は、あなたにそうできないような事情や不運が次々と訪れることを示唆しています。そうした状況でも、アドの後ろ盾があれば、良い虫よけになってくれるでしょう。

 但し、アドが相手であっても、特にあなたの錬金術師としての力は見せてはいけません。教えてはいけません。

 せいぜいでも、トパーズを従える事ができる従魔使い、ぐらいに思わせておきなさい。アドはトパーズのこともよく知っています。

 あなたが存分に力をふるってゴーレムや、超絶効果のポーションを量産すれば、それはこの国の国力、軍事力が桁違いに大きくなることでしょう。アドは信頼出来る人間でしたが、王の立場から王国の勢力伸長を考えればあなたを利用することを躊躇うとは思えません。

 またアドがそれを自制してくれても、周囲の貴族たちまでそうだとは限りません。

 王の庇護だけ要求して、その庇護の見返りを与えない、というのはずいぶんと人が悪いと思いますが、身を守るためには手段を選んではいられないのだ、と考えてください。

 アドには、冒険者時代の貸しがずいぶんとありますから、それを私の代わりに取り立てているのだ、と思えば良いのです。


 直接、王であるアドに面会するのは大変でしょうが、同じパーティメンバーであったオーギュストという法衣男爵がいます。現在は王都で冒険者向けの剣術道場を主催していると聞きました。彼は王と仲が良かったので、今でも親交があると思います。オーギュストも義理堅く、気の良い青年でしたので、彼を頼って、アドに引き合わせて貰えばよいだろうと思います。


 最後にもう一つ。

 レソト村のことです。この村は18年前に開村した時に、私は私が使役出来る精霊たちに命じて、祝福を与えています。

 しかし、それも私の死と同時に終わりになります。

 最近、レソト村の人々も少しずつ変わってきて、あの人の良い真面目な人々だけではなくなっていますが、でもまだまだ昔なじみの村人がたくさんいます。


 フロリア。

 どうか、あなたのウンディーネに村の井戸がこれまで通り清潔な水がたくさん湧き出るように、ノームに村の畑の土が肥えて物成りが良いように、そしてシルフィードに村に悪い風が吹き込まないように、そう祝福を与えてください。

 18年前に私がそうしたように。


「魔法使いは癇癪持ちで気むずかし屋」というコトワザがあると教えたことがありますが、覚えていますか? この意味は、それぐらい気難しく、他人と距離を置いて行動しないとすぐに付け入れられて利用されるということです。

 そうした搾取から身を守るには気むずかし屋で押し通し、誰も近づけないほどの力を示すことですが、それは女の身ではなかなか難しいことですし、ましてや今のあなたの年齢では不可能です。

 もう少し私が長生きできれば……あなたが成人するまで一緒にいられれば良かったのですが、残念ながらそれは許されないようです。

 

 だからせめてこの割符を残します。これを利用して、アダルヘルム王の庇護を受けてください。


 あなたと過ごした6年間は、私にとっても人生の最期を実り多く楽しいものにしてくれました。一度は諦めたゴーレム造りの夢も再開できましたし、多くの成果をあなたに残すことができました。


 あなたの幸せを心より祈っています。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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