第63話 捜査の進展
アダルヘルム王が仮面官を派遣した目的は、フロリアの冤罪を晴らし、ギルド口座の凍結解除を促すだけではなかった。フロリアを見つけ出し、王都に伴うという目的もあったのだ。
しかし、肝心の当人が見つからない。
仮面官は、ギルドの窓口係のソフィーからフロリアがニアデスヴァルト町で冒険者登録をしていた、という情報を得ていた。
王国政府とは別組織である冒険者ギルドが、ギルドの構成員の情報を王国の仮面官に漏らすのはプライバシーの保護という観点からすれば問題であろう。それも、どうみても仮面官の表向きの捜査内容に関係のないことなのに。
だが、この世界の人間であるソフィーには、プライバシーという言葉自体、縁がなく、この情報を漏らすことがギルドやフロリアの不利益になるとも思えなかったのだった。
王は、フロリアの出身地、ひいてはアシュレイが隠棲していた土地を探るために、ニアデスヴァルト町へ別の仮面官を派遣した。
その仮面官への指示は、今後の国家運営に大きな影響を与えかねない戦力を持つ魔法使いを調査するという為というものであったが、その冒険者の冤罪がすでに晴れているのだから、王国の法理的には少々無理がある名目だった。
ニアデスヴァルト町に仮面官が到着したのが8月22日。
すでに逮捕されて罪状が確定し、犯罪奴隷になっていた元商業ギルドの窓口係クレマンとその手下のドニを改めて尋問した仮面官は、レソト村へ赴く。
レソト村は、フロリアが立ち去ってから半年ちょっとが過ぎていたが、かつての面影はすっかりなくなっていた。
村の規模を考えるとかなり立派な柵は健在であるが、井戸は枯れてはいないものの水量が激減し、村の周囲の畑に撒く水はもちろん、村人たちの生活用水にも足りず、毎日、片道1時間の道のりを歩いて、川まで水くみをする必要があった。
畑の収穫量も半分程度に減っていて、さらに不思議と魔物の害が無かった村だったのに、この半年の間に何度も魔物が出て村人に被害が出ていた。
特に、水くみの村人たちの被害が深刻で、数人で連れ立って行かなければ危険なのだが、そのための人手も確保できなくなっていた。
多くの村人達が村を捨てていたからであった。
村長のベンは、不満を募らす古くからの村人と対立を深めていた。
対抗上、ベンはますます昔なじみのあまり質の良くない連中に頼ることになるし、そうした連中はいつの間にやら、他の仲間を村に引き入れてきて、今や村人の3割が他で食い詰めたチンピラやならず者で占められるようになった。
幸いにも砦代わりの強固な柵もあることだし、いっその事まともな村人は全部追い出して、ここを根城にして、ニアデスヴァルト町やこの近郊の町の交易隊を略奪する盗賊団でも作ってやろうか、などと考え始める始末であった。
そうした状況の中、綺羅びやかな近衛騎士団に守られ、不思議な仮面を付けた役人がやってきた。ニアデスヴァルト町の衛士や、町の役人までもが腰を低くして、自ら案内している。
ニアデスヴァルトは、王国の直轄地にあるが、あの大きさの町では王の代官は常駐することは無い。近隣の中核都市の代官がさらに部下の役人に町の行政と治安維持を委ねているのだが、その役人が自らやってきたのだ。
そのことからも仮面をかぶった人物の重要度がわかろうというものである。
仮面官は国王直属の調査官であると名乗り、早速、村長のベンを尋問する。
ニアデスヴァルトでクレマンを尋問していたので、すでにこの村長がフロリアに危害を与えたか、与えようとした人物であることは把握している。
なので、仮面官は最初から容赦なく責め立て、別に度胸が座っているわけではないベンは洗いざらい知っていることを喋らされた。
村の元々の顔役ということで、カール村長時代の老人ら数名が呼ばれて同席していたが、「なんてことを。アシュレイさんを燃やしてしまうなんて」と震える声でベンの行為を嘆くのであった。
そして、ベンがアシュレイの自宅から盗んできたは良いが、売り払う宛も無く、しかしきっと金目のものに違いないと思って保管していた、奇妙な文字が記された数枚の紙と半欠けのネックレスも探し出されて、仮面官が押収した。
その物品は、報告書と共に、航空便(鳥の従魔が届ける)で王都の国王の元に送られた。
ベン村長取り巻きは、近隣の町で悪さをして逃げてきたり、村を根城に時々近隣の町に犯罪行為を行いに出張したり、ということを繰り返していて、ベン村長もそれに気がついていながら黙認して放置するどころか、ある程度、積極的に関与している自白証言もとれた。
「この処罰は、国事に係ることではないので、この地方を統括する代官殿にお任せしましょう。貴官より代官殿へ報告を願いたい」
仮面官は、ニアデスヴァルトを治める役人にそう告げると、念のためにアシュレイの家があったという焼け跡まで見に行ったのだったが、そこでは成果は得られなかった。
だた、木々を切り払って空き地にした一角に、石を幾つか積み上げてある場所があり、その周囲は可憐な花が咲き乱れ、石も埋もれそうになっていたのだった。
***
「アドよ。アシュレイの行方が分かったって、本当か?」
王都の下町で冒険者向けの剣術道場を営む、法衣男爵のオーギュストは、国王アダルヘルムに冒険者時代と同じ口調で問いかけた。
さすがに他に人が居る場面では、堅苦しい敬語を使うオーギュストだが、それ以外のときにはざっかけない口調である。彼の代に法衣男爵に叙爵されているとは言え、元来が先祖代々由緒正しい庶民の出なので、すぐに地が出るのだ。
「ああ。残念だが、アシュレイは亡くなっていたよ」
そして、そのことを知るに至った経緯と、アシュレイが最後にフロリアという娘を弟子にしていたという事実をアダルヘルム王は語ったのだった。
「……そうか。森の中でひっそりとな」
オーギュストは感慨深げにつぶやいた。
彼らのパーティ「大森林の勇者」はアダルヘルム(当時はアドと名乗っていた)をリーダーに、剣士のオーギュスト、弓使いのマルガレーテの3人組であった。そこにマルガレーテが年上だが経験の薄いソロ冒険者のアシュレイと知り合い、パーティ加入を誘ったのだった。
当時のアシュレイは20代後半でアダルヘルム達よりも7~8歳も年上であったが、男性を酷く警戒していて最初はとっつきにくい相手であった。
しかし、優れた魔法使いだし、和を乱すような性格では無かったので、少しずつなじんでいったのだった。
美しい人だがどこか不幸の影を宿し、寂しそうな人であった。年嵩の冒険者や、金持ちの商人の中にはアシュレイにアプローチする者もいたが、彼女は決してなびくことは無かった。
アダルヘルムが王家に戻る必要ができ、パーティを解散してから彼女と会ったことはない。
オーギュストは、アダルヘルムの依頼に応じて、厄介な魔物を討伐したことから法衣男爵を得て(アダルヘルムに押し付けられて)、マルガレーテと結婚したが、そのマルガレーテは早逝してしまい、王にとってはかつてのパーティメンバーで会うことが出来るのはオーギュストだけであった。
アダルヘルムはアシュレイの遺書をオーギュストに見せる。
「読んで良いのか?」
「うむ。どちらにしても俺たち宛じゃなくて、弟子宛だ。さっき述べた事情で、弟子の手に渡らずに、めぐり巡って俺の元に来たって訳だ。俺がパーティ解散の時にアシュレイに渡したペンダントも、その弟子は受け取ることができなかったんだ」
「その単独でオーガのスタンピードを止めたっていう娘か?」
「ああ、オーガキングが率いるスタンピードだ。止めた時に使ったというゴーレムのことも書かれていたよ」
「筆跡はアシュレイのモノと違うが?」
「元は精霊の言葉で書かれていたのだ。もちろん、俺には読めないから、王都の錬金術工房で雇っていた精霊召喚のスキルを持つ召喚術師に翻訳させたのだ」
「面倒なことをするもんだな」
「ま、読んでみりゃあ判る」
いつも読んでくださってありがとうございます。




