第61話 手紙
新代官エドヴァルドの呼び出しを無視して、ガリオンは王都支部支部長への手紙と、国王宛の手紙を書き上げた。
支部長宛の手紙は、一連の事情説明とガリオンと国王の関係、そしてフロリアの魔法使いとしての実力を詳しく書いて、この実力者を失わないためにも、王国政府に動いて貰う必要性を書いたのだった。
国王宛の手紙には、アシュレイの弟子でトパーズを連れた子どもの魔法使いが困難に陥っているということ、その魔法使いは現状でもオーガキングを首魁としたスタンピードを逆に殲滅するほどの実力を持っている点を強調して書いたのだった。
実力のある魔法使いは、この大陸のどの国でも、どの地方でも、どの階層でも常に引っ張りだこで、国際組織である冒険者ギルドとしては、その国際本部のある自由都市連合の首都フライハイトブルクに誘導すべきであるのは判っている。
しかし、一刻も早くファルケ(とアロイス隊長)を牢から救い出したいのだ。国王の権力を借りるのが早道だろう。それにアダルヘルム王の中に今でもアドさんであった頃の精神が健在ならば、決してフロリアを悪いようにはしない筈であった。
「さ、書き終わったぞ。ソフィー、特急便で王都に出してくれ。あ、領都ではなく分岐の町経由で頼む。領都はちょっと危なそうだ」
そう言って、長い手紙をソフィーにわたすと、ようやくガリオンは代官の呼び出しに応じるために代官所に向かうのだった。
***
フロリアは、森のずっと奥まで入っていた。
スタンピードから敗走した魔物を掃討している冒険者達でも敢えて危険を冒してまで入ることは無いあたりの場所で、逃げ惑っていたオーガが数頭、たむろしていたので、フロリアとトパーズで討伐して収納の肥やしにしていた。
図らずも「森の中で過ごし、夜は亜空間で寝泊まりする」という生活が実現されてしまい、フロリアは町の人々の悲壮感あふれる心情とはかけ離れて、ノンビリとしていたものだった。
「やっぱりこのあたりまで来ると、薬草の出来が良い。かなり収穫出来たよ」
とフロリアはすっかりご満悦だった。
バタバタと逃げたため、実際のところ何が起こっているのか良く分からないというのが正直なところなので、ニャン丸に町で情報収集を命じて残してある。
シルフィードだと、まるでレコーダーのように、監視対象の会話を逐語で覚えて帰ってくるのだ。正確性が必要な時にはありがたいが、逆に融通が聞かなくて、今回のように調べたいことの範囲が広くて、ちょっとあやふやという場合には不便なのである。
さらに、シルフィードはフロリアとの距離が離れて、時間が過ぎると、勝手に送還してしまう。
そこで多少正確性に掛ける部分はあっても、長時間にわたり任務を続行出来るニャン丸の出番なのだ。
ニャン丸は、フロリアが町から逃れた、7月26日の昼過ぎから町に潜入していて、28日の昼間(ちょうどガリオンが町に帰ってきた頃)に、フロリアの元に戻って中間報告をしていた。
「にゃにゃにゃ。リタは元気ですにゃ。「渡り鳥亭」は平和にゃ。でもリタはご主人の噂をしていましたにゃ。あと、衛士とご主人さまが呼んでいた服装の人がにゃん人かやってきて、ご主人の部屋を覗いていましたにゃ」
「私を探しているということかな。イザベルさんが言っていた新しい代官様が命令したのかな」
それからニャン丸はフロリアと親交のあった人々の動静を次々に報告していく。
「え? スタンピードの誘発? 私が?」
意外な言葉にニャン丸を遮って、そのあたりのことを詳しく聞いて、フロリアは自分が単に嫌な貴族の代官から逃げただけではなく、犯罪を犯して逃亡しているという位置づけにされてしまったのを知った。
冒険者ギルドに潜入しているときに、「野獣の牙」のエッカルトがギルドのソフィーに食って掛かっていたのだという。
その話に寄ると、指名手配を受けた時点でフロリアの口座は凍結され、どこの町に行っても現金を引き出すことが出来なくなっているという話を聞いたのだという。
フロリアは、自分の財産の大部分が口座に入っていることを改めて思い出していた。
もちろん、亜空間スキルを始めとする多数のスキルや魔法といった、フロリアの本当の財産には誰も手を触れられないのだが、お金が下ろせなくなるのはかなり辛い。
ただ、ソフィーは規則だから口座を閉じているけど、フロリアの冤罪が晴れればすぐに凍結解除出来るので大丈夫だ、現在、ギルマスはじめ、いろいろな人がその為に動いている、とエッカルトをなだめていたそうだ。
フロリアは、ニャン丸に監視と情報収集の継続を命じると、森の中の探索を再開した。
その日もまた途中ではぐれオーガを一頭仕留めて、薬草採取も好調。
町に帰るのに必要な時間を考えなくても良いのはありがたい。
そして途中、なんだかゾワゾワと胸騒ぎがする場所に行き当たった。
こんな落ち着かない気持ちでは狩りも採取もやっていられない。
フロリアは辺り一帯を鑑定スキルを使って精査して、ようやく自分が発見したものが何なのか、気が付いた。
ハオマ草である。
「こんなわかりにくいところにあったんだ。探知魔法と鑑定抜きだったら絶対に見つけるの無理だったよ」
フロリアは小さな群生地から数株を掘り起こすと、時間経過の無い収納に仕舞う。
時間ができたら、亜空間内で栽培できないか調べてみる価値はある。
ニャン丸の追加報告によるとエッカルトがずいぶんと暴れている様子であった。
彼は、町を巡回している衛士隊のコーエンを見つけて、喧嘩を売っていたという。
衛士隊がフロリア捕獲を実施して失敗したという話を聞いていて、コーエンにねじ込もうとしていたそうだ。
コーエンとしては、フロリアが逃げられるように裏で動いて、表では追い込むフリだけしたのだ、と主張したいところであったが、たまたまエドヴァルドの手下の1人が同行していたので、迂闊なことは言えない。
幼なじみとは言え、エッカルトの勘の鈍さにはコーエンも辟易する思いであった。と、「渡り鳥亭」のリタがエッカルトの服の裾をつまんで、人気の無いところに連れて行った。
リタは、フロリアに急を知らせたのはコーエンで、影では色々とフロリアを助けているのに、そんなことにも気が付かないのは鈍感過ぎる、それに第一、エッカルトがオーガにやられて腕が取れちゃった時には、コーエンが必死に助けたっていうのに、何をやっているんだ、とかなり本気で怒っていたそうだ。
「あの人は何をしているんだろう?」
どうやら親身になってくれているのだろうが、どこかチグハグな印象がある人だ。
「ま、また数日経ったら、ニャン丸を派遣しよう。それまでは森で過ごそう」
そう決めたフロリアであった。
***
ガリオンの手紙は通常であれば分岐の町までだけでも5日掛かるところ、3日で到着したのだった。
輸送の依頼を受けたのは、商業ギルドに付属した御者組合の御者で、以前にフロリア達と共にハンスの交易隊の馬車を御したことがあった人だった。
最初はクリフ爺さんが自分で行くと頑張ったのだが、年寄の冷水は辞めておけ、とばかり彼が名乗り出て、特急便で分岐の町まで届け、さらに手紙は近隣の大きな直轄市に運ばれ、そこからようやく王都へ航空便(つまり、直轄市=王都間を飛ぶ従魔の鳥が運ぶのだが)に乗ったのだった。
王都のギルドマスターは、ガリオンの手紙の重要性にすぐに気がついて、国王に直接面会を求めた。
王都支部のギルドのマスターともなれば、大物貴族並の社会的地位があり、国王へ直接面談も申し入れ可能なのだ。
国王は、「ガリオン、ずいぶんと懐かしい名前だ」とギルドマスターからの手紙を受け取った。
20年以上も音沙汰も無かった男だが、すでにオーガキング率いるレギオンのスタンピードが発生という大事件は耳にしていたので、そのスタンピードのおきた町のギルドマスターからの手紙ともなれば、無下には扱わなかった。
ギルドマスターが退出するとすぐに読んで、さらにもう一度、今度はゆっくりと熟読し、それから従者に「ビルネンベルクの一番近くの仮面官は誰だ」と訪ねたのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。




