第59話 エドヴァルド
ガリオンは7月26日の朝一番で、町の外に出ていた。
討ち漏らした魔物の状況と、近隣の村を視察するために「野獣の牙」を伴って出かけていたのだ。
本来なら、ギルドマスターという立場の人間の仕事ではなかったのだが、信頼できる冒険者が不足していたし、フロリアによって足に治癒魔法を掛けて貰った結果、長い時間歩いても痛みが出にくくなっていたのだ。
正直、冒険者を引退したのは少し早まったかな、という気持ちすら芽生えていたほどで、体が疼くのであった。
「ま、町の方はファルケに任せときゃ、どうとでもなるだろうさ。王都支部にも報告を上げたが、届くには時間も掛かるし、その前に近くの村の様子を見とかなけりゃ」
「剣のきらめき」が引率して連れて来てくれた村の他にも、このビルネンベルクの近隣には、数十名程度が暮らす村が2つあった。
2つとも魔物の普段の活動域から外れているのだが、城壁はおろか柵も無いような村なので、もしオーガの残党に襲われたらあっという間に全滅してしまう。実は「野獣の牙」のメンバーの1人フェリクスは、その2つの村の遠い方からビルネンベルクに出てきた青年で、村の様子が気になって落ち着かないため、ガリオンに同行することにしたのであった。
2つの村とも、おそらくはオーガのレギオンの進路とは外れた地域にあるので、現在までのところ被害は出ていないと思われる。
しかし、今は敗走したのに縄張りに戻れない魔物が無秩序に動き回っている公算が高い。むしろ、これからの方が危険度が高いので、一刻も早く危険を知らせる必要があるのだ。
それで彼らがビルネンベルクから出かけて入れ違いぐらいで、エドヴァルド・ハイネが率いる新代官一行が町を訪れたのだった。
***
エドヴァルドは、手下達に命じて、持参してきていた伯爵家の重臣にふさわしい服装に着替え、久しぶりに髭も剃り、髪も整えさせる。
エドヴァルド自身は元々、上流階級の出身なので、それなりの服装をすれば見られるようになるのだが、他の手下達はどう見ても卑しさが抜けきれていない。
この世界には馬子にも衣装というコトワザは無いのだが、仮に似たようなコトワザがあったとしても彼らには当てはまらなかった。
町に入る時に門番に誰何されたのを怒鳴りつけて大仰に御前からの書付を出して、私こそがこの町の新しい代官だ、と喚き散らし、結局はアロイス隊長まで出てくる騒ぎになったのだった(その間、フロリアは亜空間で熟睡中)。
アロイス隊長は前日の夜に、今までの伯爵が急逝したことを知らされていた。領都から緊急の知らせ(鳥の従魔が、伝書鳩のように領都・ビルネンベルク間を繋いでいた)が代官のファルケの元にもたらされていて、アロイス隊長と事務畑の副官のみが知らされていた。
もちろん何時までも隠しておけるものでもないし、そもそも隠す意味も無いのだが、スタンピードの興奮も覚めやらぬ状況では、すぐに町に布告するのは差し控えておいた方が良いという判断であったのだ。
ところが、翌朝に大門でこうして大騒ぎをする一行が現れ、市民たちに好ましくない形でニュースが広まっていく。
「御領主様が亡くなったのか」「これから、どうなるんだ」
不安そうな表情の市民が遠巻きにしている。
アロイス隊長が押し留めて、代官所に知らせを走らせている間に、エドヴァルドは大いに張り切って、演説調で
「自分こそが新しい代官として町を差配する。平民で冒険者上がりの現在の代官の温いやり方は一掃する、そもそもスタンピードを凌いだと皆、安堵しているようだが、何故スタンピードなど起きたのか? 魔物の間引きが甘いのが原因ではないのか? 冒険者はギルドマスターと代官が裏でつながっていることから、危険な魔物の討伐を怠ったがために今回の事態を招いたのだ。それに、そのスタンピードを防いだという小娘もあやしい、この私がすべてをはっきりさせようではないか」
などとペラペラと喋りまくっている。
しかし、その間にも、彼の引き連れた手下たちは元がチンピラで、何日も荒野で野宿してきた後だけにいきなり、大門を入ってすぐの広場の屋台の食べ物を勝手に食べたり、売り子の町娘の尻を触ったり……。
「こりゃあ、ひでえことになりそうだ」
市民たちは6年前までの代官の顔を、この胡散臭い青年に重ねていた。そもそも名前がハイネって、あの代官の一族なのだろう……。
代官所には続報が届いたところで、新伯爵は跡継ぎとして紹介されていた現伯爵の長男ではなく、甥が継いだという内容が記されていた。
エドヴァルド・ハイネが証拠として示している書付の名前は確かにその甥のものであった。
一報を受けたファルケはすぐに大門に赴く。
「この痴れ者が! 正式な代官の私が町に到着したというのに、更迭された貴様が入城を阻むとは何事かあ!」
この辺の芝居がかった仕草は、それでも名家の出だけあって、それなりに絵にはなっている。
ファルケは代官所に彼らを伴い、書付が真正なものであることを鑑定水晶で鑑定した上で、エドヴァルドの主張が正しければ引き下がりましょう、と市民の前で宣言した。
「よろしい。だが、この私を疑うなど不届きな限りだ。その責めはきっちりと取ってもらうぞ、そこの衛士隊長にもな」
その時には、一時的にエドヴァルドの応対をファルケに任せて余裕ができていたアロイス隊長はコーエンに「商業ギルドに走って、イザベルと協議して、フロリアを逃がせ。彼に取り込まれるとまずいことになる」と命じていた。
コーエンは先程ちらりと、フロリアがスタンピードの発生に関わった可能性を示唆する発言があった。
その一言で、アロイス隊長は、おそらくはコーエンはフロリアの魔法の実力を聞きつけて、自分の懐に取り込もうという意図から、無実の罪を着せて自由を奪おうというつもりなのだろうと見抜いていた。
「ろくでもない貴族が良くやる手だ。あのお嬢ちゃんなら、無理に拘束しようとしても逃げ切れるだろうが、その際に貴族家の手の者に怪我を負わせると、今度はそれを理由に追われることになる」
いかに貴族家の方が悪くとも、平民が貴族の係累を怪我させれば、平民が罰せられる。それをひっくり返すには、正当防衛を立証するよほどの証拠があって尚且つ平民のバックに他に有力な貴族でも付いている場合ぐらい……。
アロイス隊長は、実はフロリアの師匠のかつてのパーティメンバーに現在の国王が居るとは知らなかったので、ここは逃げる一手だと思ったのだった。
代官所で、アロイス隊長はじめ、主だった文官、そして町の重鎮が見守る中、エドヴァルドの提示した書付は真贋を鑑定する魔法を付与された鑑定水晶によって調べられる。
町の重鎮とは通常はギルドマスターなのだが、この時は冒険者ギルドのギルマスは不在、商業ギルドのギルマスは多忙を理由に顔を見せておらず、形だけ支部が置かれた錬金術ギルドのギルマスのチャールズが蒼い顔で胃を抑えながら、参加しただけだった。
そして書付は、日付こそは、今朝になってエドヴァルドが書き加えたものであるが、それ以外は確かに新伯爵を名乗る御前が作成させ、自ら筆を執って署名したものであった。印こそは伯爵家の印章ではないのだが、この世界では鑑定魔法があるので、印章は儀礼的な意味合いが強く、鑑定水晶の結果が重視される。
その鑑定水晶は、この文書は御前と呼ばれる人物の真筆であるという結果をだし、その人物が伯爵家を継いだという知らせは来ていたのだった。
「ふん。これで決まりだ。おい、お前ら、新代官として命じる! この平民上がりの元代官と衛士隊長を拘束しろ。
俺の入城をこれだけ引き延ばそうとしたのは、汚職をしていたからに相違ない! 証拠隠滅を図っていたのであろう。だが、この私の目は誤魔化されぬぞ。これからたっぷりと調べ上げてやる」
衛士達は戸惑って互いに顔を見合わせるが、ファルケが「代官どのの言われた通りにせよ」と言ったことで、2人は衛士達によって縄を打たれ、代官所に隣り合った衛士隊詰め所の檻に拘置されることになった。
「さあて、この俺様の就任にツラも見せねえギルドマスターもこれからたっぷりと判らせてやる。いろんなことをな。おい、そこの青なすび。他のギルマスに伝えておけ!!
それに魔法使いの小娘だ! 怪しげな術を使う娘を拘束しろ!
お前ら、衛士を何人か連れて、捕まえてこい」
エドヴァルドは連れてきた手下に衛士を率いさせて、フロリアの捕縛に向かわせた。
そして、事務を司る文官に「さあ、すぐにこの代官所にある金や資産を見せろ、あとどれぐらいの税をとっているのか、細かい資料を今すぐに出せ」
と楽しそうに命じたのだった。
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