第55話 決着
魔狼がいなかったのは幸運だった。オークなら魔狼ほど動きが早くない上に、基本的には群れで襲ってこない、と思いながら、フロリアは自分に接近してくるオークは体の周囲に浮かべた魔剣を操り排除していく。その他にも多くがリキシくんの戦列を抜けないが、一部は迂回して城壁まで辿り着くモノも少しずつ現れる。
「こいつらを近づけるな」
ガリオンが怒鳴る。大門はすでに閉じられていて、ビルネンベルクの城壁ならオークに簡単に抜かれることはないが、それでも取りつかれると厄介ではある。
城壁の上から、衛士たちや冒険者たちが石を落としたり、熱湯を掛けたりして、そのオークを近づけさせない。
「この数なら矢は使うな。勿体ないからな」
ガリオンとアロイス隊長は大声で指示を出し続ける。
ファルケは自分で陣頭指揮を取りたい気持ちを抑えて、それを後ろで腕を組んで眺めている。
オーガも着実に数を減らしているが、リキシくんの防御列まで至る個体も出てくる。ただ、オーガの持つ剣――おそらくは、どこかの冒険者が残したものを奪って使っているのだろうが――がリキシくんの胴体にあたっても傷もつかないし、リキシくんがよろけることすら無い。手入れもしていないナマクラの剣の方がポッキリと折れてしまう。
そして、リキシくんの長さが2メートル超で分厚い幅の剣の一振りはオーガを一撃でひき肉のようにしてしまう。
「おーい、フロリア!! 交易隊だああ!!」
ジャックの叫び声がようやくフロリアの耳に届く。後ろを振り返ると、城壁の上でジャックが声を嗄らしながら、領都の方角を指差す。
フロリアが、風魔法で宙に舞い、高い場所からそちらを眺めると、領都に伸びる一本道の街道に交易隊と思しき馬車が数台。
後ろからオークの群れに追われ、ビルネンベルクに向かって居るのだが、町に辿り着く前に現在、戦場になっているこの場所を通らなければならない。
戦場に追い込まれる形になっているのだ。
トパーズと従魔契約が成立していないため、ある程度離れると意思疎通ができなくなる。なので、ニャン丸にトパーズへの伝言役を頼むことにする。
「にゃあ、おまかせするにゃ」
ニャン丸は、柄は小さく戦闘力はほぼ無いが、戦場を高速で駆け抜け、必要におうじて影に潜りながら走るので、オークもオーガも追いつけない。
すぐにトパーズに追いついたニャン丸は、フロリアの伝言を伝え、トパーズは眷属の10頭程の猫科の猛獣を街道の方に向かわせる。
ニャン丸は、その猛獣たちを半ば先導する形で同行し、荷馬車を操る人々にこの猛獣たちは敵ではないと説明する役割を果たすことになっていた。
そうした作業をしながらも、フロリアは操剣魔法で時折近づくオークを屠り、トパーズも親玉のオーガキングを狙って、その周囲を固めるオーガを一頭ずつ減らしている。
トッシンは戦場を一直線に切り裂くと、ぐるりと迂回してまた別の方角から突撃をするという運動を繰り返しており、オーガの戦陣はすでにボロボロになっていく。
「ふん、手間を掛けさせる」
ようやくトパーズはオーガキングを直衛するオーガをすべて倒し、オーガキングと直接対決に持ち込んだ。
オーガキングは別に戦闘力が劣るから他のオーガに守らせていた訳ではなく、むしろ、オーガ数頭が掛かっても敵わない程度の戦闘力を誇っている。
体長は通常のオーガが成体で5メートル前後なのに対して、このオーガキングは8メートルほどもある。これまででもっとも巨体のオーガキングには10メートルという記録まであり、これなどはトロールとほぼ匹敵する体格で、多くのオーガを引き連れて幾つもの町を落したと伝えられている。
その伝説的なオーガキングには及ばないものの、今回の個体も語り草になる程度には大物であった。
瞳を憤怒の炎で燃やしながら、その口元は凶暴な笑みで歪んでいる。
「グワッ」
という唸り声と共に、巨大な棍棒のような武器を振り上げ、トパーズに振り下ろす。しかし、そんなモノの直撃を受けるトパーズではない、一瞬の動作で身を躱すと、棍棒を持った腕の肘からちょっと上ぐらいの部分に鋭い前足の一振りを入れる。
同時にエアカッターに類する魔法を放っており、至近距離で放たれた空気の刃はオーガキングの分厚い皮膚を切り裂いて、鮮血がパッと散る。
トパーズはさらにオーガキングの後ろに回り込むと、その足首に幾つかの風魔法を放つ。
いつもはいきなり斬首を狙うトパーズであったが、さすがにこの相手にはまずは戦闘力と機動力を削ることにしたのだ。
脚をよろめかせながらも、オーガキングは振り向くと、棍棒でトパーズを追う。
しかし、スピードが桁違いである。
トパーズはすでに棍棒が振り下ろされる場所に居らず、さらにオーガキングのもう片腕も切り裂いている。
1分にも満たない戦闘時間で、オーガキングは満身創痍になる。
オーガキングは両足を踏みしめて、仁王立ちになると、天に向って「ウォオオオ!!」と吠える。配下のオーガを呼び集めているのだ。
その吠え声に呼応して、散らばっているオーガ、中にはやっとリキシくんの戦列を抜けてフロリアに接近しつつある個体もあったのだが、一斉に前進を止めて、オーガキングの元に戻ろうとする。
「ふん、己の力のみで戦う気概もないか。図体ばかりデカくとも、見掛け倒しだな」
トパーズが嘯く。
本来ならば、聖獣であるトパーズの攻撃を数度にわたって受けながら、膝をつくことすら無いのだから、やはり脅威の魔物と言うべきなのだが……。
しかし、この援軍は簡単にオーガキングの元にたどり着けない。猛獣たちは手薄になっているが、トッシンが戦法を変えているのだ。
一列縦隊で戦場を駆けていたトッシンたちがいつの間にかバラバラになって、オーガキングとトパーズを囲むように円を描いて配置しており、オーガキングに近づくにはそれを抜けなければならない。
実は最大の特徴である高速機動がそろそろ魔力切れが近くなっていて、節約しなければならないという事情もあったのだが、これがうまくトパーズの斬首作戦をサポートする形でハマったのだ。
トッシンは突進しなくとも、体長10メートルの巨体は、精霊コボルトの中でも最高レベルに実力のある個体の手助けを得て確保した高品位高純度のコバルトやミスリルを随所に使い、それ以外の部分も、極めて良質な鋼鉄で作られている。
そして、薙刀状の武具も各種の魔法付与してあり、いわば長大な魔剣とも言うべきものであった。
そのトッシンを抜けるオーガは居らず、オーガキングの命令は実行不可能であった。
「そろそろ、ケリを付けてやる」
トパーズは低い唸り声を漏らすと、黒い稲妻のようにジグザグに走りながら、オーガキングに急速接近すると、怪我のために緩慢な動きしかできない両腕をかいくぐり、ひらりとジャンプすると、オーガキングの首筋に鋭い一閃を加える。
またも鮮血が吹き出すが、さすがに一撃では首を落とすことができない。
トパーズは着地と同時にくるりと振り返り、今度はオーガキングの背中の方からジャンプして、うなじにあたる部分を横に切り裂く。
オーガキングは、数秒固まったように棒立ちになっていたが、やがて数歩、前によろけるように歩くと、轟音をたてて地面に倒れる。
「ふん、手間を掛けさせる奴だったな」
トパーズが嘯く。
レギオン(軍団)に参加しているオーガはいずれもオーガキングに精神的に縛られた存在。その拘束が外れたことで、オーガキングの絶命を感知した。
指揮官を失った軍は脆い。この時点で生き残っていたオーガ達は、一斉に元のチカモリの遥か奥を目指して、潰走し始める。もっともその数は当初の数分の一にまで減らされてはいるのだが。
オーク達もオーガに圧迫されて町に押し出されていただけなので、その圧迫がなくなれば、たちまち潰走する。
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