第53話 オーガ接近
フロリアは声を張って、村人達の一団に「私は治癒魔法を使います。怪我している人は集まって下さい」という言葉を届ける。シルフィードの助けも借り、言葉に魔力も込めて説得力を持たせる。
この場から見えるだけでも10数人は立ち上がれないほどの怪我をしている。
これを見捨てずに町まで移送できたジャックの指揮能力の高さは特筆ものなのだが、しかしかなりの重傷者が多い。
これを一人ひとり治療していては間に合わない人が出てくる。そう判断して、エリアヒールと名付けた技術を使うことにしたのだ。これは、前世でお兄ちゃんがやっていたゲームにインスピレーションを受けて、アオモリ時代から練習していたのだ。
治癒魔法を範囲魔法に乗せて、一定範囲に浸透させるというものでかなりの魔力を消費するが、グズグズしていられない。
フロリアの言葉とともに、暖かい色調の魔法の光がフロリアの全身から周囲に広がっていき、半径10メートルほどのお椀を伏せたような形になっていく。
その内部は不思議な明るさがあって、怪我人の傷ついた部分が特に明るく光り、修復していく。
数分のエリアヒールで軽傷者はほぼ完治。
重傷者も一刻を争うような者はいなくなった。
フロリアは額に浮かんだ汗を手の甲で拭うと、
「それじゃあ、後は1人ずつ治していきますね」
顔見知りの農夫から、怪我の部分に手を当てて、集中的に治癒魔法を加えていく。
鑑定スキルの上位スキルになる解析スキルが使えるフロリアは怪我の内容と深刻さを一瞬で調べて、必要最小限の魔力量で手際よく治療を終えると、奥さんの方を振り向いて、「もう大丈夫ですよ」と微笑んで見せる。
次々に大怪我をした人から治していき、治療を終えるまでに20分ほども掛けなかった。
それを市民たちや冒険者達は遠巻きにしてみていたのだが、これまでのようにヒソヒソ噂をすることもなく、静まり返っている。
かなりの魔力量を消費したが、どうにか一段落ついたところで、「あー、あのなんだ、フロリア……さん? すまねえがちょいと来てくれ」とガリオンが遠慮がちに声を掛ける。
なんで、さん付け、疑問符、と思いながら、フロリアが付いていくと、大門の門番の詰め所の前に、「剣のきらめき」のジャック、おそらくは村長と思われる老齢の村人、衛士隊のアロイス隊長と数名の衛士、それに魔法使いのカイなどが集まっている。
カイはガリオンに呼ばれて、従魔の鳥を飛ばして、オーガの状況を確認しろと命じられたのだったが、フロリアが行くと、そっぽを向いて、少し離れた位置に移る。
「お嬢さん、お陰で助かりました」
と、老齢の村人が頭を下げる。やはり村長なのだという。彼によると、「剣のきらめき」が来るまでの間にオーガに対抗したのが、若い男の村人で、何人も犠牲になり、さらに多くの怪我人もでてしまったのだという。
フロリアが治してくれなければ、村に若者がいなくなってしまうところだった、と言う。
「それで、オーガはどのぐらいの数なのか、はっきりしないのか」
「ああ。確認できた限りでは最低でも10頭。ただし、まだまだ居そうな印象を受けたな。ちょっとまずいことに、オーガ共は好き勝手にうろついている訳じゃなくて、規律が感じられた」
ジャックの言葉にガリオンが反応する。
「規律だと! そりゃあ、上位個体が群れを率いているって意味か?」
「そうだ、ギルマス。俺はそう感じた。だから、全部で10頭ってことはないな。はっきりした数は判らないが数十頭でも不思議はないと思う」
「それがこの町を目指してきたらまずいな」とアロイス隊長。
「ああ、そうなればスタンピードだ」
「それは今、カイに偵察させている。とにかく、フロリアのお陰で村人は一段落付ける。どこかで休ませようじゃないか」
「この広場で良いさ。幸い、今日は天気も良いしね。今、食べもんを用意させているから、すぐに来るよ」
いつの間にか、商業ギルドのイザベルも混ざっていて、口を挟む。
それで村長は村人の方に戻って、自身も一休みすることになった。
さらに代官のファルケも早足でやってくると、状況を聞いて眉をひそめる。
「とにかく、オーガの動向だ。今、どれぐらいの冒険者が町の外に出ているのだ、ガリオン?」
「基本的に森に立入禁止にしてあるから、数組の成人のパーティが状況確認のために森に入ってる他には居ない。
こいつらには、もうすぐ城壁の上から、緊急事態の狼煙を上げるので、気がつけば戻ってくる筈だ。ただ森の中だと気づかないかもしれない。そうなれば、夕方までは戻らないだろうな。
後は数日内にここから出発した交易隊は居ないから大丈夫だが、到着組があるかどうか迄は判らない」
「そうか。アロイス、町の防備体制は?」
「現在、城壁の上に人を置いて町の周囲すべてを監視しています。スタンピードが来るとすれば、この大門前が大きく土地が開けているし、近くまでチカモリから接近出来るので、最有力でしょう。ここの城壁には、ご覧の通り、岩や弓を運び上げています。また、上で熱湯を沸かして城壁に張り付いたオーガに浴びせる準備もしています」
確かに、先程から衛士たちに市民も協力して、城壁の上に様々なものを運び上げている。これをオーガの上に落とすのである。
「そうか、ご苦労。迅速に準備を終えてくれ」
「イザベル。馬車や馬はどの程度用意出来るかね?」
「そうさね、ごく一部の市民の分しか無いよ。ほとんど徒歩になるから、オーガの足からは逃れなれないだろうね。町が落ちたら、市民は皆殺しにされると思った方が良いね」
イザベルの直截な言葉に、周囲はザワリとする。町1つ分の市民が乗れるだけの馬車も馬も無いのは分かっていたが、改めて突きつけられると、恐怖で粟立つ思いだ。
「そうか。ならば、何が何でも城壁で食い止めるだけだ! アロイス、準備を万全に」
「はっ!」
アロイス隊長が敬礼すると、防御陣の構築の陣頭指揮を取るためにその場を離れた。
「あ、畜生、オーガキングだ!」
いきなりカイが叫ぶ。
「何だと! 見えたのか」
「ああ見えたとも。従魔と視覚共有出来るからな。オーガが全部で60頭あまりだ。オーガキングが指揮をとる群れ、……ああ、これだとレギオン(軍団)と言った方が良いか。
こっちに一直線に向かってくる。それにオークの大群もオーガに追い立てられて、こっちに来る途中だ。
ったく、大した連中を引き寄せてくれたもんだな、え、ジャック!」
「止めろ! この手のスタンピードはどちらに向かうかなどは、いろんな要因で決まるものだ。逃げる村人を追ってスタンピードが起るなら、すぐ後から追いかけて来てる」
「へ、まあいいさ。オーガ共が到着するまで1時間もねえぞ。とにかく俺に命じられた役目はお仕舞いだ。後はせいぜいあんた達で頑張るんだな」
「何! 逃げるつもりか!?」
「ああ、逃げるさ。悪いかね?」そして遠巻きにしている市民たちに向かって「おーい、お前らも逃げられるやつは逃げたほうが良いぞ! この町と心中したいのなら止めねえがな!」
そう言い残して、まだ開いている大門からでていこうとする。慌てて、門番の衛士が止めようとするが、「魔法使いを止められるのかよ? あ゛? それともオーガが来る前に黒焦げになりてえか?」と凄まれると、それ以上カイに近寄れなくなる。
「構わん! 腰抜けなど必要ない、逃げたいのなら逃してやれ!!」
ファルケがそう門番に命じ、門番のデレクはホッとした表情でカイから離れる。
カイは後ろも見ずに、小走りに大門を出ると領都の方に折れて行く。
「オーガが居ないのはあちらの方角か……」
何人かの商人や冒険者がカイの逃げた方を見てつぶやく。
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