第52話 前哨戦
イザベルに言わせると、腕利きの治癒魔法使いは幾らでも仕事があるという。正統アリステア教ならその上がりをすべて教会(教皇皇帝)に献上させてしまうが、この国で活動する限りは、治癒の利益はフロリアのものになる。
「ただし、あんたを子供だと思って踏み倒そうとしたり、あんたそのものを取り込もうとしたり、いろんな奴がウロウロするだろうから、その辺はしっかり守ってもらう人が必要だね。
とりあえず、代官様を通して、ここの領主の伯爵に面通ししたほうが良いかもねえ。今の伯爵様もその跡継ぎも貴族にしてはまともな部類だから、あんたにとって損にはならないと思うよ」
そんな話を午前中に行い、代官は昼前には公務に戻ると行って会合は解散になった。
フロリアが今後の身の振り方をどうするかについては、結論は出なかったが、とりあえずはこれだけの"金の匂い"をさせてしまったからには、この町のギルマスや代官が連携しただけでは到底守れきれないだろうという結論になった。
「やれやれ、一昨日まではとは状況、というかフロリアの価値が違ってしまったからな。色々と考え直さねば」
その言葉通り、フロリア達が代官宅を出て冒険者ギルドに戻ると、ギルドの入り口の前で子どもを抱えた町の人間がフロリアに子どもの病気を治してくれ、と頼む。
一緒にいたイザベルが、
「治癒魔法の相場ってもんがあるだろ。あんたは幾ら支払えるんだい?
あんたは、たしかこの前もウチの会員の小売商人にいちゃもんを付けて代金を踏み倒そうとした女だね。その顔はよく覚えてるよ。
子どもは本当に病気なのかい。治らなかったといって、強請りの種にしようってんじゃないだろうねえ」
と睨めつけると、女はチッと舌打ちして逃げていく。
「フロリア。これから、こんなのが日常茶飯事になるよ。あの老神父も諦めやしないだろうしね。
あ、そうだ、投資の件は、いろんな報奨が出てからで良いから、考えといておくれ。
景気ってもんは、お金がぐるぐる回っているうちに良くなるんだ。あんたの口座んなかで、大きな金額を眠らせたまんまにしていると、町の経済が少しずつおかしくなっちまうんだよ」
そんなことをいってイザベルは帰っていく。
フロリアも ガリオンに半日付き合わせた礼を言って、宿に戻る。
当然のように宿には老神父がいて、フロリアにすがりつかんばかりに入信を強要し、それを他に待ち受けていた商人やらが、遮ろうとして宿の食堂で喧嘩じみた騒ぎになる。
それを2階で寝ていたエッカルトが起きてきて、怒鳴って追い散らそうとして、「お前ばっかり、魔法使いの恩恵に預かるのはずるい」と逆ギレされたりして、大騒ぎが続く。
さすがにこれが続くと、宿に迷惑が掛かるなあ……と思いつつ、フロリアはリタに助けられて、早々に2階に避難した。
そして、その翌日。
7月25日のことであった。
フロリアは朝から、ハンスの商会に出向き、前日午後に暇に飽かせて作ったポーションを卸して、代金はまた冒険者ギルドに振り込んで貰うようにした。
「フロリアさん、大騒ぎになりましたね」
とハンス。
「ええ。このお店にも人から見られないように入るが大変でした」
「お手数を掛けます。それにしても、収納スキル持ちだってバレたのがまずいですね。すでに私のところにも、フロリアさんを紹介してくれ、とあちこちから言われてますよ。ギルドの方に頼むと、ギルマスに怒鳴られますからね」
「……そうですか。ハンスさんのご商売の邪魔になっちゃいますね」
「それは気にしないで下さい。私もギルマスに釘を刺されているので、紹介も何もできないのだ、とイザベルさんの所為にしているので問題ないですよ」
そんな会話の後、今度は冒険者ギルドへ。
ここは正面のスイングドアから入ったので、冒険者たちの注目を集める。
一昨日に森の中までやってきた冒険者グループも居るが、「野獣の牙」も居るし、そもそもギルマスのガリオンが階下にいたので、フロリアに絡んでくることができないでいる。
「剣のきらめき」はまだ戻ってないが、そろそろ帰還しても良い頃合いである。きっと帰ってきたら、フロリアはジャックあたりからまた危ない真似をして、と説教されることであろう。
「おう、昨日はご苦労さん。今日は何の用事だ」
「少し、お金を引き出しておこうと思ったんです。食べ物も買っておかないと」
「そうか、それならソフィーに頼みな。でも市場に行くんなら気をつけろよ。なんなら、エッカルトにでも護衛を……あ、まだあいつはへたばってるのか。
あと、まだ森には行くなよ。立ち入り禁止は解いてないからな。お前さんなら大丈夫だろうけど、規則だ」
市場に行くのに護衛なんてどこかのお嬢様みたいだと思ったので、そう言ったら、お前さんが絡まれたら危ないと思って言ってるんじゃない、相手が危ないと思って言ってるんだ、と返された。
あまりにしつこくフロリアに絡んでいて、我慢しきれなくなったトパーズが出てくると、大惨事になりかねない。
そうした会話をしている間、魔法使いのカイが、ギルドの冒険者の溜まりの片隅にいたのだが、「チッ」という舌打ちをして、そっぽを向く。
必要最小限にしかギルドに顔を出さないカイだが、この日はそろそろ懐具合が苦しくなってきたので、適当な依頼を受けようと来たのだが、空振りであったのだ。
しかしカイに臨時の助っ人を頼むパーティも無く、そろそろこの町では仕事がやりにくくなって居るのだった。
フロリアがとりあえず、ソフィーさんにパーテーションで出金を頼もうとしたとき。
「た、大変だあ」
森に行けないので、町の中で半端仕事を貰って働いていた見習い冒険者の1人がギルドに駆け込んでくる。
「なんだ、騒々しい」
「オ、オーガです。また出ました!!」
その見習い冒険者の言うには、たった今、大門に「剣のきらめき」が先導して、近隣の村の村人達を避難させてきたのだという。
その村はオーガ2頭に襲われて被害を出し、たまたま居合わせた「剣のきらめき」が、襲撃したオーガ1頭を倒し、1頭に手傷を追わせて取り逃がしたが、逃げたオーガを追跡していて、群れと合流するのを確認。
自分たちの手に余ると判断したジャックは、村長に諮って、ただちに村人たちを連れて、町まで避難してきたのだという。
「怪我人もいっぱいいるし、どうもオーガが追いかけてきてるみたいなんです! すぐに大門に来てくれ、とのことで」
「おう、分かった。――ソフィー、ここは頼むぞ。それから、フロリアの嬢ちゃんも付き合ってくれ。怪我人をなんとかしなけりゃならん」
ガリオンはそう言うと、フロリアを伴い、大門に急ぐ。
「野獣の牙」を含めたほかの冒険者たちも、その後をぞろぞろとついてくる。
オーガは5頭出現しただけでも大事なのだ。群れと呼ばれるようなレベルになると、町の存亡の危機である。
冒険者ギルドは町に出入りすることが多い冒険者の利便を考えて、大門のすぐ近くに支部を構えている。
なので、数分程度で大門前の広場につくと、確かに町中では見かけない農夫の服装をした人たちや、その家族と思しき人がたくさんいる。大八車のような荷車も幾つかあるが、そこには人が寝かされている。オーガにやられた怪我人なのだろう。
ガリオンがジャックを捕まえて事情を把握しようとしている間に、フロリアは怪我人達が集まっているところに行く。
"あ、見覚えのある人が居ると思ったら、このビルネンベルクに来る時に一緒になった人だ”
フロリアは赤ん坊を抱えた農家の若夫婦の妻を見つけて、声を掛ける。
五ヶ月ぶりに再会した奥さんはちょっと大きくなった赤ん坊を抱いているが、それとは別に、少しお腹が膨らみ始めている。次の子供も出来たのか。
奥さんは青ざめた顔をしていて、フロリアに「夫が!!」と一言言うと震えて泣き出しそうになっている。
大八車を見ると、確かに見覚えのある旦那さんが寝かされていて、上着が血に濡れている。
意識も無いようであった。
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