第48話 ビルネンベルクのチカモリで2
その時にはフロリアは既に次の1頭を討伐した後だった。
最初は邪魔かと思っていた、下町グループのリーダーだが、彼は他のソロや2,3人で採取していた見習い冒険者に顔が売れていたので、声を掛けて、「魔物が出たから、採取を中止して一緒に来い」と納得させるのに役立ったのだ。
フロリアでは、あまり馴染みのない11歳ぐらいの少女の言う事を大人しく聞く者は少なかっただろう。
そして、子どもたちの気配に惹かれたオーガが襲ってきたところを、フロリアとトパーズがあっという間に片付けたのだ。
子どもたちが20名近くも集まったところで、3頭目のオーガが襲撃してくる。
今度は子どもたちに近寄る前にトパーズが飛び出して、オーガが揮う古びた剣をかいくぐり、前足の一振りで見事に首を落とす。
秒殺されて、地響きを立てて倒れたオーガの側に着地したトパーズは、髭をピンと張って、フロリアを振り返る。
猫のドヤ顔だ、と思いながら、そのオーガの死骸を素早く収納するフロリア。たくさんの子どもたちに見られているが、もう隠す気にもならない。
そこに、白虎とニャン丸が役目を終えて、フロリア達の匂いを辿って戻ってきた。
「戻ってきたばかりで悪いんだけど、今度はこの子たちを大門まで送ってちょうだい」
「にゃんと! このニャン丸めは、今度はオーガを倒して、ご主人さまの御役に立つにゃ」
「黙れ!! お前のちっぽけな前足で何が出来るか! とっとと言われた通りにしろ!」
トパーズが怒鳴り、ニャン丸は「ひえええ」と鳴きながら、白虎の上から転がり落ちて、慌てて這い登る。
トパーズは、ニャン丸がオーガを倒せる=聖獣である自分と同程度の力がある、と主張したように感じて、腹を立てたのだ。
「わ、わ、わかりましたにゃ。にゃにゃにゃ。それでは、みんなついてくるですにゃ」
ニャン丸が人語を解するのはリタ以外には内緒だったのに、これでもう手遅れだった。
「あなた達、この白い虎について、町に戻って。大門のところまで送ってくれるわ。この子も強いから大抵の魔物には勝てるから大丈夫よ」
半信半疑であった子どもたちだが、下町グループのリーダーの一喝もあって、みんなフロリアの言う事に従った。
それで町を目指して歩き出すが、見晴らしの良い街道に出るまでのルートが違ったため、ギルマス達とは行き違いになってしまう。
「これで、ほとんどの見習い冒険者は森から出せたはずだが、孤児院の奴らが見当たらねえ。もう森の奥まで行っちまったんじゃねえかな」
と下町グループのリーダー。
彼だけは町に戻るのを良しとせず、まだフロリアに付いていたのだ。
すっかり騎士気取りで、「お、俺の後ろに隠れてろよ」などと言い出している。
「こっちよ」
フロリアは先ほどカッコいいと言ったのは失敗だったかも、と今更気がついて、素っ気ない態度に変更していた。
「お、おう」
平然とした態度で森の奥へどんどん踏み入っていくフロリア。
いつもの下町グループの子どもたちみたいに自分を尊敬してくれないなあ、とリーダーはひとりごちた。
「トパーズ。見つけた、4匹目」
「ああ、だがまずいんじゃないのか」
「うん。後ろの人間の気配。ええと、7人!」
おそらく孤児院グループだろう。走って逃げているようだが、オーガは着実に追い詰めつつある。
「先に行くぞ」
トパーズはそう言い捨てて、オーガに向けてダッシュする。
フロリアは下町グループのリーダーの方を向いて、
「悪いけど置いていくわね。こっちの方にまっすぐ来れば、追いつけるから大丈夫よ。最後のオーガはこの辺には居ないから大丈夫!」
というと、「ちょっと待て」と言っているリーダーを残して、またシルフィードによって、宙を滑るようにトパーズの跡を追う。
このあたりは、木々が割りとまばらで、縫うようにジグザクに飛ぶ必要がない。そうなるとさすがに風の精霊は、トパーズよりも早い。
すぐにトパーズを追い抜いて、オーガの背中が見えてきたところで、収納スキルから投げナイフを数本出して操剣魔法でオーガに飛ばす。
普通の投げナイフが刺さった程度では、オーガの分厚い毛皮や皮膚、その奥の脂肪層を貫くことなどできない。
しかし、アオモリで散々、多くの魔物と戦ったフロリアはその辺は判っている。
魔法の掛かった投げナイフは、その毛皮も、皮膚も皮膚も脂肪層にも停止せずに、背骨側の肋骨も突き抜けて体の中心まで入る。そして胸側から出る前に、体の内部で爆発するのだった。
投げナイフはオーガの心臓や肺といった臓器を一瞬で破壊する。
もう孤児院グループのすぐ後ろまで迫っていたオーガだが、あと数歩を詰めることもできずに一声上げると、そのまま倒れる。
「もう大丈夫よ。オーガは倒したから!」
フロリアは地面に降り立つと同時に、風魔法とシルフィードに頼んで、声を孤児たちに届ける。
「え、倒した?」
半分パニックを起こしながら、逃げていた孤児たちだが、そのフロリアの声に立ち止まり、振り向くと、確かにオーガが倒れている。
フロリアがそのオーガの後ろに降り立って、歩いて近づいてくる。
「心配しなくても、もう死んでるわ」
「た、助けに来てくれたの?」
と、孤児の姉妹の姉のリコ。
「ふむ。まあ悪くはないな」
トパーズがヌッと灌木の合間から顔を出して、負け惜しみを言う。
その黒豹の姿を見て、リコ達は「キャアーー!!」という叫び声を上げる。
その叫び声がギルマス達が聞いた声だったのである。
とりあえず、子どもたちには、しっぽを引っ張らない限り、トパーズが噛みついたりすることは無いから大丈夫だ、と落ち着かせる。
そしてフロリアが助けに来てくれたことに感激した孤児院グループのリーダーのシリルが、フロリアの両手を掴んで礼を言っているところに、下町グループのリーダーが追いついてきて、険悪な雰囲気になったり、フロリアがそんな事には構わずにオーガの死骸を収納すると、それを見たミナが大騒ぎして他の魔法を見せて欲しいとねだりだしたり……。
「駄目よ、ミナ。とりあえずは町に帰りましょう。それまでは遊んでる場合じゃないわ」
さすがに姉のリコがたしなめる。
オーガはまだ最後の一頭うろついている筈だが、森に入っている子どもたちはこれ以上は居ないはずだ。
シリルはみんなで町に戻ろうと提案し、下町グループのリーダーの方も異論は無い。
「あ、誰か来る。10人以上居るわ」
大人の気配である。ああ、そうか。最初の下町グループの応援要請を受けて、冒険者達がやってきたのか。
フロリアは、シルフィードに頼んで、声をその大人たちに届けてもらう。「こっちです。孤児院の子たちも全員います」と。
大人たちは動きがいまいち緩慢だったのが、その声が届いてから急に素早くなり、程なく、木々の向こうに大人たちの冒険者が見えてきた。先頭に立っているのは、足を引きずっているギルマスのようだった。




