第477話 後日談4
「いやあ、名演技だったでしょ!!」
モルガーナが豊かな胸を張って、自画自賛するのを、ソーニャが「いえ、けっこうわざとらしくて、バレるんじゃないかとハラハラしましたよ」と混ぜ返す。
場所はフロリアの亜空間。
マジックレディスのメンバーは、亜空間内のリビングに設定した場所に置かれた、人をダメにするクッションを模したクッションに寛いだ格好で寝そべっている。
あの暴発事故から一週間。
マジックレディスに対する事情聴取や監視の目が厳しく、なかなか亜空間で寛ぐ隙がなかったのだ。
本来の計画では傷心を理由に、皆でパーティホームに閉じこもり、何なら亜空間経由でちょいと日本まで遊びに出かけたりしながら、ほとぼりが冷めるのを待つ、つもりであったが、各国の激しい突き上げもあって、冒険者ギルドや町の議会がマジックレディスを追い回したのだった。
もっとも冒険者ギルドも議会も(もちろん、シレッと錬金術ギルドも参戦していたが)、彼らは他所からの突き上げ無くとも、フロリアの死亡と謎の魔道具の破壊という事実が諦めきれなくて、マジックレディスが何か知らないか、さぐりを入れてきていたのだった。
どの勢力もさすがにフロリア自身が別にかすり傷一つ負わずに元気に生きているとは考えてはいなかった。
多少、距離は離れてはいたものの、あの時に衆人環視の中にいたのは間違いなくフロリアであったし、あの爆発から逃げられる筈もなかった。
大黒龍戦の時には、地面にいた冒険者たちがフロリアとラウーロが龍のブレスから消え去るように逃げたと証言しているが、その時とはまた違う。
ブレスが襲う一瞬前に消えた、という話なので、魔道具が爆発するその瞬間までしっかりと両手で握っていた姿を見せているフロリアが逃げられる訳もない。
それに、後で爆心地を探すと、魔道具の破片らしき金属片、フロリアの服の焼け焦げた切れ端、肉の一片も見つかっていて、魔道具の破片の方は諸勢力の間で取り合いになったほど。
肉の一片もマジックレディスが「仲間の痕跡を返してほしい」という要望を無視する形で、町の議会グループが持ち帰って、鑑定の魔道具や魔法使いたちに分析をさせて、確かに人間の肉のかけらであるとの結論を出していた。
氷結のラウーロのみが、亜空間内のミニセバスチャンを見ていて、フロリアは彼らが持っている常識など遥かに超越した科学技術の恩恵を蒙っていて、そう簡単にくたばるような玉じゃないと見抜いていた。
そもそもフロリアが対大黒龍戦で魔道具を使ったときに、暴発の危険を全く気にしていなかったことから、今回の件はマジックレディス達の猿芝居だと見抜くのは難しいことではなかったのだ。
だが、冒険者の仁義を守ったラウーロは、内心ではどう思ったのかはいざ知らず、今回の暴発事故について何も語らず、マジックレディスに接触を持とうともしなかった。
ともあれ、これで貴族や金持ち連中ばかりではなく、各国の軍部や政府が本気でフロリアを狙いに来るという事態から逃れることができそうになった。
「ちょいと無理筋な作戦だったけど、うまく行きそうだよ」
と発案者のアドリアも一安心だった。
何しろ、たとえ周囲とどんなひどい軋轢を生もうが、とにかくフロリアを自陣営に取り込みさえできれば、その戦力でゴンドワナ大陸に覇を唱えることが可能で、これまで後生大事にしていた各国の軍事バランスなど歯牙にも掛けなくとも良くなるのだ。そこにフロリアの意思などもはや関係ない。
無理押しした者勝ち、の状況ではマジックレディスの威光も、フライハイトブルクの政治もフロリアを守れないという状況が来るのは日を見るよりも明らかだった。
それで、フロリアの頓死を演出したわけだが……。
どうやってフロリアのそっくりさんを用意したのか、マジックレディスの面々には理解できなかったが(ロボットで無いことは、後に機械の痕跡が残ってなかったことで明白である)、そのへんは思考停止して「まあ、セバスチャンのことだからうまくやったんだろう」程度の認識であった。
フロリアも含めて。
そのうち、現代日本で生活していて、クローン技術についてのニュースでも見た時に、何かを思いつくことがあるかも知れなかったが。
ともあれ、普段と違って、ギルドのマルセロにすら話をとうしていないの。どうやって各国の厳しい追求をごまかすのか、説明するためにはベルクヴェルク基地のことまでマルセロに打ち明ける必要があったし、さすがに一つの大きな政治的勢力を代表する人間に明かせる秘密ではなかったのだ。
「これで私も当分、フライハイトブルクには顔を出せなくなりました」
いや、フライハイトブルクだけではなく、中原の各国にもフロリアが顔を出してはまずいであろう。
多少の変装はしてもフロリアを見知っている者が見れば、その程度の変装は簡単に見破るであろう。
顔を整形する手もある、とセバスチャンは言ったが、それはフロリアが却下した。
せっかく、転生人特有のきれいな顔に生まれついて、これから数年もしないうちに美少女から美人になろうという時に、メスを入れるなどとんでもなかった。
それで、数年の間、フロリアは日本に居を移して生活することにしたのだった。
日本で暮らすにしても、そのままだとちょっと不安が残るので髪と瞳の色をそれぞれ淡い金と青味がかった茶色に変えてある。
これだけでもかなり印象が変わる。
少佐の背後関係を、セバスチャンが調査した結果、C国の日本における拠点、諜報組織に少佐が潜り込んでいたと判明したが、その組織は関西を拠点としており、東京には出先機関がある程度で、その筋からフロリアが追われる可能性は低い。
C国の軍事基地を襲撃した際には、顔はほとんど見られていないし、後に残した画像データや足跡などのフロリアにつながるデータは、いつの間にかC国のサーバーから消去されており、その事故の責任は現場の担当者が負わされて……などのエピソードがあったが、セバスチャンはいちいちフロリアに報告してはいなかった。
以前にセバスチャンは日本における拠点として池袋駅近くのマンションの一室を確保していたが、そこはあまり大きくはなく一時的な仮住まい程度。
今回は本格的に日本に活動拠点を移すということで大きめの一戸建てを手配していた。中年男性に変化したトパーズを外資系の企業の日本法人のトップということにして、その名義で山手線の目白から少し離れた閑静な住宅街に100坪を超える土地と新和風建築の住宅を入手したのだ。
洋風にしなかったのは、フロリアの好みである。日本で生きていた時に家族で住んでいた家も和風建築であった。
「それにしても、もうフロリアとしての冒険者口座に入っているお金は回収出来ないね。一財産あったからちょっと残念かも」
モルガーナはそう嘆くが、さすがにそれに手を出そうとすると、ボロが出かねない。
「まあ、仕方ないですよ。セバスチャンに頼めば、必要なだけのお金は手配出来ますから」
とフロリアが言うと、「確かに少なくとも数年間はゴンドワナ大陸のお金を使う機会は無いでしょうからね」とソーニャも続ける。
「で、日本では何をするの?」
「ここを拠点に、世界中を旅するつもりです。前に生きていた時には日本しか知らなかったですけど、この世界は他にもたくさんの国があって、楽しい場所もきれいな場所もいっぱいあるんですよ、お金を惜しまなければ……ですけど」
冒険者という職業が無いのだが、それは問題にならない。別にバカンスを過ごしたり、観光のために世界を旅する旅行者は珍しくない。理由がなければ、自分の生まれ育った村か、近くの町に行くぐらいしか知らない、あちらの世界の住人とは違うのだ。
そして、数年を過ごしたら、今度はあちらの世界でまた冒険者復活をするつもり。
もちろんフロリアの名前はもう使えないが、別に今となってはこだわりも無い。
これまで活動してきたゴンドワナ大陸の国々では名前が売れすぎているので、今度は海の向こうの大陸や島々に行ってみるのも良さそうだった。
フライハイトブルクは、大型の外洋船で他の大陸と交易をしており、もたらされた物品はモルドル河などを通じて大陸中に運ばれている。
それなのに、あの大陸の人々はせいぜい自由都市連合の盟主にして、商人の町であり、国際的なギルド組織の中心点であるフライハイトブルクに憧れる程度で、その先の海外に憧れる人はいない。
フロリア自身も無意識のうちにあちらの世界はゴンドワナ大陸の中原のみが自分の世界だと思い込んでいた。
フライハイトブルクでは何度も外洋船や外国航路の乗組員を見たり、そもそもベルクヴェルク基地の存在する場所はゴンドワナ大陸ではなく、その遥か遠方の大山脈の中にあって、飛龍の巣の近くというとんでもない場所であるというのに。
なので、あちらの世界に復帰しても、もうマジックレディスのメンバーとしては活動は出来ないだろう。
数年程度では、まだフロリアの事を覚えている人間が多すぎる。
「でも、転移魔法陣を使えば、どこでもあっという間に行けるんだから、別に嘆くことないさ。この亜空間もちょくちょく利用させてもらうし、オフで日本で過ごす時にはその家も使うからね」
アドリアの言葉に頷くフロリアだった。
これで、この物語は一通り終わりにしたいと思います。
最初からストーリーの流れも決めずに思いつくまま、筆任せに書き進んでいたので、どこで終わりにするかも気分任せ……と思ってきました。
しかし、実生活でこの1年ほどは人生の大きな区切りを迎えて、後は落ち着いて筆を執る生活になると思いきや、浮世の義理で断るに断れない雑用が増え続け、もはや身動きが取れない状況になっています。
しかも、その状況はまだ数年は続きそうなのです。
我ながら下手な生き方をしているものです。
今までは途中で毎日更新から週2回に減らしたとは言え、更新ペースは守ってきたのですが、現在の状況ではすぐに不定期連載になり、やがて尻切れトンボで更新されなくなり……となってしまうのが目に見えています。
それだけは避けたいという思いがあり、いったん区切りをつけて、とりあえずは「完結」ということにいたしました。
ただし、まだ語り足りない思いもあり、いずれまたある程度書き溜めた後に、第二部ではないですが、続きを書きたいと思っています。
また、まだまだぼんやりしていて形になっていないのですが、幾つかの作品の構想もあります。
それらの物語を発表できるのはいつになるか分かりませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
これまで長い間、拙い話に付き合ってくださった読者の皆様には感謝の言葉もありません。




