第475話 お祭り騒ぎ
以前にモルドル河を下る水龍を討伐し、その素材を町のギルドに納品したときにはけっこうなお祭り騒ぎになったものだったが、今回はそれどころの騒ぎではない。
今では遺跡しか残っていない(と一般には思われている)古代文明の時代を除き、現在のゴンドワナ大陸に割拠する多くの国やその前身の国々――大げさに言えば現代の文明が勃興してから現在までで最大最強、そして最凶の魔物、それが大黒龍なのである。
それをフロリアが単独討伐したというインパクト抜群のニュースは、テレビも新聞も無いこの世界でも恐るべき勢いで大陸中に広がっていった。
ただでさえ、フライハイトブルクの大スターであるマジックレディスに未成年で加入した挙げ句に大きな功業を上げた少女を、やっかみ半分で疑う冒険者もたくさんいた。
しかし、特にそうした嫉妬心は無くとも、本当に大黒龍討伐が可能なのか信じられない人々も少なからず存在していた。
「そもそも、大黒龍は初代Sランクが討伐したんだろ。フロリアとか言う娘が討伐したのはちょっと大きめの地龍かなにかじゃないのか?」
という意見である。
実際のところ、地龍でも結構な大物なのだが、さすがに大黒龍とはくらぶべくも無い。
戦闘時に怒りの山周辺にいた目撃者達は「あれは間違いなく大黒龍だった。一発目のブレスの痕をみりゃあ判るよ。そのあたりだけ河の形が変わっちまっている。フロリアがぶっ放した魔道具の方も無茶苦茶だぜ。怒りの山が抉れちまってて、今からでも見物にいけば、大黒龍との魔法の殴り合いの凄さが判るってもんさ」と、飲み屋の席で証言し、周り中に議論を巻き起こす。
だが、口角泡を飛ばして議論し、大いにピッチが上がって空ジョッキが積み上がった挙げ句に、「本当に大黒龍なのかどうかは、実物をバラしてみりゃあはっきり判るさ」という結論に達するのだった。
その大黒龍をギルドに納品する日がようやくやってきた。
かつての水龍のときも近隣から魔物の解体に熟練した職人の応援を頼んだだけではなく、解体の腕に自信のある冒険者も臨時の職員として雇入れ、ようやく必要な解体要員の数が揃ったのだ。
その日は朝から、町の大門の外に大勢の人が詰めかけていて、お祭り騒ぎになっていた。
実際、どんな大きな祭りでもこれだけの人出はなかなかお目にかかれないレベルである。
市民への演出の一環として、それまで大黒龍の姿を見せていなかった。解体所の責任者と商業ギルドの方の素材売却の担当者たちは、密かに街の外の目立たない場所で実物を見ていたが、それ以外の人々は本日が大黒龍を見る最初で最後のチャンスである。
用意された場所は大門の外。
普段は多くの馬車が町に入るための審査で長く待つことも珍しくないので、大門外は非常に広い空き地になっている。
そこに町の衛士と傭兵隊が中央に大きなスペースを開けて解体場所を確保し、その周囲には職人たちや、その場で素材の購入するために待ち構える商人達(フライハイトブルクの商人はもちろん、近隣からも集まっている)、そして商人にまかせておけなくて直接、素材買付に来ている魔道具職人達などが期待に胸を膨らませて待っている。
だが、そうした目的のある人々よりも、好奇心に駆られたり、ただ単にお祭り騒ぎが好きな見物客の方が多かった。
ちょっとお金に余裕のある見物客は、町の城壁を管理する衛士隊にいくらか払って、城壁の上に登って、見晴らしの良い場所に陣取って一大イベントを待ち受けている。
大門は今日だけはいちいち出入りする人々を審査せずに開放したまま。市内と市外を自由に行き来できるようになっている。
大門の内側の広場あたりには、見物客目当ての露天や屋台もたくさん出ていて、本当に祭りの時よりも騒がしいぐらいである。
早朝からそうして待ち受けている中、まずは町のお偉いさん達のスピーチから始まる。
実際にはフロリアに会ったことも無いような老人達が、フロリアの功績とフライハイトブルクの素晴らしさ、そして自分が政治家として普段はいかに町の繁栄に貢献しているのか、を延々と喋り続ける。
1人が喋るだけでも5分以上も掛かり、それが何人も続くのだ。
直に観客達は飽きてきて、「早くフロリアを出せ!」「大黒龍、見せろ」と騒ぎ出す。
それでも面の皮が厚くないと政治家はやれないらしく、スピーチは続く。
だが、いつまでもそんなこともしていられない。日が落ちるまでにはある程度、解体に目処を立てないと、いくら大陸有数の大都市とは言え、夜に大門開けっ放しで解体と商談を続ける訳にもいかない。
冒険者ギルドの運営が、まだスピーチをしていない政治家達からの恨みを買うのは覚悟の上で無理やり打ち切ると、上空に向かって合図を打ち上げ、フロリアを呼ぶ。大門からはけっこう離れたパーティホームで待機していたフロリアが大鷲に乗ると会場へ向かう。
水龍の時にはアドリアも一緒だったが、今回はフロリアひとりだけ。
フロリアは不安がったが、その場所にいなかったのに同行する訳にはいかないという判断である。
敢えて、同行者を探すのなら、氷結のラウーロであろうが、あの変わり者は決してそうした場所に顔を出すことはない。ましてや主役並に目立つ役割を引き受けるなどありえないことだった。
フロリアは、白を基調にした衣装を新調していた。魔法少女のコスチュームが良い、というモルガーナの意見は当然却下。
上着はおしりが隠れる程度の丈で、腰はベルトで絞っている。ボトムスは足が隠れるパンツだが、これだけはどうしても譲れない、というモルガーナの意見が通ってしまって、割合にぴっちりとした素材で、足の形が良く分かるようになっている。
上着の上には短いマントを羽織り、魔法使いのトンガリ帽子をかぶっている。
マントや帽子まで白で統一されていて、金の刺繍があちこちに施されているという派手なもので、セバスチャンの力作である。
そうした衣装で大きく空いた空間の真ん中に降り立つと、あまり芝居がかった動作もせずにあっさりと大黒龍を収納から出す。
もちろん、余計な演出など無くても、大黒龍の存在感抜群の姿はこの場所に集まった大勢の見物客に大きなインパクトを与えた。
その巨大さ、禍々しさと神聖さが奇妙に入り混じったような、この世のものとも思われぬ雰囲気は、単なる肉の塊になっても損なわれることはなかった。
単なる"大きな魔物"というだけではない、なにか特別なものを感じさせるのであった。
拡声の魔道具を使ったギルドの解体の専門家の、「それでは手筈通りに解体を開始しろ」という掛け声で職人たちが、大黒龍の巨体に一斉に群がるように取り付き、解体を開始する。
とは言え、背中側の鱗には刃が立たず、腹の側から取り掛かるのだが、分厚い皮膚は普通のナイフを通さない。
両手剣のような長包丁の出番である。
生きている時のように、皮膚に魔力を纏わらせて強化している訳でもないのに、これだけの強度を誇るのは、さすがに大黒龍。
この皮膚をなめすだけで下手な金属鎧よりも強度に優れ、軽量で丈夫な防具の素材になるだろう……。
フロリアは、これで役目が終わったとばかりに、再び大鷲にまたがるとサッと飛び立つ。このままパーティホームに戻るのだ。
下手にこの場所にいると、面倒な連中に捕まるから、という理由で、もちろんマルセロ達とは打ち合わせ済み。
フロリアとお近づきになりたい、他の町の政治家や商人や貴族や、その他諸々の連中はがっかりするだろうが、知ったことではない。
ともあれ、この巨大な魔物は、これまでに存在を知られた、他のいかなる魔物とも違う、特別な何かであることは誰の目にも明らかであった。
そう、フロリアが討伐したのは、紛れもなく大黒龍である、その事を実際の大黒龍の死骸を納品することで証明したのだった。
その巨体は1日中、大勢の職人が取り組んでも完全に素材に分割することは出来なかった。
ただ、日暮れまでには、町中に運び入れられる程度にはバラせたので、残りは大門を入った大広場に移って、それに従って商人たちや見物客達も門内に戻り、ようやく大門を閉じることが出来た。
細かい解体と、素材の売却交渉は徹夜で行われ、翌朝になってもまだ終わらない。
それでも、ギルドの解体所に持ち込める程度にはなったので、残りは解体所内で行われ、希少部位の競りは商業ギルド主催で、何箇所もの会場で数日掛けて行われた。
たくさん集まった商人達とその護衛の冒険者達は、多いに町に金を落とし、その賑いはフロリアの単独討伐の功業と並んで、後々まで吟遊詩人が大陸中を廻って歌い継ぐ、人気の題目となったのだった。
「ていうか、ラウーロさん、ずるい」
パーティホームに逃げ込んで寝室で丸くなりながらフロリアはブチブチと文句を言う。
ラウーロはこのお祭り騒ぎの前から、ギルドの受付嬢に遠征に出るとだけ言い残して、姿を晦ましてしまっていたのだった。
おかげでフロリアが一身に世間の注目を集める羽目になったのだとフロリアは主張したが、「いや、どっちにしてもフィオちゃんが主役だよ」とモルガーナは慰めにもならないような発言をするのだった。
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