第472話 やっぱり後始末は大変2
翌朝。
ラウーロは町の大門を出ると、昨日フロリアと別れた場所とは反対側へ向かって歩く。
大黒龍の危険はとりあえず去ったものの、大陸でも有数の危険な魔物のテリトリーが近いロワールの町である。その魔物が自分たちの縄張りを追い出され、至る所を徘徊している状況である。
大勢の冒険者がその魔物の討伐、せめて町から大河の船着き場への道筋の安全確保を請け負って、朝から掃討作戦に従事しているのだ。
ラウーロは、昨日は夜遅くまで町の重鎮たちから詳しい事情説明を求められ、戦闘よりもよほど疲れる事情聴取を受けて居たのだが、今朝はほとんど無理やり大門を出てきてしまった。
町の顔役たちにとっては、このあとフラール王国の首都からやってくる調査団の応対はもちろん、各国の公式な問い合わせやら、非公式な諜報部員達の潜入調査への対応やら、目が回るほと忙しくなりそうで、事情を知るラウーロを手放したくなかったが、ラウーロとしてもそれにいつまでも関わっていては、大嫌いな権力者達に取り込まれかねない。
それで無理やり出てきてしまったのだ。
まずは、フロリアと落ち合う予定になっている、昨日に別れた場所と反対側へ向かったのは尾行する冒険者たちを排除するためだった。
10分ほど歩いて姿を消したラウーロを追って慌てて走ってきたが、道の分岐点で見失って途方に暮れる冒険者たちに物陰から立ち上がったラウーロが「誰を探しているのだ?」と声を掛ける。
いずれも顔見知りの冒険者達で、おそらくはジャン=ジャックの差し金であろう。
答えられずに困っているそいつらにラウーロは「詰まらない仕事を受けるもんじゃない。それよりも冒険者なら冒険者らしく討伐で稼げ」と言い捨てて、立ち去る。
もう誰も尾行しなかった。
その次に、今度は多分町の代官が部下の衛士の中の手練れが尾行してきていたのを、魔法で地面を凍らせて歩きにくくして、苦戦しているうちにまいてしまった。
衛士はラウーロとは違う世界に生きているので、冒険者の理屈で説得しても応じないであろう。かと言って、片付けてしまっては後がうるさい。
さすがにSランク冒険者らしく、見事に追跡者たちをまくと、ようやくフロリアとの合流場所に向かう。
ラウーロがついたのは、そうした余計な寄り道をしてきたにも拘らず、約束の時間ピッタリであった。
すぐに亜空間への出入り口を開けるとラウーロを中に招き入れる。
そこにはマジックレディスの面々が既に待っていた。ベルクヴェルク基地にラウーロを招待する積りはない。
ほぼ目礼だけで挨拶は省略して、善後策の検討に入る。
ラウーロは、大黒龍を討伐したのはほぼフロリアの単独の業績であること、自分は同行者に過ぎないことを、ギルドや町の顔役達に報告したと語った。
どうやって討伐したのかについては、多数の目撃者が居たものの、かなりの距離があったので細かいことは分からなかったが、何やら大きな筒状の魔道具を使ったことは知られていた。
それで、その魔道具はフロリアのもので、自分は錬金術師でも魔道具作りでもないので、動作原理やらは解らない。
なぜ、この少女がそんな魔道具を所有しているのかも聞いていないので知らない。
一発目のブレスの後、二発目の直前まで消失していたように見えたがどういうことかと聞かれたが、それは冒険者の秘密に類することで、答える訳にはいかない、と返答した。
フロリア自身にも詳しい話が聞きたいと言われたが、それはフロリアと交渉してくれ、自分はたまたま出会って、しばらく行動を共にしただけで彼女と親しい訳ではない、え、どこでフロリアに会えるかって? そんなことは私にも解らない、と答えた。
だいたい、ラウーロの話は以上のようなものであった。
実はねずみ型ロボットが、ギルド支部や代官の役宅に潜り込んで、その事情聴取自体を屋根裏で聞いていたので、フロリアにも判っていたことであったが、ねずみ達が聞いた内容とほぼ同一で、ラウーロが変に盛ったり、まずいことを省いたりしていないことが確認出来た。
「それで、お前たちはこれからどうする積りだ。どうせ相談してあるのだろう」
というラウーロの言葉に、アドリアが代表して答える。
まずは、緊急事態に駆けつけられなかった詫びとフロリアの面倒を見てくれた礼を言う。
そして、今後の方針を伝えると、ラウーロは眉を顰めたが、「しかし、この娘がこのさきずっと誘拐される危険に晒されて生きるよりはましか。いや、どうしても誘拐できぬとなったら、他者の手に落ちるより、いっそ暗殺してしまおうと考える輩も出るやも知れぬ」と呟いた。
そして、アドリア達に対し、その方針にできる限りの協力はしようと約束すると、
「他の魔物の討伐に人手が足りぬ。近隣のギルドや、首都の国軍から動員が掛かっているが、到着するまでに日数が掛かる。それまで、徘徊する魔物の討伐、せめて追い払いが必要だ。できるならば手伝ってくれ。
それから、大黒龍の素材だが、この町かフラール王国の首都メーリンヴィルのギルドで処理したいというのがジャン=ジャックの意向だ。フライハイトブルクでやりたがるだろうが、ここはジャン=ジャックの顔を立ててほしい」
と伝えた。
1つ目については、フロリアは参加しないが残りのマジックレディスメンバーは参加するとアドリアが言った。
すると、ラウーロがアドリアの顔をじっと見つめて「お前も無理だろう。毒を受けたように見えるが」と静かに問いかけ、珍しくアドリアの頬が紅潮する。
「仕事は他のメンバーにまかせて、お前とフロリアは休んでおけ」
ラウーロにそう言われて、不承不承頷くアドリア。以前にアドリアがラウーロが苦手だと言っていたのは、こういう面があるからなのかも知れない。
2つ目については、魔物の納品は討伐した地域を管轄するギルド支部に任せるのが慣例であるので、ジャン=ジャックの言い分は特に無理なものではない。時に、そのギルドでは対応出来ないほどの大物が持ち込まれた場合は、素材がだめにならないように近隣の大きなギルドに回すこともあるが、それは例外である。
ロワールの町は冒険者の持ち込む魔物素材で成り立っているような町なので、確かに大黒龍レベルになると普段の体制では無理だろうが、他の町の応援を頼めば十分に可能である。
いや、いま現在討伐している他の魔物の素材が大量に持ち込まれることになるだろうから、さすがに無理かも知れない。しかし、それならばロワールの属するフラール王国の首都に持ち込みたいというのだ。
大黒龍の素材を処理して得られる莫大な金額から税金を得られるのも大きいが、それ以上に他国に取られると国としてメンツを失うことになる。せめてロワール王国内で処理すればメンツは保たれるし、町の代官も文句は無いであろう。
「まあ、ジャン=ジャックの言いたいことも分かるよ。マルセロの婆さんが何て言うかだけど、フラール王国と喧嘩してまで、大黒龍を欲しがるとは思えないからまあ大丈夫だろうさ」
「ジャン=ジャックも、フライハイトブルクから商人や解体職人が来ることは別に止める積りは無い。そもそも、フラール王国一国の商人だけで全部の素材を売り切れる訳も無いしな」
この話はそれで終了した。
この先もフライハイトブルクのマルセロの庇護を求めるのであれば、簡単にロワールの町に売るとは約束出来ないのだが、その庇護を外れることを考えている現在、そこまでマルセロの意向に気を使う必要はない。
話し合いが終わると、ラウーロは「これは個人的な興味で聞くことだから答えたくなければ答えなくとも良い。もちろん、他者に聞かれても冒険者の秘密だから口にすることはない」と前置きして、フロリアにいくつかの質問をした。
この小さな喋るゴーレムらしきものや大黒龍を屠った魔道具などはどこで手に入れたのか?
まだ知られていない古代文明の遺跡があるのか?
それを抜きにしてもフロリア自身は、膨大な収納や亜空間、多くの従魔など持っているが生まれつきなのか? もしかして転生人なのか? 等々。
遺跡については、それが正解に近いが詳しいことは話すつもりはない。転生人については実はその通りだけど、黙っていてほしい、と答えた。
ラウーロは「約束する。ただ、他にも詳細にお前のことを探っている者は少なくないので、別口でバレる可能性は高いぞ」と応じ、フロリアもそれは半ば覚悟していると言った。
最後に亜空間をでていく前、ラウーロは振り返ると、フロリアに対し「ああ、そう言えば、怒りの山の山腹がえぐれて、だいぶかたちが変わってしまったが、あれはどうやら"フロリアの稜線"と名付けられそうだ。それから、一発目のブレスの痕は"フロリアの直線"だったかな。どうやら、お前の名前は長く残りそうだ」と言い残して言った。
呆然とするフロリアと、大笑いするモルガーナであった。
そのまま、午後からルイーザ、モルガーナ、ソーニャが魔物討伐に加わった。
彼女達の顔を見たジャン=ジャックは聞きたいことがたくさんありそうだったが、ラウーロの「彼女たちには何も聞くな。せっかく腕利きが助けにきてくれたんだ」の一言で黙らざるを得なかった。
それに、とにかく一刻も早く、町の周囲を徘徊する魔物をなんとかしなければ極めて危険な状況であることは間違いないのだ。
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