第471話 やっぱり後始末は大変1
その日の夜。
ようやくアドリア、モルガーナ、ソーニャが意識を取り戻したので、緊急会議を病室で開催することとなった。
翌日にはラウーロも招いての会議をひらくが、その前に事情説明、意見のすり合わせをしておこうという意図である。
参加者は、上記3名に加え、ルイーザ、フロリア、そしてセバスチャンである。
気が向けば、トパーズがフロリアの影から出てきて勝手に発言するであろう。
ラウーロがいないので、怪我人達はベッドに横たわり、寛いだ格好をしている。
主題を検討する前に、まずはシュタイン大公国の首都キーフルの状況から。
ゼノン伯爵の粗雑なクーデター計画はあえなく失敗し、利き手の手首から先を失うという大怪我をした状態で捕縛され、一味もほぼ全員が騎士団の手により捕まった。
早速、取り調べが始まっているが、もとより大した覚悟もなく煽られて蜂起しかかったというだけの連中なので、拷問と呼べるほどの苛烈な取り調べも必要なく、すぐにペラペラと囀ったのだった。
しかし、それで衛士や騎士たちが、裏で蠢動した他国の諜報員らしき者たちを捕まえに向かった時には全てもぬけの殻であった。
実際に衛士たちが拠点を急襲したのはもう少し後の話だが、この時点ではねずみ型ロボットが収集している情報から見通しをセバスチャンが語っただけだが、数日後にはその通りに展開した。
そして、フロリアにとって、もっと関心事であった皇太子夫妻、特にフランチェスカ皇太子妃の安否であるが、怪我一つすることもなく、騎士たちに守られ現場を脱出。
彼らにとって大切なヴェスターランド王国の交渉団との晩餐は急遽中止になってしまったが、そこまではフロリアの知ったことではない。
フランチェスカには特に好意を抱いている訳では無いが、何度も関わりがあって、バルトーク伯爵家の屋敷ではドレスを貰ったりした相手である。
怪我も無かったのはフロリアにとって良いニュースだった。
そして、少佐。
ずっと煩わしい因縁が切れない相手であるが、ようやく息の根を止めることが出来た。
死亡場所は、C国の軍事訓練基地。それも国外には存在を知られていない施設だということだった(今の時代、人工衛星で施設の存在自体は丸わかりだが、ただの倉庫群に見えるように偽装していた)。
何故、C国の軍事基地などという場所に少佐が繋がりを得たのか謎であるが、それはセバスチャンが継続調査することとなった。
フロリアとしては、自分が強制転移させられたものの、あとに残った宿敵がしっかり死亡していることをセバスチャンやトパーズによって確認出来たので、それでもう十分であった。
ルイーザなどは、あちらの世界では、それぞれの国によって話されている言語が違うというのが興味深いようであった。
この世界では、古代から伝わる共通語を大陸のすべての人々が話し、地方によって方言はあるものの、どの地方の出身者でも意思の疎通に問題は無いとされている。
「その共通語の祖先は、多分、フロリアや他の転生人たちが前世を過ごした日本の言葉で間違い無さそうだけど、その日本語自体が、あちらの世界では日本だけでしか話されていないのね」
何度か質問してようやく理解出来たようであったが、それだと、こちらの世界に時々転生してやってくる人というのは、時代的には平成の半ばぐらいから令和のはじめに生きた人々、場所的には日本のいずれか、ということになる。C国で生涯を送った人がゴンドワナ大陸に転生していたのなら、C国語の影響も少なからず残っている筈なので。
そのへんのアカデミックな話題はルイーザにとっては、非常に興味深い研究テーマであったのだが、今この場で時間を費やして検討すべき題材ではない。
それは後々、じっくりセバスチャンとルイーザで議論していけば良いのだ。
それよりも、本日の主題について検討をすべきであろう。
大黒龍を倒した――それも衆目に晒された場で派手に撃ち合いをやって制したフロリアの今後の対応について、それこそが主題である。
さすがのアドリアも難しい顔になっていたのは、傷の痛みだけが原因ではない。
かつて――。
少女の一人旅は危険なので、保護役とも言えるパーティメンバーを求めて、フロリアとトパーズの旅の最初期の頃にビルネンベルクの町で「剣のきらめき」というパーティに接触を持った。
フロリアの師匠のアシュレイが「大森林の勇者」パーティの一員となり、時にパーティを支え、時にメンバーから守られ、外部の好奇の目を遮って貰っていた、――その経験を覚えていたトパーズの意向もあってのことだった。
しかし、フロリアが単に見栄えの良い少女というだけではなく、ゴーレムを操り、類まれな魔力の持ち主と分かると、とてもではないが「剣のきらめき」に守り通せる存在ではないということも明らかになった。
その後、転変を経て、遥かな旅先でマジックレディスと出会い、そのメンバーになった。
マジックレディスは自由都市連合の盟主フライハイトの権力者である冒険者ギルドの会長であるマルセロをはじめとした政治家達の庇護下にあり、フロリアも自然とその恩恵を受けるようになった。
政治家達の都合による依頼を遂行する必要も生まれたが、今や多くの国から軍事的関心を持って興味を持たれているフロリアにとって、その身を災いから守れるほぼ唯一の存在がこの権力者たちだと言っても良い。
しかし今回の事件で、フロリアの存在はそうした大陸屈指の権力者であるマルセロ達にとってさえも、扱いに窮する危険物となってしまった。
そう考えてよいだろう。
アドリアは「さすがにあのマルセロ婆さんも今度ばかりは頭を抱えるだろうよ」と表現したのである。
何しろ、伝説の大黒龍である。
かつて、一つの大国を滅ぼし、多くの冒険者を殺し、討伐した(と思われていた)魔法使いは史上初のSランク冒険者として今でも多くの尊敬を集める伝説的な存在にまでなっている。
結局、ドラゴンスレイヤー、最初のSランク冒険者、田中こういちろうは大黒龍を討伐したのではなく、封印しただけであり、復活した大黒龍を今度こそ討伐したのは他ならぬフロリア。
しかも、事実上の単独討伐である。
「あのラウーロが、フロリアの手柄を少しでも横取りするような報告をするとは思えないからね」
アドリアがため息をついた。
これが、名誉欲にかられた冒険者であれば、間違った報告とまではいかなくとも、自分の功績を少しばかり盛った内容にするだろうが、ラウーロはそんなことはしないだろうというのがアドリアの見立てであった。
これは、少し後になって、あらためてロワール周辺にばらまいたねずみ型ロボットが冒険者ギルドに潜入して収集してきた情報でも、その見立てが正しいことが確認出来た。
フロリアの今後の立ち回りについては、もうフライハイトブルクの実力者達であってもどれほどフロリアを庇護しきれないであろうという状況を鑑みて、自分たちで何等かの方策を立てるべきという結論になった。
「いっそ、どっかの国の宮廷魔道師に納まるってのは? それで、周辺国を征服しちゃえば問題ないんじゃないかな。フィオちゃんならヴェスターランド王国の王様とか、シュタイン大公国の皇太子妃とかと知り合いなのだしさ」
というモルガーナのとんでも発言に対し、
「それよりも、自分で独立勢力を作っては? どこの庇護に入っても結局はその権力者の言いなりにならなきゃならいのですし。ベルクヴェルク基地の力を借りれば、海に浮かんだ海洋帝国とか、空を飛ぶ空中帝国とか……」
普段はそれを嗜めることが多いソーニャがもっとぶっ飛んだ発言を上書きする。根が素直なだけに、現代日本のサブカル作品の洗礼を受けた悪影響がもろに出たのである。
「あ、それって面白そう。それじゃあ、私はフィオちゃんの近衛騎士団長でもやるよ。機動歩兵を今の10倍に増やして、各国を撃破して、中原統一を成し遂げよう!!」
すぐに悪ノリするモルガーナを、ルイーザが叱る。
「真面目に考えなさい。そんなのさすがにフロリアが嫌がるでしょう」
「とにかく、今のままではこの先やっていけないのは確かね。しばらくどこかに身を隠すのが良いんじゃないかな?」
「でも、姐さん。そうなると今度は私達が四六時中、いろんな連中から目を付けられてまともに冒険者稼業なんかできなくなりますよ。私達ならフロリアの居場所を知ってるだろうって思われるから。
いくら知らないって言っても信用して貰えないだろうし、他国に出し抜かれたら自分たちの存亡の危機になりかねないから絶対に諦めだろうしね。
そのうち、いっそ他国に取られるぐらいなら……って、こっちの命を狙われるかも。さすがにそうなると防ぎきれないよ」
珍しくまともな意見は吐くモルガーナ。と思ったら、「やっぱりやられる前にやれだよ。大陸中、征服しちゃおうよ」と続ける。
「モルガーナ。……確かに普通に身を隠すだけじゃ、いつまでもフロリアは跡を追われるだろうね。だからさ……」
アドリアがいたずらっぽく笑った。
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