第47話 ビルネンベルクのチカモリで1
下町グループの子どもたちは町の大門が見える場所まで、無事にたどり着いた。
「にゃあ~~」とニャン丸が一声鳴くと、白虎はくるりと来た方に向き直るや、走り去っていった。
子どもたちはホッとした表情で大門をくぐる。ここで門番にも事情を説明すべきなのであったが、フロリアがそれを指示し忘れ、彼らは半分思考停止して、フロリアの指示通りにすることだけしか考えられなかったので、門番はスルーしてしまった。
「ギルドに行かないと」
「だけど、俺たちが言っても信じて貰えるのか?」
「リーダーがまだ残ってるんだから、信じて貰わなきゃ。助けに行って貰うんだ」
そんなことを喋りながら、下町の子どもたちはギルドの建物の前まで来て躊躇している。彼らは薬草の買い取り窓口の方には行き慣れていても、ギルドの建物自体は敷居が高いのだった。
「おい、お前ら、何をしている」
そんな子どもたちに声を掛けたのは衛士の1人。
下町の方までよく巡回している衛士で、今日は非番らしく服装は私服だったが、おなじみの顔だ。
「な、何でもねえよ。おい、行こうぜ」
結果的にこの衛士に後押しされたような形になって、ギルドの建物の中に、子どもたちは入っていった。
まだ昼前の時間帯だが、依頼を受けた冒険者はみんな、散っていった後なので、数組のあぶれた冒険者がグズグズしているだけで閑散としていた。
そのあぶれ組の1人が、子どもたちを「おい、用事も無いのに入るなよ」と睨めつける。
「オ、オ、オーガが出たんだ! も、森に! そ、それで、応援を呼びに来たんだ!」
「はあ? オーガだと」
その冒険者の目つきが真剣になる。
「てめえら、そんな森の奥まで行ったのか?」
「違うよ。森の浅いところだ。ソロの奴らでも入っても良いって言われているあたりだ。な、なのに、凄えでっかいオーガが出たんだ」
窓口からソフィーが出てくると、子どもたちの眼の前まで来て、「だけどあなた達、傷1つ負ってないじゃない。普通はオーガに襲われたらただじゃ済まない筈よ」と言った。
「ま、魔法使いの女の子が居るだろ。銀髪の。そいつがオーガをやっつけてくれたんだ!」
「それって、フロリアのこと? あ、いや、あなたたちぐらいの年齢のソロで活動している女の子?」
「うん。その子。オーガをあっという間に倒して、助けてくれたんだ!」
「おい、あれを見せろよ」
「あ、そうか。その子がギルドでこれを見せろって」
少年の1人がカバンから血に濡れた布を取り出して、ソフィーに差し出す。
ちょっと引き気味のソフィーに代わり、フロリアの名前が出た途端に真剣な表情になって、すぐそばまで来ていた若い冒険者がその包みを受け取って、開く。
中からは、不気味な黒赤い血に染まった肉片が。
「あ、確かにオーガだ!! 見覚えがある! やべえぞ。唯でさえ、今のギルドは人が足りねえってのに!」
その冒険者の叫びに、他の冒険者達も奥の椅子から立ち上がり、集まってくる。
「確かにオーガだ」「オーダだ」「俺は見たこと無いぞ」「おい、ギルマスを呼べ」
若い冒険者は「場所はどのあたりだ! あの子はどこに居る」と子どもたちに怒鳴る。
子どもたちがしどろもどろになりながら事情を話し、最後にまだオーガが4頭いて、残りの見習い冒険者を助けに行っていると話すと、「街道のすぐ近くじゃねえか」「そんなところにオーガが出るなんて」「畜生、こんなときに限って「剣のきらめき」が居ないなんて」「オーガ4頭とかシャレにならねえ」と周りがざわざわする。子どもたちの1人がそういえば孤児院の奴らを森に入る前に見かけた、と言い出して、その若い冒険者――エッカルトを青ざめさせた。
「ちょっと行ってくる」
エッカルトは冒険者たちにそう言い捨てるとすぐにギルドを出ていこうとする。
「待て。1人じゃ無理だ。せめて、パーティのメンバーと一緒でなけりゃあ」
「オイゲンもフェリクスも今日は休みで、どっかに行っちまった。町ん中には居るだろうが、探してる暇はねえんだ」
そう言うとエッカルトはギルドのスイングドアを乱暴に開けると、剣を一本ひっつかんだだけで飛び出していった。
他の冒険者達は、まずはギルマスに相談してから、と言い出して、なかなか動こうとはしない。
せめて、「剣のきらめき」のジャックがいれば、すぐに冒険者をまとめて指揮しただろうが、あいにく近くの村の村長まで届け物の依頼で仲間と共に出かけていた。帰りに森の方で魔物討伐をしてくる予定なので、しばらく町には戻らない筈である。
ようやく、近くの商業ギルドまで外出していたギルマスのガリオンが呼ばれて戻ってきて、「お前ら、何をグズグズしてるんだ!!」という一喝で、事態が動き出す。
ギルドからの緊急依頼という形で、若手の冒険者パーティ3つが、オーガ狩りを行う事になった。いずれも経験が浅いので、ガリオンが指揮を取る。
町の代官所にもギルド職員を走らせ、代官所から大門の警備を固めさせる。
外に出ている者が締め出されてしまうが、オーガが一頭でも町に侵入したら、どれほどの被害になるか……。
「スタンピードの前触れじゃねえだろうな」
ガリオンは森に急ぎながら、深刻な表情で呟く。
魔物がこうして普段とは違う行動、特に縄張りから遠いところに彷徨い出てくると言うのは、縄張り内に異変が起きて追い出されてきた場合がある。
今回は情報を信じるなら一度に5頭ものオーガが出たということで、オーガの縄張りから大量に出てくる前触れでもおかしくない。
「いや、今はそんなこと気にするよりも子どもたちだ。ったく、エッカルトの奴は先走っちまうし」
ガリオンの怪我をした足は6年が過ぎてかなり良くなっているとは言え、こうして長時間歩くと、痛みが出てくる。
それに既に剣の訓練など辞めてしまってから長い。かつての冒険者時代に比べればずいぶんと衰えてしまったし、他のパーティはおっかなびっくりの状態である。
この魔物の習性として、数頭の群れであっても、戦闘時にはバラバラで戦うだけで連携などしない。だから、この若手達であっても落ち着いて戦えば対応可能なのだが、それでも4頭ともなると、ガリオンは正直、荷が重いと感じていた。
森に入って、足跡を探していると、
「ギルマス、叫び声だ! 子供の声っぽいな」
冒険者の1人で普段は斥候をやっている者が、森の奥の方を指差す。
「そうだったか、わからなかったぞ」
「気の所為じゃないか?」
「いや、確かにしたぞ」
冒険者達がそんなことを話していると、今度は誰の耳にも聞こえるほどの大きな声で泣き叫んでいるのが聞こえてきた。
「こっちだ。間違いない。行くぞ!」
ガリオンは、声のした方に歩き出すが、引き連れてきた冒険者達は中々その後を追おうとはしない。
ガリオンは怒鳴りたい気持ちになるが、それで逃げられても困る。
足を引きずった自分だけでは、とうていオーガを相手にはできないのだ。
せめて、衛士隊が出てくれば助かるが、町を守るのが任務の彼らが町の外に出るにはファルケの判断が必要である。
ガリオンは知らなかったが、ファルケは本日は、代官所に詰めておらず、町の一番奥の方の住宅街で下水路の視察をしていて、連絡が届くまで時間が掛かっていたのだった。




